第9話 テメェらの血は何色だぁっ!!(故-声優、塩沢兼人氏の声でお読みください)
無表情のまま、レアンはソファーに近づいて行く。
ソファーのレベッカも、その違和感に気付いて訝しげに彼女を見ている。
外にいた衛士も、さすがに気になって室内に入ってきた。
それを気にする様子もなく、室内を真直ぐレベッカのすぐ前まで来たレアンは、確かに本人のように見えるが、いつもの生気の無さが誰の目にも不自然に見えてならない。 やはり何かが違った。
(………………そうかっ、足音がっ!)
「っ!!」
その何かにロイが気付いたときには、すでに彼女はレベッカの目の前にいた。 レアンに見えた彼女が、不自然な笑みを浮かべてレベッカの肩に添えた手に力を込め、
「アリア様、ちょっとお話が」
言って、ほぼ無理矢理に引き寄せる。
「っ?!」
「動くなっ!!」
同時、ロイは懐から引き抜いた拳銃の銃口を彼女に向けた。
その様子に、遅れて入って来た衛士も驚いて戸惑いつつも制止しようとするが、それに構わずロイは拳銃の撃鉄を起こし、さらに彼女を威嚇する。
すると、
「仲間の女性に銃を向けるか? ひどい男だな、君は」
背後からした冷淡な声に、前方に銃口を向けたまま視線を少し後ろに向ける。
角度的に見えるわけはないが、その声には聞き覚えはあった。
「クラブマン…………司祭」
まるでタイミングを計ったように現れたクラブマンに、少し呆れたような声で、
「つまらない茶番を…………、あなたの差し金なのは分かっている?」
「ほう、その根拠はあるのかね?」
「あれがレアンなわけがない」
「?」
「足音だ」
「足音?」
「歩いた時の床の軋む音が違う。 目の前にいるアイツは、明らかにレアンよりも体重が重い。 それに、レアンとレベッカとは長い付き合いだからな、彼女を幼名ではなく司祭の名であるアリアの名で呼んだりはしない。 今日、あなたと一緒に来ていたフード姿の一方だろ」
「見事な推理だ。 流石はアリア司祭から全幅の信頼を受けるだけのことはあるようだ」
大仰に両手を広げ、感心したように言うクラブマンではあるが、表情はどこか嘲ているように見える。
「認めるんだな?」
「ふふんっ」
返事はせず、クラブマンは偽のレアンに顎で合図をした。
それに答えるように、偽のレアンは懐からナイフを抜いて、抱きかかえたレベッカの頬に刃を添える。 同時に偽物から殺気が膨れ上がった。
「よ、よせっ!!」
拳銃の照準を合わせるが、偽のレアンは弾道の軸線上にくるよう、素早く抱きかかえたレベッカを前にやって盾にした、が…………………、
「っ?????」
突如、偽のレアンは右手が勝手に動き出し、今まで拘束していたレベッカを放して、ナイフを持っていた左手の手首を掴んで床に落とさせた。
「何っ?」
突然の出来事に、その場にいた全員が呆気にとられたが、拘束されていたレベッカがふと後方を見ると、偽のレアンから、まるで幽体離脱するかのように、アイの霊体が抜け出るところであった。
(そうかっ、ヴォルさんの世界でカモメに憑依したときみたいに………………)
どうやらアイが、レベッカの窮地に、前の世界での経験を生かして、偽レアンの身体を乗っ取って操ったようであったが、さすがに自我のある相手では完全に操ることは出来なかったようであったものの、レベッカを助けすには十分であった。
(ナイスです)
レベッカは霊体のアイに親指を立てて答えるが、霊体が見えない者が見たら壁に向かって合図をしたみたいで間抜けに見えたかもしれない。
ともかく、この一瞬のスキをロイは見逃さず、
- バンッ!! -
銃声一発、年代物の銃故の球状の鉛玉が偽のレアンの右肩を貫いた。
そして貫通した弾が後ろの壁にめり込むより一瞬早く、撃ち抜かれた肩から真っ赤な鮮血が…………………って?
