第4話 ドップラー効果

 地球がある太陽系は、銀河系の中央から約3万光年の距離にある。

夜空を見上げれば、その銀河系の中央方面を横から見る形になるため、地球からは無数の星が群れて列をなし、まるで大河のように見える。 これがいわゆる天の川と呼ばれるものだ。

地球はこの天の川銀河の一部であり、近傍に他の銀河はないので、大河のように見えるのはこの天の川ただ一つだけのハズなのだが、この世界の夜空には従来の天の川に並んでもう一つ、それも赤い星ばかりの大河があった。

『これは、いったい…………………?』

この異様な夜空に、ヴォルは息を飲んだ。

それはアイや、本当の夜空を知らないアマンダも同様で、こっちは声が出ない、何が何やら分からず、言葉にならない、といった方が正解かもしれない。

一方、同じように黙ってこの夜空を見上げていたノーマンは、しばし考えて、

『なるほど、これが原因か………………』

と、逆に納得いった、といった顔で、

『恐竜といい、異世界人といい、別時空の存在が次元を超えるには次元そのものを歪めるだけの力が必要だと思ったが、まさかそれが銀河そのものだとはな』

『どーいうコト???』

アイが不思議そうに指をくわえて聞いてきた。

その様と顔が妙に間抜けで笑いそうになったが何とか堪え、

『最初は回転する銀河の場所によっては、相対性理論のために時間の流れに誤差が生じて、それによって発生する時間軸の矛盾の影響かとも思ったのだが、まさかこんな近く(とはいえ、10万光年以上は離れているが)に、別の銀河があるとはな。 恐らくは別銀河の重力干渉による次元の歪みが、偶然にもこの世界の地球に影響を与えたのだろう』

横目でレベッカの方を見ると、彼女は夜空を複雑な心境で見上げていた。

レベッカは一拍おいて、思いつめるように語り出した。

「この世界には、正確な観測装置も技術もありませんので確信は持てませんが、私もそうだと思います」

何を心配しているのだろう、鈍感なアイやアマンダの目にも、彼女の心痛そうな表情は見て取れる。

「古い文献を見ても、五千年前にはすでにこの赤い天の川の記述は記されていました。 なのでもうこの世界では、コレは当たり前の景色なので、誰もこの異常さを分かっていないのです」

『何か問題があるんですか?』

レベッカの悩みが理解できないアイが聞いてくる。

それに関してはアマンダもヴォルも同じ気持ちだった。

他の銀河が近くにあったからといって、だからどうだと言うのだろう?

確かに、異世界の生物が次元を通ってやって来るのは少々問題ではあるが、ここまでの様子を見る限り、トラブルや大事件が起こっているようには見えない。

しかしノーマンは、目線でレベッカに確認するかのように見て、

『彼女は銀河と銀河の衝突を心配しているのだろう』

『?』×3

『両翼十万光年前後の天体が近づいているんだ。 その可能性は否定できない。 最悪、両銀河双方で何億年もの歴史を持つ生態系や、幾つもの文明が滅ぶことにもなるかもしれない。 これほどの被害はかつて聞いたこともないよ』

そう言われ、一同は言葉が出なかった。

アイも今まで何度かSFパニック映画を観たことがあるが、それでもそれだけの被害を描いた作品は知らない。 天文学の知識はなくとも、常識的に考えて地球のように文明が築かれた星が、この宇宙にどれだけあるか分からないが、無数にあることくらいはアイでも容易に想像はつく。 そして星同士が衝突すれば、どれだけの被害が出るかも。 それが星どころか、銀河同士でとなれば、文字通り天文学的数字の被害が出ることだろう。 滅んでしまう星の数だって万や億どころでは済まないハズだ。

ヴォルの世界のように宇宙開発が高度に進んだ文明の世界でも、地球中の全ての人や生物を、他の星に移住させる事は困難に違いない。

もしも銀河が衝突してしまったら……………………………、

『で、でもでも、今まで何ともなかったんだから、これからも…………………』

レベッカの話では、大昔からこの赤い銀河は確認されている。 それでも今まで大きな問題はなかったらしい。 アイがオズオズ言うが、レベッカがここまで気にしているのだ。 この状況は自分が思っているよりも深刻な事態に違いない。

