第2話 昔、こんなOPのアニメがありましたっけ。

その雷武と呼ばれる巨大ロボを見たアイの第一印象はというと、

『ええ〜と………………』

何と言っていいのか分からない、といったものだった。

身長は12m程で、鈍く銀色に輝く巨躯は異様な迫力と覇気を感じさせた。

ただ、アニメに出てくるような、と言っても主役ロボのようなカッコイイものではなく、むしろ適役のヤラレメカ、主人公に瞬殺される雑魚役ロボといった感じだ。 人型を上からプレスしたように、ガニ股で肩幅が異常に広く、側頭部に小さなアンテナが立つ一つ目の頭部も、身体と比べてアンバランスに小さく不格好だった。 まあ、数十年前にあったアニメ「ザ○ングル」の後期から出てきた主役ロボもこんな感じだったが。

それを一同は、様々な思いで見上げた。

レベッカは異世界の技術に対する興味で、戦士であるアマンダは、見るからに強そうな武器に対する憧れで、アイはゲーム好きの弟が見たら喜ぶだろうな、といった気持ちで。

そんな中、ハイテク武器に最も興味があるであろう、軍人のノーマンは不思議そうに眉をしかめていた。

それはまるで、『何でこんなモノを?』とでも言いたそうな顔である。

『どうかしたんですか?』

『いや、何。何故、これほど進んだ文明を持つ世界で、このような非実用的な武器があるのかと思ってねぇ』

『え、ロボットって、武器として非実用的なんですか?』

『大きさが人間サイズならそれほどでもないがね、ここまで巨大だとかえって戦闘には不利になる。縦に長い分、火器の的になりやすいし、物理的に足にかかる負担も大きい』

『?』

そう言われて、アイは逆に困惑した。

昔からアニメや特撮番組では、巨大ロボットが最強の武器なのだから。

『物体の質量は、大きさに対してその倍率の3乗に比例して大きくなる。デザインが同じでも身長が2倍なら重さは8倍に、10倍なら1000倍にもなってしまう。このロボットのサイズなら、人間の等身大と比べて、その質量は単純計算でも約300倍ほどになってしまうだろう。

当然のことながら、脚部にかかる負担は絶大で、どんなに強い金属で造ったとしても、いざ戦闘になったら、その衝撃に足が耐えられるワケがないのだ』

『え〜、そうなんですか??????』

アイの頭上に、無数の「?」が並んだ。

意外に思われるかもしれないが、ノーマンの解説は正しい。

物理的に地球の重力下では、アニメのような巨大ロボットを造る事は、殆ど不可能なのである。

だというのに、目の前にあるこの雷武とかいうロボットは何だ? 

こんなモノがまともに動くわけがない。

それくらい、この世界の技術者が分からないハズがないだろうに?

すると、ヴォルがその謎を説明した。

「その問題は、重力制御、及び慣性制御装置が解決した」

『?』

「確かに、雷武開発の初期にはそういった問題もあり、当初は小型のモノが造られた。しかし、いずれ技術が進歩して、ここまで巨大化させるに至ったのだ」

ヴォルは雷武の肩と腰のあたりを指さした。

「あそこに大きな部品があるだろう。あれで機体にかかる荷重を和らげている」

それが重力制御装置なのだろう、肩と腰に不自然に出っ張った部分があり、無数のスリット状の隙間があって、その中にタービンのようなモノが見える。

「更に慣性を制御することで、高速機動による搭乗者にかかるGや、重い腕や脚を動かす際に駆動部分にかかる負荷も和らげた」

『しかし、そこまでするくらいなら、もっと実用的な武器を、研究開発した方がよかったのでは?』

「我々軍人は侍だ。剣で闘う以外は認めない。それは敵とて同じだろう、剣による勝利以外は勝ちではない。我等には、武士道があるのだ」

そう言うヴォルの顔は凛々しく、時代劇で見る役者以上に、侍に見えた。

 この空母には現在、27体、5種の雷武が搭載されている。

いずれも歴史上の有名な剣豪の名前が冠されており、ヴォルの専用機には、『ヒジカタ/Mk2』という、洋風なのか和風なのか、よく分からない名前がついていた。他には『サイトウ/kk』『オオトリS38』、侍文化が世界に広がってから現れた剣豪なのだろう『ウェッソンF』と『ジェフ/SW』という、外国人の名前がつけられた機体もあるが、メカ音痴のアイにはどれがどれなのか、見分けがつかなかった。 しかし、当然のことながら、全て違う設計であり、それぞれに特性のある機体である。

ヴォル専用機の『ヒジカタ』は、全機の中で最も人型に近く、胸部と脚部にある冷却用放熱口と脇腹と背中にある姿勢制御用ブースターが特徴的な、バランスのとれた汎用機であり、量産機としては最も性能が高く、この空母には、この1機だけが搭載されていた。

装備された武器も、やはり世界観の影響だろう、名刀の作風を真似た、いわゆるうつしを、さらに巨大化させた重写刀じゅうしゃとうを帯刀いている。

写しとは言っても、コピーされたのは刀身のみで、さすがに本物のように柄や鞘は木製ではなく、滑り止めに硬質ラバーをコーティングした重金属製の柄に、鞘は刀身を保護するため、磁気で鞘の中で浮く構造になっている。

