第3話 少尉お姉さんの危険な秘密

『あのぉ、ちょっといいですか?』

さっきまで不安顔だったレベッカが、おずおず手を挙げ聞いた。

『航路の再設定って、こんな広いのに必要なんですか? 適当に目的地に向かって進んでも問題ないのでは?』

両手を左右に広げ、宇宙の広大さを表現しながら言う彼女の疑問も尤もかもしれない。 今、アスペンケイドがいる宙域は、銀河の外のあまりに広大な場所だ。

四方数千光年に渡って特に障害物になるようなモノがある訳がないだろう。

それに関しては、ヴォルもまた多少は同意見だった。

某名作宇宙戦艦モノのアニメに夢中だったアイは、特に気にした事はなかったので、作中の航路設定に関しては何も感じてはいなかったが……………。

アマンダは………………、当然気にもしなかった。

「まあ、普通はそうだろうな。 確かに適当に進んでも何かに衝突する、などといった事は、そうそう起こらないだろう」

『だったら…………?』

「それでも進行方向に障害物がないとも限らない。 それこそ天文学的確率だがな、可能性はゼロではない」

このアスペンケイドにも前方障害物を破壊、もしくは回避するためのディフレクターが装備されてはいるが、それでも絶対ではない。

「宇宙は信じられない速さで動いているんだよ。 例えば我らの地球も秒速約30㎞、マッハ80以上の速度で太陽の周りを公転しているし、その太陽系自体も天の川銀河の中をマッハ700程の速度で回っている。 銀河そのものもマッハ1700程の速度で移動しているんだ。 3日も経てば多少は星の配置は変わるが、まあ、それでも宇宙スケールなら微々たるものだろう。 だが、我らはこれからタランチュラ星雲の中を、一気に数百〜数千光年を超光速で移動しなければならない。 超光速航行中でも巨星の重力でコースが次元ごと湾曲することもありえるし、減速時に何かしらの天体と衝突しないとも限らない」

『念には念を…………という事ですか?』

「そういう事だな。 とはいえ、さっき副艦長も言っていたが、ジャンプした先には今も膨張中の赤色巨星が確認されている。 いつ超新星爆発するとも知れない星がな」

『あ、危なくないんですか?』

爆発と聞いて、急に怖くなってアイが聞いた。

「恒星の寿命は数千万年から数百億年。 一説には数兆年の寿命を持つ星もあると言われている。 いつ爆発するかも知れない、とは言っても今すぐかも知れないし、数万年先かも知れない。 星の寿命を人間の尺度で見てはいけないよ」

『は、はあ?』

「まあ、そうそうそんなタイミングに出くわす事はない、といったところだ。 安心は出来ないがね」

『結局は、分からない、というコトですよね』

「そうだな」

『うう〜ん、な、何だか不安で頭が痛くなってきました………………』

霊体だから痛覚はないハズ、などと今まで何度同じ感想を持ったコトか?

『も、も一度散歩してきます』

『じゃあ、私も〜』

頭を冷やすためアイとレベッカは、再び艦内の散策に出かけた。


    ※※※※※※※※※※※※※※


 その世界の地球は、ヴォルがいた地球に似ていた。

時代はさらに進んだ未来の25世紀であり、ヴォルの世界同様、二足歩行ロボットが武器開発の主流だった。

人間サイズから、医療用に開発されたナノマシンサイズ、さらにはアニメさながらの20m級の巨大なものまで様々だ。

特に巨大なモノに関しては、ヴォルの世界の章でも説明したが、重力と慣性の制御は必要不可欠ながら、双方共に小型化に成功し、巨大二足歩行ながら自然なフォルムを実現している。

そんな世界のロボット開発のとある一大企業の工場に、ソレは現れた。

工場施設の中の実験棟にて、新型陸戦用重装甲ロボットのテスト中、技術者や従業員、警備員もいるその中で突如として現れた何もないハズの空間に開いた穴。

その穴を通り、空間転移したかのようにヤツは堂々と姿を見せたのである。

中に人が入ったパワードスーツではないのは形状で推察できる、一目でロボットと分かる体躯。 身長は2m程で全身は漆黒を基調としているが、僅かにV字型になった横一文字のスリットの目元が妖しく虹色に光っている。 さらに一同が気になったのは、肩に記された「Q」の文字であった。

この世界の文字ではないし、技術者達の目にはこのロボットの外見から推察されるフレーム構造に見覚えもない。

最初はライバル企業の新兵器とも思えたが、だとしたらこの空間転移のような移動方法はどんな仕組みなのか? それだけの技術がある企業が、わざわざ他企業に侵入などする必要がどこにある?

