第10話 救世主?参上

展望デッキに影を落としたその正体は、アスペンケイドよりも数倍巨大な宇宙戦艦であった。

「あ、あれは…………………」

(あ〜あ、来ちゃったぁ〜。 も〜少しで人生初キッスだったのになぁ)

その姿に驚嘆するトビーに対し、ダイアナはつまらなさそうにジト目で見つめている。

「あ、あれってまさか?」

「あ〜、宇宙軍旗艦ゴールドウィング。 私と艦長が前に乗ってた艦だね。 多分、私達の危機を知って駆けつけてきた、ってところかな。 超新星爆発するから危険だ、って言うのに、ホーント、モーゼス艦長は真面目だわ」

説明するダイアナの声も気怠げだ。

「な、な、な、何てことを………………こんなの、無駄死にだっ!!」

ダイアナとの◯◯という雑念は一気に消え去り、トビーは血相を変えて艦長が待つブリッジに走り出した。

それを見送り、1人展望デッキに残されたダイアナは、深くため息をつき、

「君でしょ、事態を本部にチクったの?」

そう不機嫌に言うと、背後の柱の陰から現れた黒い人影は、別次元に姿を消したハズのQであった。

「実に残念だ。 もう少しで我が天敵の濡れ場を見学できるかと思ったのだが」

「残念なのは私の方だよ。 大人の女の階段、また踏み外しちゃって転落事故だよ、純真無垢な乙女心複雑骨折で全治3ヶ月だよ。 お見舞いはお花よりメロンがいいなぁ〜」

「とてもそんなやわには見えないが?」

「乙女のハートはガラスより脆いんだよ。 そんな事より」

ダイアナは、両手のブレスレットをQに見せ、

「そんな事よりコッチに興味があるんじゃないの?」

と、不敵な笑みを見せた。

「ああ、未知のテクノロジーだ。 スキャンも出来そうにない。 だが、君の強さの秘密はソレだけではないのだろう?」

「さあ、どうだろ? で、私の腕を切り落として持って行く?」

「危険は犯すつもりはない。 興味は尽きないが、石橋は叩いて渡る主義なのだ。 それより、そっちこそいいのか? さっきの彼のように、この事態に恐怖はないのか? 流石の君でも超新星爆発には耐えられまい?」

「死ぬときは死ぬもん。 死を怖がる兵士はここにはいない」

「それにしても余裕がありすぎるように見えるが?」

「私達は死なないから」

「そう思える根拠は?」

「感っ!!」

「………………ふっ、恐れ入ったよ」

「君って……………」

「?」

「笑えるんだね。 ロボなのに」

「ああ、今、自分でも驚いているところだ」

「そんな君に今後のアドバ〜イス」

「?」

「君は自分で自分を殺戮兵器、とか言ってるけど、兵器や武器は本来、殺戮目的に作られるモノじゃない。 誰かを守る為に作られるモノなんだ」

「……………………………」

「そもそも、君を作れるほどのテクノロジーで殺戮兵器作るなら、最初っから広範囲破壊兵器を作るハズでしょ? 何より、人格も必要ない」

「私は、守る為の兵器、だと?」

「まあ、製作者に聞いたわけじゃないから、絶対とは言えないけどね」

「…………………そう……………かもしれないな……………………」

「君は……………………」

「?」

「君はヒーローになれる」

「何故、男性っぽい口調に変えた? 表情もヘンだぞ?」

それに答えず、ダイアナは髪の毛を1本抜いて差し出し、

「食えっ!」

「何かのジョークか?」

「………………………………………え、え〜とぉ」

(す、す、す、滑ったぁぁぁぁぁぁーっ!! まさか私の渾身のギャグがぁぁぁ? 声マネ、似てたよね? 学生時代にやったら、バカ受けしてたのに? え、え、し、知らない? 知らないの? あっちの世界にジャ◯プないの?)

急に恥ずかしくなり、ダイアナは顔を真っ赤にした。

「わ、忘れて忘れて、今の忘れてぇぇぇぇぇっ、片乳見せたげるからっ!!」

「無理だ。 メモリーに自動で保存されたので、そう簡単に抹消はできない」

「いやぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」

戦闘力最強、メンタル最弱のダイアナは、しばらく立ち直れなかった。


 ブリッジにノーマンの怒号がとんだ。

彼はモニターに映ったゴールドウィング現艦長、モーゼスに対し、

「こんな事をしても何にもならない。 君は君の部下と艦を危険に晒しているということを………………」

《分かっております。 これは乗員全員の意思なのです》

メインモニターの映像が引きに切り替わった。

アスペンケイドより広い、ゴールドウィングのブリッジに控える十数人の乗員達全員が、こちらに向かって一斉に直立不動の姿勢で敬礼をする。 ワイプ画面の艦内各所の乗員も、カメラに向かって同じく敬礼をしていた。

