第3話 少女とは、女の皮を被ったおっさんである!
「…………………………」
「……………………………」
「………………………………」
『…………………………………』
『……………………………………』
『………………………………………』
『……………………………………………………………お通夜かっ!!』
沈黙に耐えかね、アイが声をあげた。
もちろん、霊体の彼女の叫び声など、この異世界ではリアルな存在のシュマイザー達には聞こえはしないので無反応だったが。
『そうは言うが、観察対象の彼らが何も話さない以上、仕方ないだろう。 この世界の事を知らぬ我らに必要なのは情報だ。 かといって、こちらを感知できない彼らに聞くこともできまい』
『だ、だったらアマンダさんに聞けばいいじゃないですか?』
『今はそういう心境には見えないだろ』
『うう…………、た、確かに』
見る限り、アマンダは落ち込んでいるように見える。
やはり気まずい何かがあるようだ。
とりあえず今は、そっとしておいてやろうという、人並みの良識はある。
それにしても、ダイヤモンドバックが言った「ライノ」とは誰のことなのか?
恐らくは、アイがアマンダの身体に憑依したときに見えた、少女のことなのだろうが…………………?
『でも、だったらこの後どうするんです? ジーッとしててもどうにもならねぇって、某ウル◯ラマンも言ってましたし』
『また知らない名前が出てきたが……………、そうだな、とりあえずこの辺りを調べてみるとしよう』
言って、ヴォル達も森の方に歩を進めようとした。
『え? え? こ、こんな夜中に森の中に入るなんて怖いよ。 お、お化けとか出たらどうするんですかぁぁ』
アイが泣き出しそうな声で言うと、
『安心して下さい。 お化けはあなたです』
『ゔっ、すっかり忘れてたけど、そうでした…………………』
レベッカの一言に返す言葉もなく、アイも泣く泣くヴォル達について行った。
異世界の森とはいっても、アイ達の世界の森とそう違いは見られなかった。
樹も葉も花も、どこかで見たことのあるようなモノばかりである。
どこかで何かの獣の吠えるような声も聞こえるし、暗闇の中で時々梟か何かの、野鳥の光る両眼が不気味でもあった。
RPGとかに出てくるような、人を襲う巨大食虫植物とかも見当たらない。
ヴォルやノーマンにしてみれば、少し拍子抜けしたような気になる。
レベッカはそれでも興味津々で眼を輝かせていたが、アイはビビりまくって、とても異世界観察どころではなかった。
背後霊のようにレベッカの後ろにまわり、服の裾を掴みながら震えている。
『怖い怖い怖い怖いよぉぉぉ…………………』
『あの、歳下女子の影でガクブルしないでもらえます?』
『だって、ホントに怖いんだもん……………(涙目)』
『お化けとか幽霊は、マジで死人のアイさんの方が本職でしょう』
『幽霊初心者なんだよぉ、まだ若葉マークなんだよぉ〜。 それどころか路上教習も卒業検定もやってないんだよぉ』
『幽霊って免許制なの?』
怖い怖いとアイは騒がしかったが、やはり霊体の声は森の中には響かない。
実質、静かな深夜の森の中を進んでいると、
『止まれっ!!』
先頭を歩いていたヴォルが制止した。
『えっ、な、な、な、何々、お、お、お、お化け???』
一人肝試し状態のアイが悲鳴じみた声で聞く。
『光だ。 何か光っている』
ヴォルが指差す方を見ると、確かに樹々の間から、青く淡い光が複数見え隠れしていた。 思わず「人魂」と思ったアイは、泡を吹いて気絶しそうになるが、気絶する前にノーマンに襟首をつかまれ、光が見える方に引きづられて行った。
樹の陰から光の方を見ると、複数の淡い光が宙を漂っていた。 その光の下には小さな泉があり、光は泉を照らすように一定の間隔を保ちながら、同じ場所をゆっくり回っている。 そしてその泉の中には、
『おっと……………………』
さっき森の中に涼みに言ったエルフ、ラハティが水浴びをしていた。
もちろん、全裸で。
ノーマンは紳士として、ヴォルは武人として、礼儀に反する覗き行為をするまいと、泉に背を向け視線を外したが、
『ウヒョーッ♡』
『こ、これはいわゆる眼福というヤツですね』
見られているラハティと同じ女子であるハズのアイとレベッカは、相手に見えないと分かりつつ、無意識に木陰に身を潜め、鼻息荒くガン見していた。
『おい、おまえら、やめておけ』
『な、何を言ってるんです。 このベタすぎる展開、無視できませんよ』
『それにこの状況、見ないのはかえって相手に失礼というものです。 女子の入浴は見る為にあるんです。 裸体を晒すのは美女の務めです』
『いや、違うぞ。 絶対違うぞ』
叱責するが、もう何が目的だったのかも忘れ、アイ達の覗き行為は止まらない。
目の前で水浴びをするラハティの裸体は、見事なまでの美しさだった。
細くくびれたウエストに滑らかなヒップライン。 スラリと伸びた手足に、背中まで長く伸びたプラチナブロンドが、湿り気を帯びた白い肌に纏わりついて、エルフの妖艶さを更に増していた。
エルフならのエロフと言うべきか、 色っぽさならアマンダにも負けていないだろう。
