第10話 魔王なんて雑魚ですよ雑魚!

 先ほどの広間を奥に進むと、すぐに2階に続く階段を見つけた。

これもアイの言った通りの場所にあり、途中のトラップも簡単に回避し、難なく行くことが出来たワケだが、ダンジョンゲームと思えばこうもサクサク進むと面白みがない。

とはいえ、今は楽しんでいる余裕があるわけでもなかった。

『ところで、本当なんだろうな? みんな生き返るってのは?』

アマンダは傍でゆっくり歩くライノ(シナリオ通り、全滅後にようやく目を覚ました)に気を使いながら、今も何故か間抜け顔で宙を進むアイに、意識を霊体に変えて聞いた。

正直、今はライノが盲目になっていたのは幸いに思える。

目が見えていたのなら、仲間の死を前に彼女がどうなっていたことだろう。

出会った頃から何一つ幸せな事のなかった妹を、これ以上悲しませたくはない。

それより今はアイがもたらした情報だ。

見れば見るほど、このアイとかいう小娘が、この世界の全てを知っている、賢者のような存在には到底思えないが、地下ダンジョンでのアドバイスは的確だった。

ならば今回の情報も信じたいのだが、やはり死者を都合よく生き返らせられるものなのだろうかと、疑いたくもなる。

あの後、やはり一階の広間にいたドラゴン同様、小石となってしまった仲間達を回収しようとしたが、何故かこれはノーマン(こちらの方がよっぽど賢者っぽい)に止められた。

彼も何か知っているのだろう、こいしは持っていても無意味だと、意味ありげに言ったのである。

『問題ありません。 魔王を倒した後で、取られた妹さんの目を使うんです』

『あの、ディープアイとかいうのをか?』

『アレは要するに魔力を溜め込む入れ物です。 魔王はそれを武器に使うつもりなんですけど、それを奪って蘇生魔法に使えばいいんです』

『しかし私は蘇生魔法なんて高度な魔法は使えないぞ?』

『それも問題ありません。 方法は魔王の部屋の壁の石板に書かれてますから』

(何だその親切すぎる御都合主義の展開と設定は?)

一同、そう突っ込みたいところだったが、ゲーム世界だから仕方ないと納得するしかなかった。 よくよく途中の壁を見れば、いかにもヒントっぽい石板があちこちにある。 アイがクソゲーだと言っていたのも、コレが理由なのかもしれない。

