第5話 歩く武器庫と魔王降臨

 アイが見たその男の第一印象がロボだったが、何も彼がサイボーグだとか、車やバイクにトランスフォームするわけではないし、ロケットパンチが撃てるわけでもなければ、ミサイルやビームを乱射できそうには見えない。

むしろ、ロボに見えたアイの感覚の方がおかしいのかもしれない。

それでもアイには、目の前の男がロボっぽく見えたのである。

見た感じは20歳代くらいだろうか、黒髪短髪整った顔立ちのクールなイケメンながら、首から下が誰の目にも異様に見える。

2m近い長身を覆う厚手生地のコートは金具で補強され、殆ど甲冑に近く、いかにもその下には何かが仕込まれているように見えた。 そのためか、コート自体も重いのだろう、歩くたびに足元の砂がわずかに舞い上がっている。

その様子が、アイにはロボに見えた要因であった。

そしてヴォルにもまた、アイとは別の直感のようなもので、彼が只者ではないことを感じさせていた。

殺気ではない、強者のオーラのようなものに、彼の魂が揺さぶられている。

もしも元の世界の肉体があれば、手合せ願いと思えるほどだったが、

『教会の関係者っぽくはないな?』

聖域には相応しくないその姿に、いったい何者かと思っていると、その巨躯のために影で見えなかったレベッカが、彼の背後からひょこっと現れた。

昨夜の爆睡で乱れた髪を気にする様子もなく、聖職者としてのローブ以外は割とラフな雰囲気で庶民的なところが、いかにも彼女らしい。

そんな彼女の表情は、何故か気恥ずかしそうに、少し頬を赤らめている。

『おーおーおー、そーいう関係ですかぁ〜』

邪推してニヤニヤと、アイはいやらしい笑みを浮かべた。

それに気づいてレベッカは、慌てて咳払いして誤魔化しているが、時すでに遅くアマンダまでもが、自分の世界で何かと冷やかされたお返しにと、アイと一緒に凶悪な笑みを見せていた。

まあ、気を利かせたヴォルの鉄拳制裁を頭に喰らい、すぐに沈黙させられる事となるのだが。

そんな仲間のドタバタ騒ぎを無視し、

『どうやら彼が、昨日言っていた知人の傭兵のようだな』

人から見えはしないが、ノーマンはアイ達とは他人のフリで言った。

ノーマンの推理どおり、彼はレベッカとは旧知の仲の1人、ロイ・マスターピースであった。

両者に過去、何があったのかは、そのうち問い詰めるとして、

『……………………』

『どうした?』

眉をしかめ、ヴォルが辺りを警戒するように見渡している。

武人としての直感が、何かを感じ取っているのだろう、同じく戦場に身を置く立場のノーマンもまた、異様な気配に気づき、静かに聞き返した。

『先日の仲間か?』

『恐らく……………………むっ?』

大聖堂正面に、数え切れないほどの人影が集まってきていた。

アリアレベッカを崇拝する市民達がのようであるが、しかしその中には、それに紛れるように、

『いるな………………』

『1人2人ではなさそうだが』

『殺気の数は、1・2・3・4……………………12人、といったところか?』

『さてさて、傭兵家系の彼の実力を拝見、といこうか』

殺気はロイも気付いているようで、平静を装いながらも、近づく市民の方に視線を巡らせている。

一方、信者達も心得たもので、レベッカに近付き過ぎないよう数mほどの距離をとって、

「アリア様」

「アリア様ぁ」

「ようこそ、シアーの街へ」

と、両手を胸の前で合わせ、遠巻きに崇めていた。

その中には先日見かけた異世界人も多く、彼女への信奉の強さが伺い知れる。

レベッカはロイの前に立って、にこやかに手を振って挨拶を返す。

その間もロイは、群衆に視線をやって敵を探している。

すでに数人は刺客を見つけており、意識の一部はその敵をロックオンしていた。

そしてすぐ後ろで控えているボルトと、衛士長ラッチに目配せすると、両者は一歩引いて間合いを開け、ロイはレベッカのすぐ後ろに移動して彼女を制した。

レベッカが訝しげにすると、

「ひゃっ!!」

何事かとレベッカが問い返す間も無く、ロイは彼女を抱え上げると同時、いや、次の動きを見越したロイの反応が流石だったのだろう、群衆の中からナイフや剣を等の武器を携えた数人の刺客が飛び込んできた時には、すでにレベッカはロイの腕の中にいた。

