第9話 縮まる縮まる………………

《艦長の言った通りだったよ、プリン一つであっさりだ》

「だろ? 無敵の少尉もあっちの方はからっきしだからな」

事態も一段落し、ダイアナの帰還を待つ間、勝利の歓喜に沸くブリッジ内で、ノーマンとウェッソンは内密の通話をしていた。

《ところで艦長はどっちに賭けるかね?》

「何を?」

《少尉と軍曹の仲さ。 今回こそ結ばれるかどうか、だよ》

「今回もダメだろう。 少尉の恋愛は今まで実った試しはないからな」

《何だ、艦長もか。 主計科全員が失恋する方に賭けてるから、ギャンブルにならないよ》

「それは残念だったな」

珍しくイタズラっぽい笑みで言うノーマンを横目で見ながら、

『ひどい言われようだな』

『お姉さんには同情します』

『ダイアナも私と同じだったか………………』

とヴォル達がダイアナを気遣うように言う中、何故かアイだけは黙って宇宙を見つめていた。

その表情は、何かに違和感を感じているような、どうにも落ち着かない顔であったが、それが何なのか本人も分かってはいない。

ちょっと気まずく感じつつ、ノーマンはブリッジ内を見渡していると、

「どうした?」

アイのように、何だか納得いかない、といった表情でモニターの情報を見つめる電探士のスミス曹長に聞いた。

「いえ、大したコトでもないのですが、さっきまで敵艦が攻撃で放っていたミサイルや荷電粒子砲が、本艦を通り過ぎた後で、レーダーからロストしてしまってるんです。 まあ、射程圏内に見方も惑星もありませんから、どこにも被害はでないのでしょうが……………………」

「………………そうか」

ただ、そう答えるだけのノーマンではあったが、そのロストした現象に心当たりはあった。

-Q-は異世界で、様々な武器を使用直後の状態で、自身が作った擬似的なゼロ次元に封印した、と言っていた。

今回の出来事の原因もそうなのだろうか?

標的を外した武器のリサイクル。 -Q-はそれを何に使うつもりなのだろう?

いろいろと考えを巡らせていると、

「ファイヤーブレード、帰還します」

「ん、ああ、分かった、盛大に迎えてやってくれ。 近くの基地に連絡、敵艦乗員の捕縛の依頼を」

「了解………………ファイヤーブレード、着艦しました」

無事に帰ってきたダイアナに、艦内全員が拍手で出迎える中、

『あっ、そうか…………………』

違和感に気付いたアイが声をあげた。

『どうかしたのか?』

『星が、あの赤い大っきな星が、だんだん縮んでいるみたい』

『ん? いや、星から遠ざかっているんじゃないのか?』

ヴォルは同意と確認のため、ノーマンの方をチラリと見た。

ノーマンもアイの声は聞こえていた。

彼は急に表情を強張らせ、

「星はっ? 赤色巨星に異常はないかっ?!」

「え、あ、はい……………え、と、恒星表面温度と……………………え?」

レーダーや計測器を見つめるスミス曹長の表情が、見る見る青ざめていった。

「せ、赤色巨星が、しはじめています………………………」

『?』

スミスの言った意味が分からず、アイ達は目を点にしてお互い顔を見合わせているが、ブリッジ内スタッフ達は全員、蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。

寿命に達した大質量の恒星が最後に大爆発する現象が超新星爆発。

未だ謎の多い現象であり、そのメカニズムにも不明な点があるものの、重力崩壊は、その超新星爆発の前段階なのである。

赤色巨星は一気に収縮し、その反動により桁違いの大爆発を起こすのだ。

「まさかこんな時に超新星爆発だと? 緊急離脱っ!!」

「待てっ!」

アンドリューの指示にノーマンが待ったをかけた。

「海賊船にも打診、急いで現場中域を離れろ、と」

「しかし艦長、こちらはメインエンジンへのエネルギー充填する時間を、敵艦はそのメインエンジンが大破し、どちらもタイムリミットまでに超光速での脱出は不可能かと?」

「分かっている! だが今は逃げるしかない。 少しでも遠くに離れるんだ!!」

「り、了解しました。 面舵90度」

アスペンケイドは巨星を背にするよう回頭し、海賊船側も事態を知って、慌てふためき姿勢を直して、加速しだした。

しかしすでに赤色巨星の重力崩壊は始まっている。

星自体が縮退し、崩壊が中心核に至り爆発するまで1時間あるかないか?