他の兵装は威嚇用の小口径機銃2門のみだ。

しばしの間、一同が雷武に見入っていると、ヴォルの携帯無線端末が鳴った。

「会議の時間にはまだ早いが?」

端末の通話をONにして、

「はい。オブライエン中尉です」

《私だ》

「艦長?」

相手はこの空母、ドレッド・ノートの艦長、ハモンド大佐であった。

《任務を前にしてすまないが、別件で出撃してもらいたい。何、大した仕事ではないよ》

「と、言いますと?」

《ここから北北西の洋上で海賊騒ぎだ。同盟国の商船が襲われている。援護に向かってくれ。正確な座標は『ヒジカタ』に直接送る。それと、今から向かえば、時間的に今回の作戦会議に間に合わないだろう。資料も後で送る。援護活動の後、直接現場に向かってくれ。以上だ!》

「了解しました」

答えるや、さすがは侍軍人。彼は何一つ余計な質問も不満も言わず、一旦自室に戻ると愛刀祐定を持ってきて(大刀の所持は、軍事活動時の装備となっている)、雷武ヒジカタの肩に飛び乗った。生態認証により、自動的にの胸部が開き、中のコックピットが露になる。

中は大人一人座るのがやっとの、小さなシートが一つ、その前面にはわずかなスイッチ類にレバー状のハンドルと、全方位モニターだけの、意外なまでにシンプルな造りだった。

戦闘に際し、剣による攻撃防御を素早く対応させるために、雷武は思考制御で操縦できるようになっている。

ヴォルは滑り込むようにシートに腰かけると同時に、全ての電気系、駆動系が眠りから目を覚ました。頭部カメラに光が宿り、各間接のロックが解除されると、肩と腰の重力制御装置が唸りを上げて、中のタービンが高速回転を始める。

すると重さを無くした機体は、軽々と立ち上がった。駆動部にかかる負荷が無くなった影響だろう、外見上身長が10㎝以上高くなった。

「各部異常なし」

機動OSから送られる、機体に関する各情報が前方モニターに表示され、それに目を通して、ハンドルを握る。最終安全装置を解除。

雷武ヒジカタ/Mk2が、一歩を踏み出した。30トン前後はあろうハズなのに、その足音は重力制御装置のおかげで静かだった。ヒジカタが腰の重写刀に手を添えると、モニターの情報欄に『Kanesada』と、重写刀の名が表示された。

モデルとなった土方歳三の愛刀、十一代兼定を写した刀である。

全ての重写刀には、その刀の情報を入力したチップが内蔵されており、自機はもちろん、剣を交えた敵機の重写刀の情報も、接触時に見ることが出来るようになっている。

 シートの上で深呼吸をし、雷武の操縦に意識を集中するが、どうにもいつものようにはいかなかった。今はこの狭いコックピットの中に、4人と一緒にいるわけだが、霊のようなものなので狭苦しさは感じなかったが、何故か息苦しさはあった。どうにもやりづらいなと、ヴォルは心の中でため息をつくと、それ以上にアイが大きなため息をついた。

