第10話 次元転移の門
レアンを引き連れ大聖堂を出ると、外の状況はさっきまでとは一変してしまっていた。 今まで何度か見たことのある、異界人が通って来る異界との門が街中の至る所で開き、そこからさっきのタコ異界人やカニ異界人、あるいは他の生物が進化したような、見た目がいわゆるバケモノといった感じの異界人が次々と現れ、街の中で暴れまわっていたのである。
元が野生生物だからか、この異形の異界人は見た目通りに人間離れした攻撃力を有している。 この世界の住人や、今までに転移してきた異界人は皆、基本が人間であるが為、体力も生命力も、どうしてもこの異界人に比べて劣ってしまうようで、ほぼ一方的に攻め込まれてしまっているようだ。
「おいおいおい、マジかっ?」
さすがの状況に戸惑うロイの横で、レアンはカニ料理とタコ料理のレシピでも考えているのか、「タコ…………カニ…………あのお魚は何て言うのかな?」と、ヨダレを垂らして目を虚ろにしている。
脳内夕飯モードの彼女の頭を再び「スパーン」と張り倒し、
「行くぞっ」
「へいへ〜い」
ロイは懐から拳銃と大振りのナイフを抜き、レアンはカニ異界人の甲羅を楽々貫く拳を、もう一方の掌に重い音をあげて打ち込む。
両者同時に、今も異界の門からわらわら出て来る異界人の群に駆け出た。
「でもさぁ〜…………………」
「?」
「何だか不自然だね」
「ああ。そうだな……………」
ロイとレアンが感じた不自然さ。 それはまるで出現が前々から分かっていたかのような異界の門もそうだが、そこから出てきた異界人の群、その面々の雰囲気に違和感を感じたからだった。
「あれは本当に……………敵なのか?」
確かにこちらの住人に対して、攻撃しているのは確かなのだが、全て門から現れた異形の異界人の全てがそうではなかった。 異形であるがため、視覚的に表情は読み取れないが、気のせいか本気で攻撃しているように感じられない。 よく見れば、明らかに戦士には見えない、敵の仲間ながら怯えるように逃げ回る者、種族が違うために断言できないが子供のような異界人の姿もあった。
そしてその全ての異界人に共通して感じられる、こちらに対する敵意以上の感情。 これは……………………、
「恐怖………………か?」
「そだね〜」
「そうとなれば、戦法を変える必要がありそうだな」
ロイは持っていた拳銃とナイフを懐にしまい、大剣のような大振りのマチェットを引き抜いた。
「我々は逃げてきたのだ…………………」
衛士に拘束され、観念したタコ異界人がレベッカに、ゆっくりと語り出した。
「我らの世界は崩壊の危機に瀕していた。 大地震、大嵐、大津波、毎日のように各地で起こる天変地異に、誰もがみんな、この世の終わりを覚悟していたところに、異界、この世界よりあの男がやって来た」
「クラブマン司祭ね」
聞き返すレベッカに、タコ異界人が頷く。
「最初は分からなかった。 なんせ奴は我らの仲間の身体に乗り移って語りかけてきたのだからな、異世界の存在など絵空事としか思えなかったコトもある。 だが我らには、ヤツの提案を受け入れる以外にはどうすることもできなかったのだ」
「提案とは?」
相手の意図を理解しつつ、確認するようにレベッカは問い返した。
タコ異界人は問うレベッカを見上げ、
「あなたの抹殺。 その見返りは、この世界への避難だ」
「…………………」
「すぐに分かることだ、黙秘しても意味はないだろうから全て話そう」
目を閉じ、想い起すように語り出す様は、こちらの人間と変わりないように見えるのが、あまり意外には感じられなかった。
「天変地異が激しくなるにつれ、異界との門が開く機会が多くなってきていた。 それも定期的に決まった場所でな。 クラブマンの話では月の動きと重力が関係しているらしいと言っていた。 事実、クラブマンの言った時期にこちらの世界に通じる門が開いたからな。 我ら二匹は、前回に門が開いたときに先遣隊として来て、そのままクラブマンと行動を共にしていたのだが………………」
その話に、相手の世界の状況をレベッカは推察した。
彼らの世界もまた、こちらと同じように天文規模の重力干渉による次元の歪みがあって、様々な条件から偶然にもこちらの世界と繋がりやすくなってしまっているのだろう。 あちらの世界を見つけたクラブマンも、原因は分かっていたかどうかは定かではないが、彼もまた重力が影響していると判断したのだろう、あちらの世界の環境から、次元の門が開くタイミングを予想出来たに違いない。
「それで今回はその門を通って仲間も」
「我らの世界はもう限界だ。 今回開く門を通って、無事に生き延びた仲間が一斉にやって来るぞ」
「事情を話してくれれば、何とか受け入れられたかもしれないのに……………」
「いや、そうもいかないだろうな」
「?」
「我らの世界からの避難を望んだのは、我らだけではないのだ」
「と、言うと?」
「こちらの世界にはまだ存在しないモノ達…………肉食恐竜」
この世界は幸いにも、異界の門を通って来た古生物はトリケラトプスのような草食恐竜が主だった。 確かに確認された中には、ごく稀に肉食恐竜もいたにはいたのだが、偶然にも絶対数が少なかったために、いつしか絶滅してしまった。
もしも肉食恐竜が多く異界から来ていれば、この世界の生態系がどうなっていたか分からない。
「肉食恐竜は我らの世界において天敵ではあったが、世界の異常時に一時共闘の道を選ばなくてはならなかった。 君達の概念では信じられないかもしれないが、
肉食恐竜の話を聞いて、ヴォルは今更ながらこの世界に恐竜がいることに違和感を、改めて感じていた。
いかに異世界で絶滅しなかったとはいえ、今もなお博物館で見るような姿の恐竜が、同じ時間軸上であって昔のままの姿で進化もせずにいるのだろうか?
しかしながら、恐竜が絶滅したのは今から6500万年前と大昔ではあるが、その恐竜が地上を支配していた年代は数億年にもなるのだ、絶滅後の時間経過など、大した時間経過ではない。 博物館で見るような姿から別の姿に進化するには、短すぎるのかもしれないのだろう。 せいぜい、言語を使えるようになるくらいはあるかもしれないが。
「司祭様」
わずかな会話の間を待っていた衛士が、レベッカに目で問いかける。
「はい、とりあえず彼らを別室に」
「はい」
「怪我をしています。 くれぐれも丁重にお願いしますね」
「………………は、はい」
暗殺者に対しても慈悲深い彼女に感銘して、衛士はゆっくりと2人の異界人を立たせて別室に連行ようとすると、去り際にタコ異界人は、残念そうにレベッカの方を見て、
「最初に会ったのがあなたなら、我らの運命はもっといい結果になっていたかもしれないな。 だが、今となっては………………」
「遅くはありません。 事態が解決したら、可能な限り善処するようにしましょう」
「そうか…………………、そうなればいいな。 この世界は我らの世界とよく似ているしな」
「そうなのですか?」
「ああ、ただ、夜空が違ったな。 我らの世界も夜空に天の川が二筋流れていたが、我らの世界の天の川は一方が青いんだ」
「っ!!」
それを聞いたレベッカは、少し前にノーマンから聞いた話を思い出した。
(光のドップラー効果………………………青方偏移だとすれば、彼らの世界はいずれ銀河同士がぶつかって……………………………)
「どうかしたのか?」
レベッカは一呼吸入れ、改めて異界人を見つめた。
「私は、私はあなた達を歓迎します」
レベッカはさっきまで自分の命を狙って来た暗殺者だった異界人に、手を差し伸べた。
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