そしてその爆発のエネルギーは、太陽エネルギー何兆年分にもなる。

仮に爆発の衝撃に耐えられたとしても、その際に発せられるガンマ線により、数光年四方に存在する生命体は死滅してしまう。

もはや絶望的な状況に、さすがのノーマンも打つ手が思いつかない。

するとそこへ、見方艦隊から長距離通信が届いた。

《艦長、ノーマン・ラフォール艦長っ!!》

「モーゼス? 君か?」

相手はノーマンの元部下で、現ゴールドウィング艦長、サミュエル・モーゼス大佐であった。 ノーマンの実績には及ばないまでも、旗艦艦長の名に恥じぬ功績を多く上げ、アンドリューと同じくノーマンを敬愛している軍人である。

《よくぞご無事でっ?! 海賊の襲撃を受けていると、「Q」と名乗る謎の人物からメッセージが届いたのですが?》

「Q…………が? あ、ああ、いや、すでに賊は退け、事態は解決した。 心配をかけたな」

《流石です。 戦神の名は伊達ではありませんな。 しかし輸送艦では無傷とはいかなかったでしょう。 重要な荷を積んでいると聞き及んでおりますし、まだ敵がいないとも限りません。 今からでも我艦が護衛を…………………》

「いかんっ、絶対に来るなっ!!」

思わず声を荒げるノーマンに、モーゼスは訝しげに聞いた。

《何かあったのですか?》

モーゼスの性格は知っている。

事態を知れば、彼は後先考えず、救援にすっ飛んで来るだろう。

とはいえ、誤魔化しきれるものでもない。

「例の赤色巨星が、もうすぐ超新星爆発する。 来れば君も、君の艦も巻き込まれてしまうだろう」

《ま、まさか? す、すぐに救援に向かいますっ!!》

「ダメだ。 いくらゴールドウィングの新型エンジンでも、連続して超光速航行はできない。 できたとしても、乗員をそちらの艦に移す時間もない」

《しかし………………》

「心配するな、何とかする。 いいか? 絶対に来るんじゃないぞ!」

念を押し、ノーマンは強制的に通信を切った。

見渡せば、ブリッジのクルー達は絶望の表情を見せてはいたが、軍人としての覚悟はあるのだろう、その瞳に迷いは見えない。 ノーマンの判断は、より多くの犠牲を出さないためには最善の策であると全員が理解していた。

「動力接続」

「メインエンジンの加速ブースター、回路を補助エンジンにまわします」

「補助エンジン、点火。 出力全開、最大加速!」

「敵艦、こちらを追ってきてますが、加速が不十分です。 遅い、このままでは確実に爆発に巻き込まれます」

「敵艦に通達、アンカーを打ち込み牽引すると伝えろ」

「しかしそれでは、本艦も速度が………………」

「構わん。 見捨てて我らだけ助かったとしても、寝覚めが悪い」

「了解しました」

その間も巨星の縮退は続いている。

この時点ですでに、最初に見た時の半分くらいの大きさになっていた。

爆発の瞬間は、思ったよりも早いかも知れない。


 艦の中央付近に展望デッキがある。

そこの大窓から、間も無く爆発して無くなる赤色巨星を一望できた。

ダイアナはそこのベンチに腰掛け、呆けたような顔で死に向かう巨星を眺めていた。 ついさっき、単身1人で海賊を撃退した狂戦士の面影は今はない。 そこにいたのは、ごくごく普通の女子の姿であった。

「ここにいたんですか」

「うん、一仕事終えたからちょっと小休止中」

まるで待ち合わせのカップルのように、背後から声をかけたトビーに、ダイアナは無表情で答える。

「大活躍でしたね。 チェンタウロの一件、副艦長の話は誇張したものだと思ってました」

「アハハ…………、はしたないトコ見せちゃったかな?」

「そうですね。 正直少し引きました」

「あ〜、いつまで経っても彼氏できない理由、それかなぁ?」

「どうですかね? でも自分は少尉の事は凄いと思いますよ」

「いいよいいよぉ、気ぃ使わなくてぇ」

「…………………………」

「……………………………ところで、こんな所にいていいの?」

「艦長に呼ばれてます。 一応、宇宙工学顧問ですんで。 でもこの状況、どうしようもありません。 諦めて宇宙の藻屑になります。 いえ、超高温でチリも残さず蒸発してしまうでしょうね。 そんなコトよりも最後に最高の天体ショーを見れるんです。 天文学者を志す者としては本望ですよ」