何と言えばいいのかアマンダが迷っていると、

『そんなコトより………………』

そこでずっと黙っていたヴォルが声を発した。

『魔王というからには強敵なのだろう? その魔王を退治するアイテムとは何だ? アマンダが背負っているソレがそうなのだろう?』

今はアマンダの背中で木の箱に入っているが、大きさから剣なのだろうと判断したヴォルは、ソレが気になって仕方がなかった。

洋剣に興味はないが、魔王を倒せるとかいう設定なのなら多少は気になる。

はたしてどんな剣なのか見てみたかったのだろう。

アイはそれを待っていたのか、妖しい笑みを見せながら、

『ふふふ、やはり気になるようですねぇ。 コレこそ……………』

『ムラマサとかいうモノらしい』

アイが言うより先に、アマンダが言った。

『ちょっ………ええ〜、私が言いたかったのにぃぃぃ!!』

アイが不服そうに言うが、「ムラマサ」の名を聞いてヴォルの目が輝いた。

『な、何だと、ムラマサ? ほ、本当か???』

武士にとってその名はあまりにも尊く偉大な存在である。

『見るか?』

『す、すまない』

アマンダは背負った箱を下ろし、中から一振りの日本刀を取り出した。

魔王退治まで待てないヴォルは、もう生唾ものである。

その横でアイは、不服そうに頬を膨らませ拗ねている。

それを気にせず、アマンダはムラマサを抜刀しようとすると、

『ま、待て待て。 戦場じゃないんだ、普通に抜いてどうする。 刀は目の高さに持ってきて鞘尻を前にして水平にし、刀身が鞘に触れないようゆっくり抜くのだ』

かなり面倒だが、美術刀剣の抜刀はその方法が正しい。 そうしないと刀身が傷ついてしまうのである。

訳が分からず訝しげな顔をしつつも、アマンダは言われるままムラマサを鞘から抜いて見せた。 すると、

『……………………………』

しばし見つめた後、ヴォルは急に落胆したような渋い表情となった。

『どうしたんですか?』

『違う………偽物だ』

『え???』

『村正どころか、日本刀ですらない。 鍛錬も焼き入れもされていない、ただ刃が付いた棒状の金属板、偽物の刀だ』

『ええーっ!! そ、そんなハズは(焦)』

アイは確かにゲームの中で、このアイテムで魔王に勝っている。

偽物でクリアー出来るわけは…………………、

『まあ、そうだろうな』

と、落ち着いた口調でノーマンは言う。

『所詮はゲームの中でのアイテムだ。 何も本物を用意する必要もないだろ?』

『くっ…………、道理で覇気を感じなかったワケだ』

期待した分、ショックは大きかったのだろう、ヴォルは城の外のゾンビ(の様なモノ)と同じような、死んだ目になってしまっていた。

気まずくなってしまったが、それよりもアマンダは、この後でこの偽物のムラマサで、魔王と戦って勝たなければならない。

一緒に落ち込んでいる余裕はないのだ。

『それで、私はこの偽物で、本当に勝てるのか?』

『え、あ、ああ、それに関しては問題ありません』

『私は剣術の経験はないぞ?』

『心配ご無用です。 魔王は剣術の達人という設定ですが、コッチにはモノホンの侍さんがいるじゃないですか』

どうにも他人事のように言うアイの言葉に、一同の視線が今も落ち込んでいるヴォルに集中した。



 当然のことであるが、その後のダンジョン攻略は全て楽勝の最短コースで瞬く間に魔王がいる、玉座の間に到着した。

いったい何の目的があるのか、目隠しして10tトラック運転しても事故なく通れそうな巨大な入口の扉には、これまた意味不明な金細工や宝石を散りばめられた模様が描かれている。

実はこの扉の前にも、近づくと強制的に1階に転送させる魔法が仕掛けられていたが、それもアイによって解除されていた。

『ここまで来るような相手なら、いっそ地雷でも仕掛けておいた方がいいのではないか?』

『いやいや〜、魔法の世界で近代兵器って不自然ですしぃ…………、でも、そんなことより…………………(苦笑い)』

憮然とした表情に仁王立ちで、扉を見上げるアマンダに、

『それで………女性の身体になったご感想はいかがですか?』

アイがニヤニヤと、冷やかすように声をかけた。

今、アマンダの身体に憑依しているのは、成り行き上、ヴォルの魂である。

根っからの武人で侍の魂を持つ彼にとって、歩く露出狂的ハレンチ衣装のアマンダになるのは、何とも耐え難いものがあった。 しかも今、目の前の困難を乗り越える為の武器が、憧れの名刀の偽物だということが、武士としての名に傷がつくような気もした。

アマンダの身体のヴォルは、アイの問いに対し、

「ふん、やはり尻が気持ち悪いな」

と、アマンダの身体ゆえに、アマンダの声で答えた。

『ですよねぇ〜、やっぱTバックは気になりますよねぇ〜』

「脱いだらきっと◯◯ついてるな」

『つくかぁぁぁぁっ!!』

アイとヴォルの会話に今は霊体のアマンダが絶叫する。

ちなみにライノは、一つ下のダンジョン7階にあった小部屋、アイが言うにはセーブポイントで、仮眠もできるのに敵は絶対に入ってこれないらしい。

リアルな戦場を知るヴォルやノーマンから見て、敵地の中だというのに、あまりにも侵入者である冒険者プレイヤーに対して親切な造りの城内には違和感がありすぎるが、これもゲームだからと納得するしかなかった。