「青い、血?」
そこから飛び散った血は、何故か青い色をしていた。
「ど、ど、ど、どういうコトですか、これは???」
さっき入って来た衛士が、偽のレアンの事より、その青い血の色に驚いていた。
そして、その直後の偽レアンの変貌に、さらに驚く結果となる。
「ッグ!!」
声にならない悲鳴をあげ、傷口を押さえのたうつ彼女は、見る見る人ならざる姿へと変わっていったのである。 皮膚も衣服も、CGモーフィングさながら表面が波打ち、さながら第三形態に変身するカマ◯くんのごとく形状を変形させていき、本来の姿に戻っていく。 そしてその姿は、
「………………タコ?」
基本、二足歩行に二本腕ながら、到底ホモ・サピエンスとは別物の進化を思わす、例えるならタコと人が混じり合った、それはまるでアイが生前好きだったテレビの特撮番組に出てくる、タコの怪人のように見えた。
「異界……………人?」
タコの擬態能力はカメレオンをも凌駕する。
自然界のタコも水中で岩やサンゴに擬態する能力があり、目の前のタコ異界人はその能力が極限にまで進化したのだろう、レアンに擬態した姿は、顔見知りのロイやレベッカでも、一瞬気がつかなかったほどだ。
そしてタコの血は青い。 これは血液中に通常、多くの生物の血液に含まれるヘモグロビンではなく、ヘモンシアニンが含まれており、その中の銅イオンが反応して青くなるのである。
呆然とするその場にいた者達を、タコ異界人は痛みを堪えて睨みながら、
「ば、ばれたか………………」
タコ(?)故に、表情は読めないながら悔しそうに言った。
それを聞いてアイはというと、
(外道◯身霊◯光線っ!!)
少し嬉しそうに妙なポーズをとって言うが、その言葉の意味は当然ながらノーマン達には分からなかった。
第1章第1話でも触れたが、アイは古今の特撮番組がマイブームなのである。
そしてアイが今真似たのは、1973年に放映された特撮ヒーローのセリフなのだが、それを知らないハズの現代っ子のアイが、それを知っているというところから、彼女の病的オタクっぷりが分かろうというものだろう。
あまり強いイメージのあるヒーローではなかったが、アイは名前が自分と似ている事で、ちょっと気に入ってはいた。
ともかく、見た感じが怪物な異界人を前に、一同が戸惑っていると、
「あれ、クラブマンは?」
「どさくさ紛れで逃げたか? しかし今は………………」
ロイはタコ異界人に銃口を突き付けて詰問する。
はたして人語を喋れるか、最初は疑問であったが、さっきの反応で多少は話せる事は分かっている。
「何を企んでいる?」
「ふん、想像はついてるんだろう」
と、やはりタコ顔のために表情を読みづらいながらも、逃げたクラブマンの方を睨んで言った。
「そんな事よりいいのか? 本物の娘の方には別の刺客が向かっているぞ」
「……………ああ、それは気の毒に……………」
「?」
今度はタコ型異界人が戸惑っていると、
「何で私を襲いに来た悪者が気の毒なのよっ」
と、少し怒気がこもった声がした。
それはやはり無事だったレアンであり、彼女は何事もなかったかのように、部屋の中に入って来た。 ただ、刺客と思われる甲殻類、おそらくカニと思われる外骨格(無数の拳がめり込み、ヒビが入ってボロボロの)に覆われた、気絶した異界人を引きずりながら。
「ねぇねぇ、そんな事より聞いてよーっ!!」
レアンは気絶(?)しているカニ異界人をポイッ、と投げ捨てると、
「あのね、あのねっ、私がお風呂に入ってたらこのデバガメ…………いや、デバカニ……………デバ…………え、と、コ、コイツが襲ってきたんだよぉっ! 裸見られたんだよぉ、も〜お嫁さんに行けないよぉっ!!」
と、見え見えの嘘泣きで訴えるように言った。
「あ〜よしよし、かわいそうになぁ(棒読み)。 後でアイス買ってやるから機嫌をなおせ」
「わ〜い♡ あ、そうそう、でもってこの
「何だってぇ(予想してたけど驚いたふり)、よくやった、アイスの後でパフェも買ってやろう!」
「やったぁ〜、頭撫でて撫でてぇ〜♡」
「お〜よしよし」
「えへへへ♡♡♡♡♡♡♡♡♡」