「え〜、ホントにぃ〜?」

覗き込むように下から見上げ、イタズラな笑みで問い返すダイアナ。

「そ、そうですね………………では、少尉に一つ質問、いいですか?」

「ん?」

「何故、自分なんです? この艦に着任して間も無い頃から、少尉は自分に対して好意的に見えましたが」

「ああ〜、ソレねぇ。 君は昔の彼氏に似てたんだ。 いや、正式に付き合ってなかったから、彼氏っていうのは正しくないかな?」

「?」

「当時は恋愛ごとに興味とか無かったから殆ど意識してなかったんだけど、事故で彼が死んで、初めて好きだったんだって気付いたの」

「その彼の面影が自分と?」

「いや、あっちの方が数倍イケメンだった」

「そ、そーですか…………………」

「顔より雰囲気が似てんのよ。 彼は物理学、君は天文学ってところとかね」

言ったダイアナは、上着の袖をめくり自分の腕を見下ろした。

彼女の両手手首には、鈍い銀色のブレスレット、いや、どちらかというと武具の籠手にも見える何か、が装着されていた。

妙に手首にフィットしたソレは、不自然なまでに彼女の腕に馴染んでいて、すでに身体の一部のようになっている。

「それは?」

「彼の形見…………………っていうか、死ぬ前日にくれたモノなんだけどね。 高次元なんとか、エントロピーがどうとか、質量変換とか生体情報がああだとか、延々難しいコト説明されてさ、結局意味不明すぎて内容忘れちゃったよ」

と、不貞腐れたような態度ながら、その腕輪を上に掲げて見る目は、どこか嬉しそうに見えた。

「え、そ、それって実は凄い物なんじゃ………………???」

「どうだろう? まあ、軍入隊時に技術士官とかに見せたけど、彼らも頭抱えてどういった構造と技術が使われているのか分からないって、絶叫してたけどね」 

「やっぱり特別な技術で作られた物じゃないですか! 自分も天文学なら分かるのですが、物理は専門外ですから何とも言えませんが……………………?」

ダイアナは、もうすぐ超新星として消えて無くなる星を、感慨深げに見ながら、

「あ〜、こうなると分かっていたら、エッチの一つくらい、やらせてあげてたらよかったかなぁ? そしたら私も母親になれてたかもしれないし。 ああ、でもその時には父親がいないか。 結局私は不幸になるんだね」

「最期になるってのに、そんな悲しいコト言います?」

「いいじゃん。 妊娠出産は女の特権だよ」

言ったダイアナは、しばし考え、

「ねぇ、私と…………………セックスする?」

「え、ちょ、ちょっ、こ、こんな時に何を……………………?」

ダイアナは恥ずかしそうに赤面するものの、トビーの顔を見つめている。

「私ではイヤか?」

「い、い、い、いえ、そ、そんなコトは…………………な、何より、亡くなられた元彼に申し訳ありませんし………………………」

とか言いつつ、ふと、ダイアナの胸元に視線を落とした。

制服の胸元のファスナーが少しはだけ、彼女の肌をつたう汗が、乳房の谷間に吸い込まれていくように落ちていくのが見える。 ベンチに座る彼女を上から見下ろす角度のせいか、ヒップラインもいつも以上に妖艶に見えた。

頭の中で、彼女の美しくも魅惑的な裸体がちらつく。

イメージの中で彼女を押し倒し、そのまま…………………………………、

(ああ、こんなときに、男の性ってヤツは………………)

「お言葉はありがたいですが、そんな時間は……………………」

トビーは雑念を払い、何とか理性を保った。

しかし、そう言っている間にも、少し前まで赤色巨星だった星は、どんどん縮退し、見た目も確実に小さくなっていて、いつ超新星爆発してもおかしくない。

「確かに…………………、じゃあ、キスで我慢しとくか?」

「…………………………………………え?」

ダイアナの方を見ると、彼女はベンチに座ったままで目を閉じ、こちらを見上げて唇を突き出している。

心臓の鼓動が高鳴り、緊張で掌に汗がにじみ出てきた。

トビーは彼女の隣に座り、生唾を呑んでからダイアナの肩に手を添え、

「い、いただきます………………」

彼も目を閉じ、ゆっくりと口をダイアナの顔に、唇に近付けた。

両者の唇が重なりそうになった、その時、窓の外に現れた巨大な黒いナニかが、展望デッキに影を落とした。

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