彼らのそんな気も知らず、アイは意味ありげに、

『胸は、胸はどうです? ね、ね、触ってみたくありません? こう、両手でギュッ、と揉んでみたくなりません???』

と、中身がエロオヤジ化しているが、

「なるわけなかろうっ!! それは犯罪ではないのか?」

と、キッパリ言うヴォル。

顔はアマンダだが、その目に嘘は感じられない。

身体はエロでも、中身は武人のままの彼(彼女?)の対応に、アイは不満げに口を尖らせた。

『う〜、そ、そんなハズはぁ? タ◯君は三◯ちゃんの貧乳揉み揉みしてたじゃん! 新◯監督のウソつきぃぃぃっ! 私の感動の涙を返せぇぇぇぇぇっ!!』

アイの意味不明の絶叫を無視し、ヴォルは改めて胸の爆弾2発を見下ろした。

「しかし、やはりこれは邪魔だな。 肩に負荷はかかるし、刀も振れん」

しばし考え、

「よしっ、斬るか」

と、偽物ムラマサに手をかけたが、さすがにそれは全員に止められた。


「たのもーっ!!」

巨大な玉座の間の異常に巨大で、見るからに重そうな扉を蹴り開ける。

アマンダといえど女の蹴る力で開くのは、セキュリティー面に問題があるような気もするが、そこもプレイヤーに対する親切設計のためだろうと納得する。

さすがに玉座の間は今までで一番荘厳な造りとなっており、天井も高く壁には一面意味不明な装飾が…………………、

「ふふふ、よくここまで来れたな冒険者よ」

いかにも、といった感じの声に、何気なく室内を観察していたノーマンやレベッカの視線がそちらに向いた。

そこは玉座の間の最奥、入り口から真っ直ぐのびた、これも派手に金糸で装飾されたカーペットの先に、一段高く設えた玉座に腰掛けた魔王の姿があった。

遠目にも大柄、優に3メートルはある身の丈に黒を基調としたローブとマント。 巨大な角が側頭より湾曲して前方に突き出している様は、いかにも攻撃的に見える。 しかしその外見的特徴の中で、最もノーマンとレベッカの知的好奇心を唆ったのは、魔王の肌の色だった。

『青いですね』

レベッカは隣のノーマンの方を見ずに言う。

見ずとも他の3人はそこに反応しないと分かっていた。

『血液の影響だな。 ヘモグロビンではなくヘモンシアニンが含まれているのだろう』

『じゃあ、魔王はイカとかタコ、あるいは甲殻類の親戚かもしれませんが?』

『ゲームプログラマーかデザイナーが、適当に色設定したのだろう。 まあ、どうでもいいことだ』

横で聞いていたアイは、初めてゲーム画面で見たときの第一印象はガ◯ラス人か、と感じたと思い出して、ちょっと恥ずかしくなった。

やはりこの2人は、自分とは別の意味で別の世界の人間だと思った。

一方、目の前の冒険者、アマンダの背後で見えぬ相手にディスられているとも知らない魔王は、

「我が名は……………」

と、名乗りをあげようとするが、

「あー、うるさいっ!!」

相手の口上を聞いているのも面倒と、ムラマサの小柄(刀装具の一種で、鞘に仕込まれた小刀)を投げ、それが見事に魔王の眉間にヒットした。

「ぬ、ぬぅぅ、や、やるではないか?」

思わぬ攻撃に、魔王も何とか冷静を保とうとするが、そんなことなどアマンダの中のヴォルにはもうどうでもよかった。

玉座につながるカーペットに、しっかり足跡が残るようなズカズカとした歩調の足取りで一気に魔王へと歩み寄り、

「今の私は機嫌が悪い」

「ひぃっ!!」

あまりの迫力に恐怖を感じたのは魔王の方であった。

慌てて玉座脇に立てかけてあった大剣を取るが、抜刀直後には腕ごと宙を舞っていた。

思わぬ展開に、魔王は青い肌をさらに青くさせた、ようにアイには見えた。

慌てて魔王は、後で兵器として使う予定だったディープアイを発動させようとしたが、それを悠長に待つ暇も勿体無い。

魔王が玉座の横に、ライノの目を入れていると思われる小箱に手を伸ばすが、その手も次の瞬間には宙に舞い、

「うあああああああっ!!」

そこからはヴォルの怒りの矛先にされた魔王の末路は、言うまでもなく、

『魔王、弱っ。 私はあんなに苦戦したのにっ!!』

『ゲーム用にプログラムされた剣術が、実戦経験豊富な本物の侍に勝てるわけがないだろう。 まさか製作者もこんなにも簡単にクリアされるとも思ってなかっただろうがな』

『あの刀は偽物だったんですよね? なのにあんなあっさり?』

『使い手が達人だからな、とりあえず斬れれば問題ないのだろう』

『くっ、私にもアレだけの剣技があれば………………』

各々の感想を述べている向こうで、魔王の断末魔の声が室内に響いた。

必要以上のダメージを受け、魔王が倒れると、壁に「You-win Gameclear」の文字が映し出され、どこからともなく妙に間抜けなファンファーレが鳴った。

「終わったか? 終わったんだな? おいっ、早く元に戻れっ!」

ゲームクリアしたのに、どこか不機嫌なヴォル。

言われるまま、霊体を入れ替えて元どおりに戻ったアマンダは、魔王が使おうとしたライノの目が入っている、玉座の横に置かれた小箱の中(アイに場所を聞いた)から、ガラス瓶の中に入った、ライノの目玉を見つけた。

「これさえあれば、みんなを生き返らせられる。 ライノもすぐに目を治してやれるんだ…………………」

それを取り出し、仲間の蘇生魔法の方法を記された石版を探そうとすると、

『まあまあ、一段落したんだ。 そう慌てることもないだろう』

ノーマンが待ったをかけて言った。

『そろそろこの世界の、茶番の正体を明かそうと思うのだがな』

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