画面越しでも全員の堅い意思が窺い知れる。

《皆、想いは同じです》

ノーマンは一拍置き、

「無事帰還できても、軍法会議ものだぞ」

《その心配は無用です。 上もこんな大勢相手に、軍法会議なんてしていられないでしょうから》

「?」

刹那、ゴールドウィングに続いて、何隻もの軍艦がワープアウトして現れた。

ゴールドウィング級二番鑑カバルケイドに続いて、巡洋艦ディアベル、ブルバード、マグナ、バニガーレ、他二十数隻、最後に現れたのは、ノーマンとダイアナにも縁のある、最新型攻撃空母、チェンタウロ。

最前線でも、これだけの戦力はそうそう揃わないだろう、とんでもない大艦隊だ。

《辺りのふねにメッセージを送りました。 他の者も気持ちは同じです。 これだけ大勢の艦長相手に、上も何も言えませんよ》

同時、モニターに全艦のブリッジと艦長が映し出された。 全員が真剣な表情でモニター越しにノーマンを見つめて敬礼をしている。

若い軍人達の熱い想いに、ノーマンは気圧された。

「まったく…………………貴様ら………………」

絶望的な状況なのに、思わず苦笑いをしてしまう。

画面越しにノーマンのその様子を見ていた他の艦の艦長や乗員も、つられて表情が和らいだ。

「貴様らの覚悟は分かった。 遠慮なく援護してもらうぞ」

《はっ!!》

しかし、各艦艦長の返事を打ち消すように、

「無駄ですっ!!」

ようやくブリッジにやってきたトビーが、息を切らせて待ったをかけた。

「計算しました。 ここに来て得た赤色巨星の新しいデータから再計算した結果、予想より53%以上のエネルギー量があることが分かりました。 仮に一時間後に爆発したとしても、超光速航行直後の出力不足の艦の速度では、最大巡航航行でも爆発の衝撃影響圏内から脱出しきれない」

《それでも………………》

モニターの向こうのモーゼスが、表情に迷いを一切見せず、それに答える。

《それでも、窮地にある仲間を見捨てる事はできない。 我らはそういった不器用な生き物なんだよ、軍曹》

「し、しかし……………………」

どうにも納得いかないトビーではあったが、迷っていても仕方がない。

もう後戻りは出来ないのだ。

《立場上、自分が現場の指揮をとらさせてもらいます。 ノーマン艦長、乗員を脱出させて下さい。 足の速い艦は脱出した乗員を受け入れ離脱を。 間に合わなかった際に備え、大型艦は後方でシールドを展開。 海賊船の乗員保護も忘れるなっ!!》

モーゼスの指示に、その場の全艦乗員全員が動き出した。

モニターの向こうでテキパキ動く乗員達の姿に、ノーマンの後ろで見ていたヴォルは、霊体の上に部外者ゆえ、何も出来ずに歯がゆい思いをしていたが、

『素晴らしい………………彼らの姿に侍の心を見た』

と、思わず感涙しながら言った。 その横では泣かないまでも、アマンダも感心しているようであったが、

『逃げきれないんですか? ワープしなくても、凄く速いですよね?』

少し前に巡航航行の速度の速さを、身を以て知って泣きべそかいたアイには、どうにもイマイチ分からない様子だ。

『いえ、速いといっても、さっきノーマンさんも言ってましたが、せいぜい時速100万㎞そこそこですからね』

時速100万㎞程度の速度では、地球太陽間でも片道約150時間かかる。

もうすぐ大爆発する、さっきまで見ていた赤色巨星の直径だけでその8倍。

その星が爆発する破壊力は想像を絶するものだ。

普通に数光年四方を絶滅させる威力のある超新星である。 アイの感覚ではとてつもない速さの宇宙船でも、宇宙スケールでは微々たる移動速度でしかない。

つまり、このままでは確実に爆発に巻き込まれてしまうのだ。

『と、いうワケだ。 今のうちに、君らだけでもゼロ次元に退避してくれ。 出来ればヴォルかアマンダのいた異世界にでも逃げてほしい』

霊体に意識を変え、ノーマンはアイ達4人に言った。

『わざわざ逃げなくても、私達は霊体ですから、死の心配は………………?』

レベッカが聞き返すが、

『超新星の破壊力を侮ってはいけない。 あまりのエネルギーで次元そのものを歪ませてしまうかもしれないのだ。 そうなれば、実態のない霊体だからといって安全とは言えない』