レベッカを抱き抱えたまま、ロイは軽くジャンプして空中でスピンしすると、間近にいた刺客数人は、遠心力で翻ったロイのコートの裾部分が触れ、弾かれるように吹き飛ばされた。

『え?』

仲間が宙を舞う姿に呆気にとられる刺客のように、それを見ていたアイが間抜けな声を上げる。 当の刺客達は声を上げる余裕さえ無かったが。

何も知らない者から見れば、それは魔法か何かのように見えたかもしれない。 だが、それは彼が纏っていたコートの、補強や仕込まれた金具の重さによる破壊力故であった。

一瞬の間を置き、我にかえった刺客達は、再び武器を持ち直して、ロイの腕の中のレベッカに襲いかかろうとしたが、冷たい、それでいて何故か優しい笑みで、懐からマチェットを、ジャングルでの枝や草木を薙ぎ払うときなどに使う、大振りのナイフを抜刀して彼らの眼前に突き出した。

日本刀や、ロイの後ろで控えているボルトが持つロングソードに比べれば小さいものの、刀身の峰側に刻まれたノコギリ歯が、それを持つロイの覇気に上乗せされて恐怖感を増している。 しかも、そのマチェットを抜く際、はだけて見えたコートの内側には、さらに凶悪そうな大振りなナイフや、何を切るために作られたのか分からない、一撃で猛獣を断首できそうな巨大な刃物が複数見えた。

それが見えただけで、本職のアサシンでもない刺客を黙らせるには十分だった。

残った刺客は観念して武器を捨て、両手を上げて降参したが、ロイはまだマチェットを相手に突きつけたままで、顔を動かさず、視線を辺りに巡らせている。 

そしてすぐに、近くの建物の3階にある窓に視線を固定した。

『まだ、他にもいるな…………………』

ヴォルもまた、他の殺気を感じ取り、ロイと同じ方向を見つめていた。

すると、窓の陰に隠れていた刺客もこちらが気付いていることを感じ取ったのか、意を決したように身を乗り出して、持っていた弓を構えた。

素早く矢を番えて狙いを定める。 弓の扱いに慣れているのか、見ていたヴォルも思わず『おおっ』と、感嘆の声を上げるほどに。

だが、ロイはそれよりも一歩早く、空いた左手を背中にまわして、別の武器を引き抜いた。 それこそ、ロイにとって一番の愛用の武器だった。

『っ?!』

木製グリップを握ると丁度人差し指が前方を、相手を指す位置になる。

木と金属のフレームが、肉厚の金属製パイプを支持して指差す方に向き、パイプの手前には小さな金槌のようなパーツが見える。

『銃………………か?』

近代の拳銃を知る者から見れば、かなり不格好に見えたことだろう。

連射は出来ない、一発撃ちのシングルショット。 銃身長は40cmはある大型ながら、ライフリングを刻む技術がないため命中精度はかなり怪しい。

さすがに火縄銃ほど古い設計ではないが、それでもこの世界のこの時代では、剣や弓が主力武器のこの世界では、希少で高価な未来の武器となっている。

ロイは弓を番えてこちらに狙いを定める狙撃者に対し、黙って銃口を向けた。

先にも述べたように、銃の開発が未発達の世界の銃より、弓矢の方が命中精度は格段に高いハズであろうが、彼の目には何の迷いも見えない。

その眼差しには、確かな自信の光が感じられた。

   - バンッ -

乾いた銃声と同時、狙撃者がいた窓のあたりで何かが弾ける音がする。

狙撃者の悲鳴は聞こえなかった代わりに、窓から犯人の得物である弓が、真ん中から折れて落ちてきた。 当の犯人は何事が起こったのか分からない、といった顔で呆然としているのが、ノーマン達がいる場所からでも見える。

