第3話 歪んだ月と紅い宇宙
レベッカの信じがたい話も、街に近づくにつれて信じざるを得なくなってきていた。 途中の街道脇の野原で、草を食む牛に混じって、名前の分からない小型の草食恐竜と思われる、博物館か図鑑でしか見ないような形状の動物が、まるで最初から普通にこの世界に生息する動物であるかのように、その牛と並んで草を食している。 畑仕事を終えた後なのか、近くの川で農夫に泥を落として洗ってもらっている、すっかり家畜と化した小型のトリケラトプスまでいた。
『あ〜……………うん、まあ何だ』
『さすがにこれは、信じるしかないが…………………』
未だ、見たことが信じられないノーマンとヴォル。
アイはこの異常事態が信じがたいコトであると理解できないばかりか、まだ映画の撮影か、単に恐竜が絶滅しなかっただけ、としか思っていない。
ホログラムだったとはいえ、それが偽物だと知らずモンスターが普通にいた世界のアマンダは、特に驚いた様子はなかった。
『ここも、アマンダの世界と同じように、擬似的に作られた世界なのでは?』
「いえ」
レベッカは、今まで一度も見せたことのないような真顔で、
「それはもう確認しました」
『どうやって?』
「ゼロドライバーとして霊体を肉体から切り離し、成層圏まで行って見ましたが、天井はありませんでした。 この空は本物です」
『なるほど……………』
レベッカはつづいて空を指差し、
「あれを………………」
彼女が指差した先には、夕方も近く紅く染まった空に月が見えた。
しかしその月はというと、
『な、何だあの月は? いや、本当に、つ、月なのか???』
月は地球から38万㎞の距離にある衛星である。
もちろんそれは、この世界の地球がアイ達の地球と同じなら、の話ではあるが、存在する世界が違うだけで、基本的にはここもアイ達の地球と同じハズなのであった。 そしてそれは、ノーマン達の世界でも同じなのである。
しかしこの世界の空に浮かぶ月は、あまりに不自然に歪んで見えた。
本来ならば球形の月が、途中から斜めに歪んでずれて、ガ◯ダムで有名な某アニメ制作会社のロゴマークのような形をしている。
もしも本当に月がこんな形をしていれば、自重と重力で崩壊してしまうハズなのであるが?
「あの月も、あと一時間もすれば元の球形に戻ります。 つまり……………」
『空間が湾曲して、そう見えている、と?』
「はい」
『それも次元レベルでだな。 さっきの恐竜も、それに関係しているんだろ?』
『しかし何故、そんなことが?』
「その説明は、夜にしましょう。 その方が分かりやすいですから」
それだけ言うと、レベッカは再び真顔になって、何も話そうとしなかった。
シアーの街に近づくと、ノーマン達は別のことに驚かされることになった。
街の規模はこの世界においては、地方都市としては大きい方で、外周30㎞もあるこの街は、一万人もの人口を誇っている。
しかしそんなことよりも、レベッカが街に到着すると同時、
「あ、アリア様だっ!!」
「アリア様がおいでになられたぞ」
「アリア様ぁぁっ!」
街に入ったレベッカの姿を見つけるや、そこいら中の人々が集まってきた。
一同はレベッカを取り囲み、恭しく祭り上げるように膝をついて手を合わせ見上げている。 中には感涙している者までいる始末だ。