しかし、アイとレベッカの視線を奪ったのは、何より胸であった。
『え、どうして?』
『そんなハズは? 服の上から見た限りではそれほど大きくなかったのに』
『A? B………、あるかないかってとこ?』
すっかり貧乳仲間だと思っていたラハティのバストは、思っていたよりも大きく、巨乳とはいかなくても、むしろ美乳と呼ぶべきサイズであった。
『着痩せするタイプだったってこと(怒)』
『裏切り者ぉぉぉぉっ(絶叫)』
予想外の展開に、二人は涙目になっていた。
呆れ顔のヴォルは、悔しそうに地面を叩くレベッカに、
『アイの方はともかく、おまえはこれから成長期だろ? 何をそんなに気にする必要があるんだ?』
聞くが、目の幅涙(&鼻水)をウルウル流すレベッカは、
『同年代で、私だけ最小サイズなんですよぉ。 きっと一生ぺチャ胸のままで年老いていくんですぅぅ』
『そ、そうか。 まあ、そう気を落とすな……………………』
最初は知的な少女と思っていたが、こと胸の事に関しては、女にとって重要な問題なのだろう、それ以上かけるべき言葉が思い浮かばなかった。
アイとレベッカは、抱き付きあって号泣する。
『オッパイなんて、大っきらいだぁぁぁっ!!(×2)』
その叫び声に驚いたのか、聞こえないハズなのに、野鳥が一斉に飛び立った。
すると、
「だ、誰っ?!」
ラハティが驚いたような声をあげ、両手で胸を隠して泉の中に首まで潜った。
『っ!!(×4)』
まさか、自分達の存在を気付かれたのかと、アイ達は思わず口を手で抑えて硬直した。 しかし、
「す、すまないラハティ。 戻って来るのが遅かったものだから………………」
少し離れた草むらをかき分け、シュマイザーが現れた。
「その、魔力の光が見えたから、もしやと思ったのだが」
心配そうな顔をしつつ、申し訳なさそうに視線を外して言い、
「う、ううん、いいのよ。 心配させてごめんなさい」
口元まで水に浸かり、今度はラハティが赤面しておずおず答えた。
「……………………………」
「……………………………」
沈黙したまま、どうしていいか分からない両者は、どうにも気まずそうだ。
ただ、今の会話にノーマンが興味を示した。
『魔力の光、だと?』
『あの、泉の上を漂っている、あの淡い光のコトだろうな』
ヴォルも気になって答える。
『そもそも魔法などといったものは、昔の作家が作品を執筆する際に考案した、根拠のない御都合主義のシステムだと思っていたが………………』
『つまり、宇宙SFを書くにも、コールドスリープや超光速航行等といった設定がなければ書けないのと同じか?』
『ああ、科学の知識が未発達の昔なら仕方のないことだろう。 だが、我らの住む世界は違えども、生態系や言語等から見る限り、エヴェレット多世界解釈は正しいハズだ。 我らの世界は共通する祖先から派生したのなら、魔法など非科学的なモノは絶対存在するわけがない』
『ならば何故、この世界では、その非科学的なモノが存在するんだ?』
『そこだ。 興味深いとは思わないかね?』
ヴォルは黙って肩をすくめて答える。
今はそれどころではない、といったところなのだろう。
一方、アイとレベッカもそれどころではなかった。
泉の外と中で、見つめ合うシュマイザーと裸のラハティに向かって、
『行けぇーっイケメン! 推し倒してエッチしろぉぉぉっ!!』
『◯◯を◯◯◯してやってくださいっ! 私が許しますっ!!』
やはり涙目の二人は、まるでAV視聴中のスケベ親父のように叫んでいた。
しかし、展開は予想外にも、
『えっ?』
ラハティは少し赤面するも、特に身体を隠す様子もなく、泉の中から立ち上がり、シュマイザーの方にゆっくり近寄っていった。
シュマイザーも彼女に気づき、ゆっくりとそちらの方に顔を向ける。
目の前にまで来ると、ラハティは細い腕のシュマイザーの首に回して顔を近づけ、シュマイザーもラハティの腰に手を回して安定させると、両者はしばし見つめあってから、お互いの唇を重ねた。
『おおおおおおおおおっ♡♡♡♡♡♡♡』
『ななな、何とそーいった関係だったのぉぉぉぉっ♡♡♡♡♡♡♡』
さっきまでの罵倒はどこへやら、アイとレベッカは目を♡にして、
『チクショー、リア充かよぉぉぉ!』
『オメデト〜、私は応援してるよぉぉぉ〜!!』
さっきよりも涙目でパチパチと拍手していた。
胸に関してはシビアなのに、LOVEには寛容な女子の思考は謎だと、
『おまえらなぁ〜』
呆れ顔のヴォルだったが、その横でノーマンは別の方向を見ている。
『…………………………』
自分達と同じように、一連の様子を見ていたのだろう少し離れた樹の陰で、恋敵に負けたことに打ち拉がれ、寂しそうにうつむくアマンダの姿があった。
『もうしばらくは、そっとしておいてやるか………………』
ノーマンは、しつこく涙目拍手のアイとレベッカの襟首をつかみ、
『戻るぞっ』
ズルズル引きずってさっきの焚き火の方に戻って行った。
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