ノーマンはそう説明するが、

『いや……………俺は残る』

ヴォルはこの世界の侍ともいえる彼らの運命との闘いを、他人事にように見ることが出来なかった。

『これも何かの縁だ、共に最後までいさせてくれ』

モーゼス達同様、堅い意思を目に宿した彼には、どう説得しても無理だろう。

ノーマンはアイ達の方を見て、

『君らだけでも逃げてほしい』

アイとレベッカは戸惑っているようだが、戦士であるアマンダだけは、

『おいおい、ここまで来て帰れるかよっ! 私も………………』

『ダメだ、君には生きて帰らなければならない理由があるだろ?』

『そ、それは………………………』

アマンダの脳裏に、前の世界でようやく助け出した妹、ライノの笑顔が過った。

実在しない、データだけの存在である妹ではあるが、アマンダは彼女のためにも生きて帰らなければならない。

レベッカも元の世界に何か大事な事情があるのだろう、ここで霊体である今の自分を失うわけにはいかなかった。

アイはというと、霊体まで消滅してしまうかもしれないという事に、本当は逃げ出したいところではあるが、どうにもそう言い出せる雰囲気ではない。

霊体でもマジもんの幽霊であるのに、ないはずの足をガクブルさせながら、

『ど、どうせ私は元の世界で死んでるし、い、今更、み、み、み、未練とかないけど…………………』

と、涙目で言っていた。

へタレ、オタク、ダメ女、そんな印象しかない彼女でさえ、この場に残るようなコトを言われては、もうアマンダもレベッカも逃げにくい。

『ああ〜、もうっ!!』

半ばヤケクソになるものの、そうこうしている間にも、超新星爆発のタイムリミットは、着々と近づいて来ている。

いや、星の中心部まで数天文単位距離、数千光秒もある。

リアルタイムでは分からないだけで、すでに爆発しているのかもしれない。

光学で見えた時にはもう、ここにいる全員が死んでいるかもしれないのだ。

 一方モーゼスも、頭の中でその不安と闘っていた。

もしも…………、を考えると、星の状況が気になって仕方がない。 

もちろんそれは、身の安全を気にして、ではない。

救助に来たノーマン達を案じてのことだ。

そこでモーゼスは、ゴールドウィングを艦隊の最後尾にまわってシールドを最大出力で展開するよう操舵士に指示した。 ほぼ直線形態で退避する艦隊を、少しでも超新星の衝撃波から守るため自らを盾にした形だが、

《ずるいぞ、モーゼス大佐》

カバルケイドのグロック艦長が、

《それは我らの仕事、あなたは旗艦艦長として、他の艦の指揮をしてもらわないと困る》

続いてチェンタウロのルガー艦長が言って、ゴールドウィングのさらに後ろに、両艦が割って入って来た。

《しかし、今回の作戦は自分が提案したもの。 部下達には申し訳ないが、責任は我艦が取らねばならない》

《貴君も我らと同じ立場なら、同じことをしただろう?》

《何より、我艦チェンタウロは、ウェザビー少尉に大きな借りがあるしな》

《………………分かった。 とはいえ、自分も引くわけにはいかない。 最期まで付き合ってもらうぞ》

《もちろんだ》

グロックの返事に、カバルケイドのブリッジ内乗員全員がうなづく。

《そこで提案なのだが、我ら三艦は船首を超新星に向けてはどうか?》

《確かに。 戦術上、艦首の方がシールド出力を最大に出来る。 側面の強度は下がるが、衝撃波が来る方向が分かっているので問題はないだろう》

《ガンマ線は完全には防ぎきれないが、光学で爆発を確認すると同時、各艦の主砲を前方に一斉に撃てば、多少は衝撃波を和らげられるかもしれない》

無意味な戦術にも思えるが、それでもすぐに各艦乗員は、一斉にそのための準備を始めた。


「まさか本当に来るとは思わなかった。 自分達の命よりも義を重んじるとは、なかなかに見上げたじゃないか」

展望デッキの窓から外の様子を伺うQは、AI思考らしからぬ感想を言った。

「とはいえ、戦艦の主砲程度では焼け石に水だろう。 それが分からないとは思えないが?」

「それでもやらずにはいられないんだよ」

ようやく精神的ダメージから脱して、ダイアナは妙に疲れきったように答えと、

「で、君はこれからどうするつもり?」

「そうだな。 流石に私の超次元変換システムでも、超新星の衝撃波までは防ぎきれない。 自分の世界でもないこんな異世界で、こんな事態に巻き込まれて消滅するわけにはいかないからな、今のうちに退散させてもらうよ」

言うと、目の前に現れた空間の穴に去ろうとした。

「ちょ、待った待った。 この事態、何とかしてくれるんじゃないの?」

「そんな義理はない」

「え〜っ、いーじゃーん。 私達友達でしょぉ〜」

「友達でもないし、助けようにもどうしようもない。 この輸送艦一隻くらいなら、何とか擬似空間に一時的に逃がすことも可能だったがな、これほどの大艦隊ともなれば、そうもいかない」

「ブーッ!!」

「そういうワケだ。 せいぜい奇跡を祈って逃げ切ることだな」

それだけ言うと、Qは振り返りもせず空間の穴の中に去って行った。

「……………………」

Qが消えた穴が塞がるまで見送ると、ダイアナは微笑し、

「ホ〜ント、ロボのくせに笑ったり…………………」

窓から後方で爆発に備えて防御陣形をとっている、巨大軍艦三隻を見ながら、

「下手なウソを言ったり、変なヤツだね」

言うと、座っていたベンチの上に寝転がって、アクビをした。

「この事態のせいで、夕食、ナシになったりしないかなぁ〜?」

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