第2話 名将はアニメの人か、異世界の人か?

『な、何だアレはぁぁぁぁ???』

さっきまで元の世界に残して来たライノの事を思い出して、グチグチ文句を言っていたアマンダが、外宇宙に面した艦内の通路の窓から外を見て驚嘆の声をあげた。 何事かと、つられてアイとレベッカも外を見ると、

『え、スゲッ!! こんなの教科書でしか見た事ないけど、マジもんはど迫力だね』

『こ、こんな凄い景色見れるなんて………………私の世界の望遠鏡では絶対見れないです』

と、今更ながら宇宙船の中にいるのだと実感していた。

特にレベッカは、知的好奇心と感動も相まって、鼻水出しつつ感涙している。

『ゼロドライバーやっててよかったぁぁぁぁっ!!』

彼女達の目の前に広がっている景色、それは無数の星々が煌く宇宙空間において、更に美しく広がる星雲であった。

目の前に広がる………とは言っても、その星雲まではここから更に1000光年以上の距離があった。 あまりに巨大であるがため、距離感が狂ってしまうようだ。

『お、おい、あ、あ、あれは何だ? 夜空見上げても、あんなの見た事ないぞ』

生まれてこのかた、作り物の空しか見たことのないアマンダには、まさに異世界の光景にしか見えないだろう。

実際の夜空でも、天の川以外に気象条件がよければ肉眼で見える星雲はいくつかあるが、それでもここまでハッキリと巨大には見えない。

興奮気味に聞くアマンダに対し、正確に答えられるだけの知識はアイにはなく、レベッカも見たことがないので答えられない。

アマンダの問いに答えられない2人は、

『え、え〜とね……………』

『いや、その、星雲っていうんだけど、名前はちょっと………………』

と、バツが悪そうに目を泳がせている。

すると、偶然そこを通りかかった男女3人の乗員が、何気なく外の景色に気づき、

「何度見ても素晴らしいな、

と、1人の男性乗員、トビー・ハンター軍曹が感動しながら言った。

小柄で細身の彼はどう見ても軍人ぽくはない。

元々は天文学者を志していた彼は、その知識を買われて宇宙軍に配属された経緯があり、宇宙工学顧問の一面を持っている。

そのためか、宇宙に関してはかなり暑苦しい男でもあった。

ちなみにタランチュラ星雲とは、大マゼラン雲にある天体である。

そんな彼に対し、妙に冷めた口調で、

「そうか? いいかげん飽きてきたぞ。 早くこの宙域を抜けたいぜ」

と、もう1人の男性乗員、コール・カルカーノ軍曹は言った。

中肉中背、常に眠そうに目を半眼にしている無気力オーラ全開の彼には、宇宙のロマンは理解できないのだろう。

「バカヤロウ、タランチュラ星雲だぞタランチュラ星雲! 天文学の歴史において、どれだけ素晴らしい存在か分かってないのか?」

「ああ〜はいはい、SN1987Aのコトな。 分かってる分かってる。 地球出る前にミーティングで聞いた」

SN1987Aとは、1987年にタランチュラ星雲の近くで確認された超新星のコトである。

そして超新星とは、期待の新人俳優でも将来有望なスーパースターでもない。

ましてや文字通りの新しい星、といった意味でもない。

超新星とは寿命に達した大質量の恒星が爆発する現象で、そのエネルギー量はSN1987Aの場合、太陽エネルギー約4兆4000億年分を10秒ほどで放出したという。

この出来事が、東京大学の小柴教授がノーベル賞受賞のきっかけとなったということは、有名な話である。

「でもいくら有名な天体って言っても、もう3日も見続けてたら、流石になぁ?」

何せ今いる場所から1000光年あっても巨大に見える星雲である。

タランチュラ星雲自体、およそ1800光年の巨大さだ。

乗艦しているアスペンケイドが光の早さで移動しても、視界から消えるのに何千年かかることやら?

このスケールの大きさもまた、宇宙のロマンと言えるのだろうが、無気力人間のコールには理解できないのだろう、眠そうな目で怠そうにしている。

まあ、両者のそんな反応はいつものことなのだろう、もう1人の女性乗員にして2人の直属の上官、ダイアナ・ウェザビー少尉は落ち着いた様子で、

「仕方ないわよ。 何者かに航路データが消去された上に、超光速航行ワープのエネルギー充填準備中に、例の爆弾騒ぎがあったせいで、再チャージで足止め喰らってるんだから。 そもそも、見飽きたとか言ってるけど、私達はこれからそのタランチュラ星雲のど真ん中を通って…………………」

