第10話 玉鋼の武士道

 もはや動き出す気配のないムサシに対し、上陸したドレッド・ノートの乗員達は、警戒しながら抜刀して取り囲んでいた。

少しづつ間合いを詰め、安全を確認してから、士官の一人が機体によじ登った。

その様子を、一仕事終えたヴォルはライコウの機体内部から眺めている。

万が一、ムサシが再起動して乗員達に襲いかからないよう、念のためではあるが、彼にはその心配はない確信があった。

「で、あの機体の中には誰がいるんだ?」

彼の傍らで、霊なのに妙に疲れた顔をしたアイは、

『うん、日記に書かれていた内容からすると…………………』

そのとき、ムサシを調べていたワイルドマン整備班長によって、コックピットのハッチが開けられ、数人が内部を見渡した後、どよめきの声が上がった。

「ど、どういうことだ?」

「乗員は、乗っていたヤツはどこへ行った?」

慌てふためき、辺りを警戒して見渡す乗員達であるが、ずっとヴォルや救出された他の雷武の乗員達が見張っていたのだ、誰もムサシから出て行った者がいるわけはない。

『ね』

「だから、何なんだ?」

『あの黒いロボ……………』

『ムサシです。いいかげん覚えてください』

レベッカのツッコミに一瞬沈黙し、

『え、とぉ、実は生きてるんです。あのロ…………ム、ムサシは』

「何だって?」

『おいおい、生きた機械なんで、私の時代の技術でも不可能だぞ。AIの性能じゃないのか?』

訝しげな顔でノーマンは言うが、アイの言葉を疑っている様子はない。

『森の中で見つけた日記に書いてあったんです。それによると……………………』

アイはその日記の内容を語った。

それは、この島で命を落とした、一人の侍軍人のものであった。

日記の主の名はサイトウ、日本海軍のとある雷武部隊の少尉であり、ある任務の途中、海賊の落武者による襲撃を受け、この島で遭難してしまったのである。

遭難した直後は彼の他に二名の部下もいたが、どちらも重傷を負っていてすぐに落命してしまった。 サイトウ本人も負傷していた上、通信機の故障のために本部や仲間に連絡をとれないまま、日に日に憔悴していってしまった。

そんなある日、サイトウに信じられないコトが起こった。

彼の乗機であったムサシが勝手に動き出し、先に死んだ二名の墓を造り、動けぬサイトウの世話を始めたのである。

サイトウも最初は夢でも見ているのでは、とも思ったようだったが、目の前で起こっていた事はまぎれもない事実、信じられないまま、そのことを日記に記していった。

何故、機械である雷武が無人で動くのか?

先に死んだ二人の魂が乗り移ったか、あるいは何かと噂のあるこの機体のことだ、本当に生きているのかもしれないと、サイトウは思うようになっていた。

『日記の日付通りなら、それが今から10年前のコトだよ』

「機体が行方不明になった時期と符合するな。 それで、その任務とは?」

『上官からある品の輸送を任されていたらしいんだけど………………』

アイが言いかけると同時、ムサシ内部を調べていたワイルドマンが声をあげた。

「おお〜い、中尉、すげぇモンがあるぞ!」

彼が機内から持ち出し掲げたのは、立派な拵えが施された一振りの太刀だった。

それは…………………………………、

 - 太刀銘 童子切安綱 -

国宝にして天下五剣の名刀の一振りである。

源頼光の愛刀であり、大江山の酒呑童子を斬ったとされる伝説はあまりに有名。

そして今、ヴォルが搭乗する雷武ライコウの重写刀は、この太刀の茎の一部を混ぜた玉鋼によって造られたものである。 これも何かの縁なのか?