ただ、それでも違法侵入に変わりはない。

警備員は数十体の警備ロボットを指揮し、その-Q-を取り囲んだが、当人はそれを意に介さず、テスト中の新型ロボットを見据えると、虹色の目から謎の光線を放ち、ロボットを照らした。

その様子を見ていた技術者には、すぐにその意味が分かった。

「スキャンしている……………」

ずいぶん堂々とした産業スパイだ。

この状況の上、相手は人ではないと分かれば遠慮はいらないと、警備員は警備ロボットに発砲許可を出した。

-Q-に向かって警備ロボットに装備されたブラスターのビームが集束する、が、どういうわけか次の瞬間、全ての警備ロボットは自らが発したと思われるビームに、何故か全くの別方向から貫かれて大破してしまった。

「な、何ぃ?」

訳が分からず、警備員は腰の拳銃を抜き、他の技術者達は恐怖にパニック状態だ。

そんな彼らの慌てようも気にせず-Q-はスキャンを終わらせると、近くのコンピューター端末をハッキング、瞬く間にこの企業が所有する全てのロボットに関する資料、データ、設計図を読み取ると、やはり何事もなかったかのように、元来た空間の穴に戻って行った。


    ※※※※※※※※※※※※※※


『ふと、思ったんですが………………』

思い出したようにレベッカはアイに話しかけた。

『ついさっきまで私達って、アマンダさんの世界、とは言っても地球にいたワケですよね……………』

『うん、そ〜だよね?』

『ってことはですよ、私達は一瞬で銀河の外の10万光年以上先に来てしまったってコトじゃないですか』

『…………………あ!!』

『コレってスゴイことだと思いません?』

『思う思う! す、すごい!! え、ヤ◯トでもエン◯ープライズ号でも出来なかったコトを、こうもあっさり!」

『その名称は知りませんけど、やっぱり凄いコトですよね!』

アイは両手を前方に突き出して波動拳を放つようなポーズをし、

『今ならトラ◯ジット波動砲でも撃てそうな気がする』

オタクモード全開で感動していると、通路の先で聞き覚えのある声がした。

2人は気になって声がする方に向かい、自分達の姿は見えないと分かっているのに、またも無意識に通路の角に隠れて覗き込んだ。

『あ、痴女に逆セクハラされてた人だ』

声の主はさっきダイアナに下ネタ責めされていた、トビー軍曹だった。

彼は疲れ切ったような顔で、上官と思われる男に悩みを吐露しているようで、その相手の男の声も、どこか聞き覚えがあった。

「それで、どうしたいんだね、軍曹?」

その声は、ノーマンと通信で会話していた副艦長のアンドリューである。

階級はノーマンと近い中佐で、銀縁眼鏡に白髪混じりの紳士的な風貌は、どこか知性を感じさせた。

「お願いします、副長からも少尉に一言言ってもらえませんか?」

「どんな風に?」

「その、え、何というか、煽情的な素ぶりで自分をからかうような真似は、しないようにと……………」

「イヤなのかね?」

「い、いや、そんなことは……………確かに少尉は女性として魅力的ではありますが、年下とはいえ、階級は上なわけで……………………」

「何を赤面しながら言っている?」

「い、いやいやいや、そそそそんな……………………(焦)」

慌てふためくトビーに、アンドリューは悪戯な笑みを見せた。

「ふっ、まあ、以前から少佐にはそういった癖はあったな」

「え、少佐? 少尉では…………?」

「ああ、君は知らなかったのだな。 少尉は少し前まで少佐だったんだ」

「ええっ? い、一気に3階級も降格って、あの人、何やらかしたんですか?」

「やらかした、というか、むしろ英雄的活躍だったのだがな。 君も聞いたコトくらいはあるだろう、『チェンタウロ事件』を?」

「チェンタウロ…………って、あの………………………」

それは2年ほど前の事故であった。

新造宇宙空母艦・チェンタウロ。 様々な新技術を投入され、艦載機の多さに各種兵装も新兵器を多数搭載、次期主力艦との声も高く関係者に注目されていた。

そこで就航前に関係者や関連企業の重役を招き、お披露目及びベガ(こと座α星)までの試験航海が行われたのだが、そんな最中に事故は起こった。

原因不明のエンジントラブルによって動力炉が暴走し、大爆発寸前にまで至ったのである。

「結局は爆発は回避され。負傷者はたった1名のみだった、と聞いてますが?」

「危うくベガ近くで乗客含む3000人が、宇宙の塵となるとこだったよ。 いや、場所的にベガの重力に捕まって、9500Kケルビンの熱で蒸発するとこだった」

「その事件と少尉とは、どう関係が?」

「うむ、当初はお披露目と試験航海には、宇宙軍ゴールドマン提督が取り仕切る予定だったのだが、提督は急用のため代理に彼のバカ息子が務めることとなったのだが…………………」

「あ、何となく展開が見えて来ました。 わざわざって付けるところを見ると………………」

「軍の中では悪名高いトラブルメーカーでな、絶対何か問題を起こすぞと、誰もが提督に忠告したのだが、まあ、こっちも親バカってヤツでな」

「心得ております。 今の一言は胸にしまっておきますので」

「すまんな。 で、親の七光りで中佐になったそのバカ息子が、やはり問題を起こしてな………………その日、宇宙軍木星基地にチェンタウロの緊急事態発生の救難信号が届き、急遽近くを航海中だった旗艦『ゴールドウィング』が救援に向かうことになった」

当時、宇宙軍最強の呼び声高い戦艦であり、艦長はアスペンケイドの現艦長であるノーマン・ラフォールだった。

「ノ、ノーマン艦長が?」

「今の落ち着いた風貌では想像できないかもしれないがな、当時は戦神とも呼ばれていた武人だったのだぞ。 さて、事件の話の続きだったな………………」

連絡を受けてゴールドウィングはベガに直行、先行してスパーダ級高速救難艇5機を引き連れ、ダイアナ少佐が搭乗する特注カスタム突撃艇ファイヤーブレード(当人命名)が現場に向かった。

と、ここまで聞いていてアイは思った。

(ファ、ファイヤーブレードって………………アニメの正義ロボか特撮ヒーローの必殺技か何か?)