言いかけたところで、何かの気配を感じた彼女は言葉を止め、辺りを見渡した。

黒髪ショートヘアをいつもボサボサにし、身嗜みに関心のないながらも体型より小さなサイズの制服を着ているためか、先ほど爆弾解除の際に見かけた他の女性乗員達に比べ、身体にフィットして妙にセクシーに見える。

歳は25歳と若いながら少尉の地位を獲得しているのは伊達ではなく、猛禽類のような鋭い視線を巡らした。

「視線を感じる………………」

(ドキッ)

見えないと、安心しきっていたレベッカ達は、彼女の言葉に緊張した。

霊体なので汗腺はないハズなのに、脂汗がダラダラ流れ出てきたのを感じる。

見つかりでもしたら、密航の罪で宇宙に放り出される自分の姿を想像して、さらに汗がにじみ出てきた。

ダイアナには本当に見えているのか、彼女はさらに目を細め、猛禽類から蛇のように刺すような目に変え、怯えるレベッカの鼻先まで顔を近づけ凝視した。

(やばいよやばいよ、この人マジで私達見えてるんじゃ???)

もう泣き出しそうな顔のレベッカ。

すると、

「おまえかっ!!」

ダイアナはパッと振り返ってトビーを指差し言った。

「さっきから妙な視線を感じると思ったら、さては私の裸を想像して、イロイロとエロい妄想してたなっ!」

「し、してませんよぉ」

「しろよっ!!」

「どっちですか?」

「何で私がいつもハイレグスケスケの勝負下着を着けてると思ってる!!」

「知りませんよ」

「ああ、きっと私は部下のあなたに力づくでレイプされるのね(悲)」

「…………………ええ〜とぉ………………」

「さらには艦内の男達に次々と犯されて、ボロボロになった私はゴミクズのように捨てられるんだわ。 ああ、何てかわいそうな私、シクシクシク」

「あのぉ………………もしかして、誘ってます?」

「………………え、いや、別にそういうワケでは………………(赤面)」

「本気にしますよ? 今夜、少尉の自室に押しかけますよ?」

「…………………ゴメン、まだ処女には未練があるんで………………」

思わずバージンであるコトまでカミングアウトしてしまった恥ずかしさもあってか、彼女は両手で顔を覆い、「キャーッ♡」と乙女のように身体をフリフリ恥ずかしがった。

「も〜っ、そ、そんなんじゃないんだからねっ!!」

「あ〜もー、可愛いなぁ!!」

何だか気まずくなったダイアナは、今度はコールの方を指差し、

「トビーじゃないのなら、さてはエロ視線の犯人はあなたね?」

「な、何でそうなるんですかぁぁぁっ!!」

「口答え無用、セクハラは銃殺刑よ」

「そんな無茶苦茶なぁっ!」

哀れ、コールはダイアナに襟首を掴まれ、トビーと一緒にその場から連れ去られて行った。

彼女達が通路の先の角を曲がり、ようやく視界から消えると同時、レベッカは腰が抜けたようにへたり込んだ。

『あ、あ、あ、焦りましたね……………………まだドキドキが止まりません』

『霊体でも心臓の鼓動ってあるのな? でもまあ……………』

意味ありげに言うアマンダ。

『どうかしました?』

『あの女、やっぱり私ら見えてたんじゃないかな? 去り際にこっちを見て手を振ってたぞ』

『えっ?』

驚き、改めて彼女が去った方を見たが、もうその姿はない。

『ホ、ホントに?………………ア、アイさんはどう………………あれ?』

さっきから静かだったので忘れかけていたが、妙に感のいい彼女ならどう思うか聞こうと思ってそちらを見ると、アイはずっと外のタランチュラ星雲を、涙を流しながら見ていた。

『ど、どうかしました?』

何事かとレベッカは心配そうに聞くと、

『こ、ここがあの有名なタランチュラ星雲………………………』

『そんなに宇宙が好きだったんですか?』

『ここで、ここでドメ◯将軍はヤ◯トに負けて亡くなられたのね』

『………………は?』

『敵側ながら、あなたの高潔さを、私も現世の父も尊敬しておりました』

アイは背筋を伸ばし、感涙しながらビシッと敬礼し、

『そ、そうですか………………………』

レベッカは意味が分からず呆気にとられた。


    ※※※※※※※※※※※※※※


 アイ達が今いるノーマンの世界……………とはまた別の宇宙。

マルチバースにおいて宇宙は無数にあり、それぞれにその宇宙の地球がある。

平和な地球、戦争や犯罪が絶えない地球、人類が絶滅した地球等々……………。

そしてここにも別次元の地球があった。

とある国の独裁者による悪政による世界大戦が起こり、独裁者は各国の主要都市に向け、核ミサイルの発射ボタンを押してしまったのである。

サイロから白煙を上げ、無数のミサイルが上昇していく。

しかしそのミサイルは、軌道に乗る前に空中で全て消失してしまった。

空中で爆破されたわけではない。

突如、空間に現れた謎の穴に吸い込まれていったのである。

そればかりか、発射基地のサイロ内にあった発射前のミサイル、車両移動式発射台上のミサイル、制作途中のミサイルまでが、監視モニターで録画されている中、突如、空間に現れた穴に飲み込まれていった。