『アリア…………………?』
「レベッカは、わ、私の幼名です。 司祭になったときに改名したんですぅ」
『ほほう』
「今の名前は、アリア、アリア・プロセッサ」
『中央演算処理装置?』
「か、カッコイイと思って…………………(赤面)」
『まあ、知性の神を崇拝しているから、っぽいが、それにしても………………』
少し呆れながらも、辺りを見渡す。
そして集まった人々の表情はどれも穏やかで、レベッカが来たことに心底感動しているようであった。
『なかなかの人気だな?』
『彼らの信仰心も本物のようだが…………………』
言ってチラリと、チヤホヤされて気まずそうにしているレベッカの方を見て、
『当人の実像を知らないからな』
『ばれたら、崇拝する何とかいう神への信仰心まで揺らぐのは確実だろう』
『何かナマイキだな』
『うう〜、レベッカちゃんのクセにぃぃぃっ!!』
アイとアマンダの霊体に頬を指で突かれながらも、信者達には作り笑顔を見せるレベッカではあるが、ノーマン達にはそれがニガ笑いにしか見えなかった。
しばらくすると、街の代表として衛士隊(ここでは警察的立場)隊長自ら、衛士数十人を従え、レベッカとボルトを迎えにやって来た。 見た目の年齢は40歳代くらいか、切れ長の釣り目と無精髭も生えていない清潔感のある整った顔立ちのせいか、気のせいか悪役っぽく見える。 皺一つない濃紺色の衛士隊制服が、怪しさを一層増して見えさせていた。
『セオリー通りだと、襲撃事件の黒幕はコイツなんだろうけどな?』
などとアイが思っていると、
「お久しぶりですね、ラッチ隊長」
「いえいえ、司祭様こそこんな遠方までご足労、痛み入ります。 ローディングゲート事件以来ですから、3年ぶりですか?」
「2年と半年ぶりですよ。 あのときお世話になりました」
レベッカが深々と頭を下げてそう言うと、ラッチは驚いたように半歩下がり、慌てて、
「な、何をおっしゃいます。 助けられたのは我らの方じゃないですか。 頭をお上げください、我らごときに司祭様がそんな、恐れ多いっ」
と、一緒に来た他の衛士達までがオタオタとしている始末だ。
その様子にノーマン達は、
『ど、どうやら本当に賢者と認識されているようだが…………………』
『それでも何だか信じられないな?』
『でなければ、全員の弱みでも握っているとか?』
『やっぱり怪しいです。 きっと裏で悪いコトしてるに違いありません』
などとレベッカにしか聞こえないと分かりつつ、ヒソヒソ言い合い、レベッカは心の中で(このヤロ〜)などと思いつつ、顔には出さずラッチ達には笑顔で対応していた。
しばらくラッチ達との会話の後、レベッカとボルトは街の中央にある大聖堂に案内された。
建築技術はアイ達の世界に比べて遅れているにも関わらず、四方に十数mの高さの塔に守られるように建てられた教会には、いくつもの彫像等の装飾が施された立派なもので、決して見劣りするような造りではない。 他の世界の宗教施設との違いらしいところといえば、知性の神を崇拝している関係か、定規や筆記具のような物を持った聖人の像や、何かしらの観測装置をイメージしたオブジェが目立つくらいだろうか?