その展開に、ノーマンもまた感嘆の声をあげた。

『あんな銃で……………? 見事な腕前だ』

『銃の事はよく分からないが、確かにいい腕だ。 レベッカが信頼するのも頷ける』

関心しているヴォルの見ている中、ロイの後ろにいたラッチの指示で衛士隊員数名が狙撃犯がいた部屋に飛び込み、犯人は抵抗する間も無く捕らえられてしまった。

「全員署まで連行しろ。 首謀者を吐かせるんだ」

ラッチは部下に命令を下すが、こんな事は今回が初めてではない。

周到な犯人は今だに尻尾を掴ませていないのである。

おそらく今回も、得られるモノは期待できそうになかった。

衛士に拘束された犯人達を前に、ボルトは大剣を抜いて突きつける。

「仕方ない。 手足の2〜3本も斬り落とせば、少しは白状する気になるか」

先日、レベッカを守りきれなかった事に焦りを感じていたが、さすがにレベッカの前でそんなことは出来ないだろう、慌ててロイがそれを制止はしたが、彼も、ラッチも、レベッカの身を案じて落ち着いた心地ではなかった。

そうこうしている間にも、いつ、次の刺客が襲ってこないとも限らないのだ。

と、そのときだった。

ロイは、いや、ロイだけではない。

ボルトもラッチも、そしてノーマン達4人も、今いる場所のすぐ頭上、数十m上空に、新たな気配を感じ取った。

見上げれば、巨大な翼を広げた影が見える。

街で見かけたハーピィではない。

もっと巨大で、何より人の形には見えなかった。

あれは……………………、

『翼竜……………プテラノドン………か?』

コウモリのような翼に長いクチバシと、後頭部にはそのクチバシと同じくらい巨大なトサカがある特徴的な形状。 図鑑や博物館ではおなじみの、あの恐竜に間違いはなかった。

普通ならば、今の時代に存在するわけのない古代の恐竜。

しかしすでにこの世界には、次元の歪みのせいで何種類かの恐竜が生息しているどころか、帰化していることは分かっている。

今更驚くようなコトはなかったが、その翼竜(確か肉食)が、こちらを目がけて急降下して来ていると分かった時には、さすがにノーマン達は戦慄した。

霊体であるため、実態である翼竜への直接攻撃も防御も出来ないと分かりつつ、無意識に手でガードをしてしまう。 それはラッチ配下の衛士達も同じで、腰の剣を抜くコトも忘れて、慌てふためいていた。

しかし、なおも加速して落ちてくる翼竜は、急遽、ロイ達の頭上10数mのところで軌道を変えて急上昇して行き、同時、加速の勢いにまかせて、を地上に落としていった。

  ズズゥゥゥンンン……………………

一同の眼前に、爆弾でも落としたような衝撃と土煙が上がった。

『ななななな何ぃぃぃぃっ???????』

色々なコトがありすぎたせいか、襲撃以後は言葉を発する機会の少なかったため、すっかり存在を忘れられていたアイが、情けない声をあげる。

そしてもう1人、これまでの事態に頭がついていけずに無言だったアマンダではあったが、

『誰かいる…………………』

この事態に戦士としての本能が復活し、目の前を凝視して言った。

『まさかあの勢いで地面に衝突して生きていられるワケが…………………?』

ヴォルもまた、翼竜が落としていったの辺りから舞い上がる土煙の中に、何者かの影を凝視して言った。

アイ達やロイ、衛士達が見守る中、土煙から現れたその姿は……………、

『魔王?』

アイにはその相手が一瞬、魔物の王のように見えた。

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