『前にも言ったが、銀河は音速の数百倍数千倍の高速で移動している。 銀河同士がぶつかる可能性は十分にあるのだ』

『何千年も変化がなかったのに?』

アイは言ってチラリとレベッカの方を見たが、表情に変化はない。

彼女も、思い過ごしだと何度も過去の文献を調べてみたが、安心できるだけの根拠を見つけるには至らなかった。

『変化がないように見えるだけだ』

「当時の文献と言っても、目で見て記録した程度です。 微細な変化まで誰も気付かなかったでしょう」

『音速の千倍の速度で動いていても、数万年程度の時間では銀河全体に対して見た目で分かるほどの移動は出来ない。 誰も気付かないのは当然だろうな』

ノーマンとレベッカの話しに、アイ達は信じられない気持ちだ。

超高速で数千年でも、銀河から見れば微々たる距離でしかない事実に、改めて宇宙の巨大さを実感した。

「今は大きな変化はありません。 しかしもし、赤い銀河がこちらへ、さらに近付いて来たら、衝突する前でさえどんな被害がでるか分かりません」

速度と距離を考えれば、衝突には何千何万年も先のコトになるだろう。

それまでにこの世界の地球が、他の惑星に避難できるだけの技術発展があればいいのだが、それまでに重力干渉による影響がどうでるか分かったものではない。

だからこそレベッカは、後々の子孫達の身を思うと、安心出来なかった。

明日にでも世界が崩壊するような影響だってあり得るのだから。

この非力な少女が、この未開の世界で、これほどまでに世界の事情を、宇宙の摂理を知り、世界を救う術を探し求めていたのである。

そんなレベッカの横でノーマンは、空をしばし見上げて、

『いや、その心配はないだろう。 この赤い銀河は遠ざかっているから、これ以上事態が悪化することはないんじゃないかな』

と言った。

「何故、遠ざかっているって分かるんです?」

『赤いからさ』

「?」

『?』×3

『光のドップラー効果だ』

「光の…………………ドップラー効果?」

赤方偏移せきほうへんいと言ってな、遠ざかる天体の光の波長の変化のために赤く見える現象だ。 おそらくあの銀河は高速で離れて行っている。 近付いているのなら、青く見える青方偏移となるはずだしな』

街中で救急車が近付くときと遠ざかるときで、聞こえるサイレンが違って聞こえる。 これをドップラー効果といい、それと同じく光も近付くときと遠ざかるときとで波長に違いが発生する。 これが光のドップラー効果である。

「ほ、本当に…………………」

それを聞いて、レベッカの声が震えた。

安堵と緊張が切れたのか、レベッカの目から涙が溢れ出してきた。


 長年の不安を払拭できたからか、それともここまでの、いくつもの異世界の冒険の疲れがでたからか、レベッカはその後、怠惰ゆえに生きていた頃から生ける屍という、名誉ある異名を持つアイさえ呆れるほど爆睡し、彼女が目を覚ましたのは翌日の昼前であった。

起床後は、ここ大聖堂のお喋りな神父の鬱陶しいまでの歓待に辟易しつつも、長年の心配事の悩みが晴れたレベッカは、本日の空のように晴れ渡っていた。

一方、何もやることのないアイ達は、昨日は着いたのが夕方であまり出歩けなかったこともあって、レベッカ以外の霊体4人は街の見学に出かけた。

中世頃のような街並みは、アイの目には映画のセットのようにしか見えなかったが、試しに霊体であることをいいように利用し、家々を壁抜けして中を見てみたが、本当にそれぞれの家庭に営みがあるコトから、ホントにこんな世界なのだと実感した(後でヴォルに不法侵入がバレて怒られはしたが)。

 ノーマンは街中の住民を改めて観察していた。

やはり、明らかにこの世界の住人とは別物の種族が複数、見た限りでも全体の約一割ほどいるようだった。

爬虫類から進化したのか、人型ながら肌が鱗に覆われた種族、腕に羽毛が生えた、ファンタジー世界ならハーピィとか呼ばれる半鳥人(但し、地球の重力下で人間サイズが翼で飛ぶには筋力が足りず、飛翔能力はない)に、手足の関節の数が複数ある種族等、アマンダがいた世界を彷彿とさせる、アイやヴォルから見れば異様な世界観があった。

宇宙進出によって、地球人とは違う異星人に何度か遭遇したことのあるノーマンでも、ここまでバラエティに飛んだ種族のるつぼは、さすがに見たことはない。

一通り、街中の観察を終え、大聖堂に戻る4人であったが、そんな中、ヴォルは大聖堂に着く手前、約30m程の所で足を止めた。 表情をしかめ、無意識に左腰に手をやって愛刀を探すが、霊体の今はそれがないことに気付き、焦りを見せた。

『どうした?』

『分からん。 敵なのか味方なのか分からないが……………、何者か、強者がいる。 尋常じゃない気迫を感じるぞ』

リアル侍であるヴォルの、武人としての直感は確かなものだ。

アイとアマンダも、思わず身構えてしまったが、別の感に鋭いアイには、この相手には敵意は感じられなかった。

『ふむ…………………覇気、とかいうヤツか?』

ふと、ノーマンは、過去の経験を思い出した。

かつてノーマンの世界での宇宙軍において、旗艦ゴールドウィング艦長となった頃、彼の部下にもヴォルのような、武人気質の男がいた。

ノーマンの指揮下に配属される数年前、とある地方惑星の基地でテロ事件があったのだが、それをたった1人で鎮圧したほどの兵士であり、軍最強の兵士とも言われていた。 彼もヴォルと同じように、武に対する感に優れ、戦場においても敵の殺気のようなものを感じ取る才にも恵まれていたが、配属されてすぐに、それがあだとなってしまう事となったのである。

転属の挨拶にと、軍神ノーマンがいるゴールドウィング艦長室に向かう途中、艦内の通路でダイアナとすれ違った彼は、彼女の鬼神のごとき覇気に当てられ気絶しかけたことがあった。 他の一般兵の目にはダイアナは、ただの能天気お色気士官にしか見えないだろうが、分かる者には分かる、強者の気迫を放っているのである。 そんなこともあって、それ以来ダイアナは、普段は可能な限り覇気を抑えるようにしていたので、前回、ヴォルに感じとられるコトはなかった。

『昨日の変質者に続いての刺客かもしれん。 レベッカは無事か?』

『とにかく急いで…………………いや………………出て来た』

珍しくヴォルが、緊張した声音で言い、表情には焦りが見えた。

全員が大聖堂の正面玄関に注視する中、ゆっくりと開かれた扉から出て来た男を見たアイの第一印象は、人間サイズのロボ、だった。

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