『やっぱり、私も行かないといけないんですか?』

『当然だろう。今は我らは5人で1人だ』

『うう〜、やだな〜、戦争やだな〜。まだ若いのに、死ぬかもしれないよ〜』

『何を言っている? おまえはすでに死んでいるんだろ?』

『あ、そーでした(笑)』

軽く笑ってから肩を落とし、もう一度深くため息をつく。

アイのその間抜けな様に、ヴォルは肩の力が抜け、いつもの感覚を取り戻した。


 雷武『ヒジカタ』は、重写刀に手を添えたまま、空母の艦上デッキに登るエレベーターに歩を進めた。その姿は、まさに戦場に向かう侍のように凛々しい。

すると、

『あれ???』

アイは再び、あの妙な気配を感じた。

いや、気配というより、背筋を悪寒が走るような感覚だった。

まるで鬼か魔物に睨み据えられているかのような、冷たい視線を感じる。

にも関わらず、何故か恐怖感はない。

「どうした?」

『あそこ……………、ここの奥にある、あのおっきな箱が…………………』

アイは格納庫の隅に、厳重にワイヤーで拘束されたコンテナを指さした。

『あの中に、何かある………………』

『何かって?』

『よく分かんないけど、とても大事なモノ』

『?』

その答えに、ノーマン達3人は首を傾げた。

一方、ヴォルはアイの言葉に肩をすくめ、

「確かに、あのコンテナには大事な品が入っている。この艦の宝がな」

『いったい何が入っているんだね?』

「あんた達に言っても、機密漏洩にはならないだろうが、何でもかんでも言うわけにはいかない。一応、オレも軍関係者なんでね」

『それは仕方ないな』

一同を代表し、ノーマンが話しに区切りをつけた。

そういった事情は、同じ軍人である彼の方が、よくわきまえているようだ。

とは言うものの、アイはやはり例のコンテナが気になって仕方がない。

『ヒジカタ』が格納庫を出るまで、アイはずっとそちらを見つめ続けた。


 昇降エレベーターで甲板に上昇するヒジカタ。

モニターに映し出された外の景色から、陽光がコックピットの中に差し込んでくる。 上昇すると甲板上のカタパルトまで誘導され、両足がロックされた。

『あ、昔見た、再放送された何かのアニメのOPみたい♡』

ウキウキしながらアイは、そのシーンを思い出して艦橋を見るが、デッキには金髪美女はいなかった。

『まあ、現実ってこんなものよね』

「何がだ?」

『いえ、何でもありません………………(赤面)』


 艦上に登ると、少し遅れて同じ任務を受けた仲間の雷武が2機、別のエレベーターで現れた。部下のエドワード曹長が搭乗する、柄も入れると身の丈に近い長さの重写刀を携えた『オオトリS38』と、さっきのコバヤシ軍曹が搭乗する脇差二刀流の『ジェフ/SW』である。

3機はそれぞれ甲板のカタパルトデッキに立ち、指示を待った。

あとは撃ちだされるのを待つだけ………………って、

『ちょっ、ま、まさかこのまま?』

慌ててレベッカが声を上げた。

彼女の世界には空母とか飛行機の類いはないが、状況を見れば、この後どういった事になるかは、だいたいの想像はつく。

「当然だ。現場まで飛んでいくに決まっているだろ?」

『いやいや、でも…………コレ、飛べるんですか?』

基本的な航空力学の知識は、多少はあった。

この形状が空を飛べるわけがない、ということも、すぐに分かった。

少なくとも主翼のない航空機など非常識に思える。

『これも重力制御の力なのだろう。我々の物理法則の常識は通用しない』

ノーマンの言葉に、レベッカは納得しるしかない。

ちなみに、レベッカより進んだ文明社会にいたハズのアイには、彼女の疑問の意味が分からなかった。アニメでは、ロボットは普通に空を飛ぶものなのである。

アマンダにしても、彼女の世界では魔法の力を使えば、何でも空を飛ぶことが出来るらしいので、何の疑問も感じなかった。

 甲板での射出の準備が整うと、雷武の両肩の中のタービンが、いっそう唸りをあげた。モニターに『GO』サインが点灯し、凄まじい勢いで射出される。

その射出時のGに、

『にょわわわわわぁぁぁっ!!』

アイが情けない悲鳴をあげた。アマンダとレベッカも、いきなりの加速に驚いたようだったが、

『この加速で、あの程度のGとはな。どうやら慣性制御の性能も本物のようだ』

運動エネルギーを制御しないことには、雷武のような巨大ロボットだと、通常の戦闘でも腕を振ると、その重さだけで、肩が破損してしまうことだろう。何とも巨大ロボというのは、戦闘には不向きなモノだと、ノーマンは改めて実感した。

ヴォル機に続き、後の2機の雷武も発進した。

重力制御と姿勢制御用のブースターのおかげで、中空を漂うように飛ぶ3機はそのまま空母ドレッド・ノート斜め後方に移動し、ヴォル機を先頭にして一列に並ぶ。 後方を見ると、さっきまでいた空母が一望出来た。

アイから見れば未来の船だが、意外にも普通の軍艦に見えた。

見えたが、それでも映画とかで見たどの軍艦よりも、巨大であることだけは分かった。全長1㎞はありそうだ。

ノーマンには、さらなる疑問があった。

モニターに表示された情報に目をやり、

『飛行が可能なのは分かるが、そんなことより急いだ方がいいんじゃないのか? でないと、せっかくの救助活動が無駄になる』

現在地から目的地までの距離は、およそ500kmはある。

マッハ3で飛べたとしても、着くには8分はかかる距離だ。

だが、雷武の形状を見るかぎり、この機体形状では出せてマッハ2も出せるかどうか怪しい。

物体が音速を越えると、先端部から後方に向い、円錐状の衝撃波が発生する。

そのため、超音速機は決まって先細りの三角形をしているのである。

人型で音速を越えれば、機体は確実に空中分解してしまうだろう。

しかしヴォルは、

「問題はない。この程度の距離なら1分とかからないだろう」

と、平然としたものだった。

「方位確認、座標セット。出陣っ!」

重写刀を抜刀し、進行方向に切先を向けると、腕から刀、そして切先に向けてオレンジ色の光がまとわりついた。そして、

「衝撃波解除」

光が切先から矢のように撃ち出され、数十m彼方でコーン状になり、中空で固定された。その方に向かって飛行すると、コーンまでの距離は維持されたままで、3機の雷武はどんどんと加速していった。

モニターに表示された速度は、すでにマッハ20を超えている。

『なるほど、スリップストリームと同じ理屈だな』

ようやくノーマンは納得した。

この航空力学を無視した機体で、どうやって超音速を出せるのかを。

スリップストリームとは、モータースポーツ等で速い車の後を走ると、空気抵抗が少なくなる現象である。雷武は進行方向にビームの槍を造り、それで空気の壁を切り裂いて進むことにより、超音速飛行を可能にしているのだった。

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