結果、その独裁国家は呆気なく他国に制圧され、その地球は平和を取り戻したのであるが、後日、消失したミサイルの内、発射されたもの以外だけが、何故か遠く離れた月の近くで発見され、地球の多くの科学者を悩ませる結果となった。

中には独裁者を懲らしめるための神の仕業、と噂する者もいたが、調べてみると消失したのは核ミサイルだけではなく、相手国側が独裁国家に対して攻撃に使用した空対地ミサイルや、一般兵の重火器、戦闘機に搭載された機銃等も同じように消失していたことがわかり、関係者を益々悩ませることとなてしまった。


    ※※※※※※※※※※※※※※


 しばらくして、アイ達3人はノーマンの部屋に戻ってきた。

『広すぎですよ〜、迷子になるかと思いました〜』

アイが泣きそうな顔で言うが、その顔に緊張感はなかった。

『私、生きてたトキも方向音痴って言われてて、どうなることかと思いましたけど、どーいうワケか、ノーマンさんのいる場所が分かったんです。 何でかな?』

「まあ、恐らくは霊体になった者同士、引かれ合うのかもしれんな」

『それはそうと、艦内で怪しいヤツを見かけなかったか?』

ノーマンに続いて、そう質問したのはヴォルだった。

『怪しいヤツ……………ですか?』

『うむ、ノーマンとも話し合っていたのだが、例の爆弾の事が気になってな』

『犯人らしい人物、ということですね? でも、宇宙船を爆破したら、犯人もタダではすまないハズですよね。 やっぱ出航前に仕掛けられたのでは?』

聞き返すレベッカの意見はもっともであるが、ヴォルは首を振り、

『いや、それにしては火薬の量が少ない。 場所が動力炉の近くではあったが、その隔壁を破壊できる量ではないのだ。 まるで一時的に行動不能にさせるのが目的だったとしか思えないのだよ』

『怪しい、というのとはちょっと違うかもしれませんが、面白いお姉さんなら見ましたよ』

と、レベッカはダイアナの事を話すと、

「ああ、彼女はそういった事はしないよ」

ノーマンは否定した。

『随分信用しているんですね?』

「当人の性格には多少問題があるがね、人柄には絶対の信頼がおける人物さ」

するとそこへ、ノーマンへの直通通話を告げる電子音が鳴った。

通話の相手は副艦長のアンドリュー・ホーランド少佐である。

「どうした?」

《航路の再設定、完了しました》

「エネルギーの再チャージは?」

《もうしばらくかかります。 年代物の対消滅機関ではどうしても時間がかかってしまいますので。 それと…………》

「?」

《当初の航行予定のコース上に広範囲にわたってのスペース・デブリを発見しました。 亜光速までの加速時の障害となる可能性もありますので、万一に備えて迂回が必要かと?》

「いいだろう、君に任すが…………、君のことだ、その言い方からして何か問題があるんだろう?」

《はい、最短の迂回コースでは、例の赤色巨星の近くを通ることになります》

「確かマゼラン方面第8観測基地が、先日発見したヤツか?」

《すぐに爆発するとも思えませんが、他は一回のジャンプで進めるコース上には、辺境の惑星系天体や何かしらの障害物があり、まるで……………………》

「まるで誘導されているようだと?」

《例の積荷を狙った、何者かの罠なのではないでしょうか? やはり星雲の外縁まで大回りの航路を選んだ方が?》

「そういう訳にもいかないだろうな。 荷は例のものだけではない。 一刻を争うサムピース基地への補給物資もあることを忘れるな」

《そ、そうでした。 ではチャージ完了と同時、第1種警戒態勢のまま、そのコースでジャンプします》

「ふむ、頼む」

通信を終え、ノーマンは珍しくため息をついた。

ヴォルの方をチラリと見て、

「どう思う?」

『罠、だろうな。 爆弾犯を見つけて尋問するか?』

「だいたいの目星はついてる。 その件についてはダイアナに任せてるよ」

その言葉に驚いたのはレベッカだった。

『え、あのお姉さん?』

さっき、通路で見たダイアナの様子を思い出したレベッカは、

『私は余計に不安になってきたんですけど……………………』

襲撃を受けて宇宙船が爆発し、宇宙をさ迷う自分自身を想像して青ざめた。




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