『サイトウさんの受けた任務は、日本の博物館からアメリカの博物館に特別展示のため、あの刀を輸送することだったんだよ』

「ああ、思い出した。 その話なら聞いたことがある。 その後、何度も捜索隊が出されたが、結局見つけるに至らず今に至っているんだ」

ヴォルの話を聞き、アイも納得したように、

『そういう話ってどこでもあるんですね。 私の世界でも大勢乗った飛行機が行方不明になった話はありますし………………』

アイが言っているのは2014年のマレーシア航空370便の事故。 機体は1年以上行方不明の後発見されたが、原因不明の謎の多い事故とされている。

『あの機体のAIは、主人の死後も刀を守っていた……………と、いうわけか』

「うむ、恐らくサイトウ少尉は、救出されて我が身が助かることよりも、何よりも任務である太刀を無事に………………………………」

そう言いかけたところで、ヴォルの脳裏をある疑問がかすめた。

「いや待てよ? だとしてもそうだとしたら今まで誰が……………………」

ノーマンもそれに気づいたようで、顔をしかめている。

するとそこへ、ワイルドマンが、不思議そうな顔でやって来た。

「中尉、ちょっといいか?」

「どうかしましたか、班長?」

「いやなに、俺も艦内のモニターで見ていたんだが、本当にアレとやりあってたんだよな?」

「ん、ああ、間違いない。 救出した他の連中も見てたが」

ワイルドマンは眉根を寄せ、訝しげな顔をしている。

「あの機体、とっくの昔に電力切れで動けなかったハズなんだが?」

「えっ?」

『えっ?(×4)』


ついさっき、ヴォルとノーマンが思い当たった疑問。

機械である雷武が10年もの間、何の整備も充電もなしに動き続けられるわけはないのだ。 予想外の強敵に、今までそのことに考えが至らなかった。

「どういうことだ?」

『分からん。ありえんことだ』

『不思議なコトもあるものですねぇ』

『他に生存者がいたんじゃないか?』

『日記には他に何も書いてませんでしたよ』

ノーマンの考えでは、サイトウの童子切を守るという任務を託されたAIが、単純に守る、ということに徹していたため、救援を呼ぶ、といった解を選ばなかったのだろうと。

だとしても、電力切れで動く説明にはならない。

ノーマンの世界ほど未来ならともかく、ヴォルの世界では雷武に搭載できるような小型の核融合炉を作る技術はまだない。 予備電源のソーラーバッテリーでは、あれほどの機動力は発揮できないし、ワイルドマンの話では使った気配さえないという。

『AIがどんなに高性能だったとしても、動力がなければどうすることもできない。 いったいどんなカラクリで動いていたというんだ?』

電池がなければ機械は動かない。

アイにでも分かる簡単な理屈だ。

しかし、その疑問にそれらしい解を導き出したのは、意外にもアマンダだった。

『やっぱり根性で動いてたんだろ』

『イヤイヤ、まさかありえませんよぉ………………』

アイはそう言いかけるが、あながち間違いのような気はしなかった。

何故か他の三人も、同じ気持ちになっている。

サイトウの残した日記にも、生きているようにしか思えない、といった内容の記述があったのし、ヴォルの話でも、「解明不能なブラックボックス」の存在は、彼らの間で噂にはなっていた。 

やはり雷武ムサシは生きていたのではないのだろうか? 

機械の身体に、侍の高潔な魂が宿っていたのではないだろうか?

遥か未来の技術をもつノーマンの世界でも実現不可能だった人工の魂を。

しかしそれを確かめる術はない。

直後にヴォルが聞いたワイルドマンの報告によれば、ムサシはもう多くの回路が焼き切れて、修復できそうにないらしい。

『やっぱり…………………やっぱり生きてい…………………え?』

その時、アイ達は妙な視線を感じた。

同じように視線を感じたヴォル達五人が、視線を感じた方に振り返ると、近くの岩場の上に、さっき倒したハズの雷武ムサシの姿があった。

ただし、それはアイ達五人にしか見えない、アイ達と同じ半透明な姿。

さらに良く見れば、そのムサシの肩の上と両脇に、見知らぬ顔の兵士が三人。

恐らくは、サイトウと、先に死んだ彼の部下なのかもしれない。

三人と一機の霊体は、アイ達に深く頭を下げると、徐々に透明度を増して、いずれアイ達にも見えなくなった。

『成仏…………………できたのかな?』

『だといいがな』

言いつつも、五人は彼らの魂が安らかに昇天できたと思えた。

そう思えたと同時、

『えっ!?』

再び五人の視界が暗転した。

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