アイのオタクの血が、ダイアナに対し同族の匂いを感じたが、

「ファイヤーブレード………昔の名車の名前ですね。 確か高級スポーツカーを圧倒する走行性能を持つ、市販バイクの名前だったと記憶していますが」

トビーの解説にアイは思い違いに赤面するが、本当の命名理由はアイの方が正しかったということは、ダイアナ本人しか知らない。

「少尉の突撃艇は機首の重装甲を活かして艦の側面を貫通させて艦内に侵入、ゴールドウィングが到着する頃には、少尉の活躍で自体は収束していたそうだ」

「だ、大活躍じゃないですか!! それで何で降格なんですか?」

「負傷者1名というのが、例のバカ息子でな、少尉に殴られたそうだ」

「え、な、何故?」

「少尉いわく……………」

   - 何かむかついた -

「だ、そうだ」

「少尉ぃぃぃ〜っ!!」

「結局、親バカ提督の逆鱗で降格、艦長も連帯責任とかで今に至るわけだが…………………」

「て、提督ってアホでもなれるんですか?」

「まあ、艦長は自ら連帯責任を申し出たわけだが、実は後日談があってな。 少尉の処遇を聞いた事件の関係者、つまり試験航海に招かれた企業のVIPや乗員達から抗議の声が上がって、コトの顛末が明るみとなったのだ」

チェンタウロ事件の真相とは、ダイアナが艦内に突入したとき、現場で彼女が目撃したのは、脱出艇に避難しようとする乗客を押しのけ、我先に逃げ出そうとするバカ息子の姿であった。 本来なら軍人であり提督の代理であるという立場上、乗客の安全を守らなければならないにも関わらず、彼は他の乗客に銃を向け、自分だけ先に逃げようとしていたのである。

「殴られて当然じゃないですか」

「しかもだ、機関士の証言でエンジン暴走の原因も、このバカ息子の仕業であることも発覚したんだ」

「何やったんです?」

「乗客達にいいところを見せようとしたんだろうな、動力炉の出力をリミッター強制解除させて、急加速をさせた結果、暴走してしまったんだな」

「も、もう言葉がありません………………」

「そうそう、この暴走した動力炉を停止させた際にも面白い話があってな、少尉が駆けつけたときには、超高温になった動力炉に機関士達も近づけずにいると、少尉はたった1人で機関室に入ると、謎の爆音の後、嘘のように暴走は収まったそうだ。 彼女が機関室から出た後に室内を覗き見ると、特殊合金で出来た動力炉の外壁に、拳がめり込んだような跡があったそうだが、まあ、さすがにコレは作り話だろうと、今では軍の一部で都市伝説っぽく語られているな」

壊れた機械を殴って直すというアナログな方法も、さすがにここまでくると信じがたいが、アイには嘘のようには思えなかった。

「全てが判明すると、当然バカ息子は解任、さすがに提督も責任感じて提督の座を辞任し、少佐の降格と艦長の転任も中止、むしろ両者昇格すべきと軍のお偉方は考えたようだったのだが、両者はそれを断ったそうだ」

「な、何故?」

「双方とも……………………」

  - 出世した後の対人関係が面倒だから(ダイアナ) -

  - 輸送艦でのんびりしたい(ノーマン) -

「だ、そうだ」

「か、艦長まで……………」

「今にして思えば、少尉が真実を語らなかったのも、自らの降格が目的だったのかもしれん。 まあ、昔から何かと気も合う仲のようだしな、2人とも今の環境に満足しているようだ」

両者の意外な過去に、トビーは少々困惑しながらも、次にダイアナに会った時は自分の方から何か声をかけてみようと思った。

そしてそんな話を影から聞いていた、アイとレベッカも、ノーマンの意外な一面を知って、考えさせられるモノがあった。

『気の合う仲かぁ〜。 あの2人、似てないようで、実は中身似たもの同士なのかもしれませんね?』

『類は友を呼ぶ、ってヤツ?』

『ですね。 ゼロ次元に飛ばされた私達5人も、もしかしたら………………』

言いかけてレベッカは、アイの顔をチラリと見て、

『いえ、きっと違いますね』

『何か今、ひどく侮辱された気がするんですけど?』

『気のせいです、気のせい………………』

言ってレベッカは、しばらくアイと目を合わさないようにした。

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