それよりもノーマン達には、ここに案内されるまでの道すがら見た街の様子が少し気になっていた。
『気付いたか?』
『ああ、異常なのは恐竜だけではないようだな』
住民達の何人かの姿が、明らかにここの世界の住人達と違うのだ。
身長が優に2m越えの高身長から、ノーマン達からみれば不自然に低身長な人々、異様に腕だけが長かったり、中には頭部に角が生えている者に、肌の色が青い者までいる。 衣装もそれぞれの民族で違いがあるし、装飾も違う。 金色の派手な飾りを腕に着けていたり、ベルトに見たこともないデザインのナイフを差していり、幅広の金属製の帯を肩から袈裟懸けにしていたりする。
まるで映画スターウォーズの酒場シーンを見ているようだ。
『明らかにこの世界の生態系とは別物だ。 どうやら恐竜も彼らも、何らかの原因で他の世界からここに来てしまい、いつしか帰化してしまったのだろう』
『そこは霊体だけの我らと違うところだが、生体そのものの次元移動など、出来るのだろうか?』
『その謎も、おそらくレベッカが知っているのだろう。 夜になった方が分かりやすいと言っていたしな』
この世界の謎について話すノーマンとヴォル。
一方、ラッチも謎に思っているコトがあった。
レベッカとボルトの今夜の宿泊先となる大聖堂の扉前で、迎えが出てくるのを待つ間、レベッカに気を使わせないよう気を配ってか、声を潜ませ
「ところで騎士長ボルト殿。 司祭様の護衛がなぜあなた1人なのですか? 司祭様ほどの人望なら、本部から護衛の百人や二百人、普通に伴わせることもできたのでは?」
横で聞いていたアイとアマンダは、その人数を聞いて(どんだけヒマな奴がいるんだよ?)、などと突っ込みたいところであったが、どうやら本当にレベッカこと司祭アリアは、この世界でそれほどの重要人物なのであろう。
「司祭様はそういったコトを望まれないのだ。 自分はそれほどの存在などではない、と言われ、護衛を拒み続けているのです。 私も何度も願い出て、ようやく私1人なら、と渋々承諾していただいた程ですからなぁ」
「何と謙虚で奥床しいお考え!! 益々持ってご立派なお方だ」
レベッカが護衛を拒むのは、単に団体行動が鬱陶しいだけなのを彼らは知らない。 幼い頃から彼女は知識欲が強いあまり、勉学の邪魔となる他人を遠ざけているうちにボッチとなり、いつしかそれが普通となったのである。
「まあ、明日には司祭様が信頼する者が2名、ここにやって来る予定となっておりますが………………」
「はて、その者達とは?」
ボルトはイマイチ納得していないのだろう、少し不服そうな顔で、
「1人はロイ、ロイ・マスターピースと言う男です」
「あの傭兵家系の男ですか? 私もあの男はどうにも信用できません」
ラッチもボルトに同意するように頷き言った。
「まあ、あの男はまだいいのです。 問題はもう1人の方。 コッチはどうにも私は苦手でして………………………」
「?」
「隊長も知っているでしょう? レアン・ポジトロンという女を」
その名を聞くと同時、ラッチの表情が強張った。
その様子を見ていたノーマン達は一瞬、そのレアンとかいう人物はそれほどまでに危険人物なのかと思ったが、ラッチはさっきまでの硬い表情はどこへやら、見る見る緩んでいった。
「か、彼女ですか……………い、いいですな〜♡」
どうやら思い過ごしのようだった。
しばらくして大聖堂の中からここの神父が大慌てで迎えに現れた。
見たところ60歳代後半の貫禄ある神父は、レベッカの姿を見るやまるで神そのものにでも会ったかのような感動の涙を流し、孫ほどに歳の離れた幼い
その後、大聖堂内を案内しつつ自らの信仰心の深さを延々と語る老神父を宥めながらも、何とか客間に通してもらうのに、異様に体力を消耗してしまった。
レベッカはボルトとは別の部屋、客間というには豪華すぎる装飾を成された、あまり教会っぽくない豪華ホテル(この世界での基準で)の部屋。 テニスでも出来そうなほどに広い室内の真ん中には、これまたどこかの王族の寝室のような天蓋付きベッドがあり、アリアは着替えもせずに、そのままそこに突っ伏した。
さすがにここまで来る間の疲労が限界に近かったのだが、
『さっき言ってた話の続きは、夜だったな?』
「はい。 きっとみんな驚きますよ」
レベッカは悪戯っぽい笑みで言うと、そのままベッドの上で死んだように眠りについた。
『元の身体に戻った早々、いろいろあったし、まあ仕方あるまい』
未遂だったとはいえ、若い娘がレイプされそうになったのだ。 聞きたいことは山ほどあったが、ノーマンも彼女の言う通り夜まで待つことにした。
そして夜が訪れ、爆睡中のレベッカを叩き起こした一同は、大聖堂上層階にあったバルコニーへと出て空を見上げた。
『っ?!』×4
この世界の夜空は、赤かったのである。
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