「ところで、ここに来る途中で、クラブマンに会わなかったか?」
「うん、さっき廊下ですれ違ったよ。 何か青ざめた顔で『そんなハズは』とか、『こんなバカな』とか、ブツブツ文句言いいながら出て行ったけど?」
「おいっ?! まさかそのまま逃したのか?」
「うん、いけなかった???」
ロイはレアンの頭を撫でていた手を、そのまま「スパーン」と張り倒し、
「バカ、アイスもパフェもなしなっ」
「えーっ!!」
不満タラタラそうにふくれっ面のレアンの襟首を掴み、ロイは室内に目線を向ける。 タコとカニの異界人はすでに衛士が拘束済みにしているのを確認し、
「そこの人達」
と、レベッカの背後の壁を指差し聞いた。
壁に向かって話しかけるロイに、レアンや衛士は訝しげな顔をするが、そこには普通の人には見えないハズの、アイ達4人の霊体がいる。
「レベッカの知人なんだろ? 後は頼んだっ」
言うやロイは、頭を叩かれ泣き顔のレアンを引き連れ、クラブマンの後を追って出て行った。
『やれやれ、まさか見えていたとは?』
『我らが見える人間、わりとゴロゴロいるのかもしれないな?』
今更ながら呆気にとられながらも、その中でアイは、拘束されたタコとカニを美味しそう(あ〜、たこ焼きとカニスキ食べたくなってきた)に眺めながら、
『ところで、何であんな怪人がこの世にいるのかな? 普通、あんな進化とかしないよね?』
と、珍しくも尤もなコトを言った。 きっと明日は雨に違いない。
『水生生物が突然変異で、陸地に対応して進化したのかもしれないな』
ノーマンは言って横目で、カニ異界人が流した青い血を見た。
(まさか恐竜が誕生する以前、魚類が両生類に進化する前のまま、ずっと進化を続けたのか?)
と思いつつもそれを知る術は、今はない。
一方、取り押さえられたタコ異界人はというと、囚われの身でありながら、
「ふふ、今更何をやっても無駄だ」
と、何故か余裕を見せている。
部屋から出て言ったロイとレアンの後ろ姿を見据え、
「あの戦士がどれほど強かろうと、この後にやって来る我らの仲間にはな」
タコなので表情はよく読めないが、不敵な笑み浮かべている(多分)。
そんな態度と言葉に、衛士はもちろん、彼らには見えないノーマン達も怪訝な顔をしていた。
『負け惜しみとは思えないが』
『さっきまでの会話だと、もうすぐ異界の門が開くような口ぶりだったけど?』
『宇宙の重力とか関係してるんだろ? そんなもの、予知できるのか?』
相手の意図が分からない。
やはり負け惜しみか、それとも…………………、
『っ?!』
それは突然の事であった。
ヴォルが見ている前で、突如、ノーマンの霊体が空間から消失してしまったのである。 それはまるで、ワープロで長文を一気にデリートしたように、
『な、何っ?』
突然の事に、ヴォルとアイ、アマンダはもちろん、彼らが見えるレベッカも、思わず驚嘆の声をあげた。
『え、え、え、な、何何何ぃっ???????』
アイが間抜けな声で驚いていると、今度は彼女まで、ノーマンと同じように、
「えっ?」
先ほどのノーマンと同じように、ふっ、と姿が消えて無くなってしまったのである。
『な、何が起こっているんだ?』
さすがのヴォルも、この世界では部外者であるため、何の影響も受けないだろうと気を抜いていただけに、らしくもなく慌てふためいた。
すると、
『っ?』
たった今、消えたはずのノーマンが、元の場所に転送したかのように現れた。
彼は少し困惑したような表情で自分の手を確認するかのよう見つめ、続いて部屋の中を見渡し、目の合ったヴォルに、
『私が消えてから、どれくらい時間が経った?』
『い、いや、ほんの数秒だが?』
『………………そうか、向こうの方が時間経過が早いハズなのだが、これも存在する世界の次元に対する影響が………………、いや、今はそんなことはいい』
ノーマンは心配そうにこちらを見ているレベッカの方を向き、
『君は賢者よりも、勇者になる気はないか?』
言って、意味ありげに笑みを見せた。
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