第2章 鬼斬りの太刀
第1話 ロ、ロボだぁぁ〜っ(ヽ°⩌°ノ)!!
雷にでも撃たれたような衝撃に、ビクンと跳ね起き、ベッドの横に転げ落ちる。床でしたたかに頭を打ち、ようやく彼は我に返った。
打った頭を押さえて、辺りを見渡す。
四方全てが鉄板で出来た、殺風景で何の面白みもない、狭苦しい部屋である。
監獄の一室のように見えなくもないが、小さな丸い窓の向こうに海が見えるし、部屋全体も微妙に揺れている。
ここが作戦任務中の、空母の中の自室だと気付くのに、何故か数秒を要した。
「……………夢…………いや、まさかな?」
あのゼロ次元とかいう空間にいた、という体験は、あまりにリアルで、とても夢だったなどとは思えなかった。
「しかし……………………?」
無意識に自分の掌を見る。今が夢の中ではなく、現実なのだと確信するように、何度もその掌を開いたり閉じたりさせてみる。
「確かに、今は現実のようだ。ならばさっきのは、やはり夢…………………」
『いやいや、夢じゃないですよ』
突如、さっきの空間で一緒にいた、アイとかいう東洋人の娘の声がした。
慌てて辺りを見渡すが、やはり彼女の姿はない。
「どういうことだ? 幻聴?」
『違いますよぉ。こっちこっちぃ』
再び聞こえたアイの声に、ヴォルが声がした方を見ると、わずかながらにうっすらと、4つの人影のようなモノが見えた。
さらに目を凝らして見ているうちに、だんだんとそれが、さっきのゼロ次元にいた4人であることが分かった。
「何だコレは? まさか幽霊???」
『ち、違いますよぉ。あ、でも私だけホントに死んでますけど』
死者のくせに、妙に活き活きとしているアイに、そして他の3人は、物珍しそうに部屋の中を見渡している。
『何かの拍子で、私達までヴォルさんの世界に引き込まれて来てしまったようですね』
『うむ、だがよい機会だ。異世界の文明を目にすることなど、そうあるものではない』
『て言うか、狭いし壁鉄板だし、何だか息苦しい所に住んでるのな、おまえら』
口々に勝手なコトを言う一同に、ヴォルは何と言っていいか分からない。
するとその時、部屋のドアがノックされた。
「おはようございます中尉。失礼してもよろしいでしょうか?」
ヴォルの部下、コバヤシ軍曹が今朝の会議の資料を持ってきたのだろう、ヴォルはいつものように、殆ど反射的に、
「おう、入れ」
と、答えてしまってから、考えれば今ここには4人の幽霊っぽい、ワケの分からない連中がいることを思い出し、
「いや、待てっ、入ってくるな……………」
言いかけたが、ときすでに遅く、コバヤシは資料を手に、部屋に入ってしまっていた。
「は、何か?」
「いや、これはその………何だ、え〜と」
4人の幽霊のことを、何と言ってごまかすか戸惑った。
しかし、事情の分からないコバヤシは、何か不都合なことでもあるのかと、困惑しながら室内を見渡したが、何も普段と変わった所など見当たらない。
「どうかしましたか?」
「え? あ、いや何だ、何でもないんだ」
「???」
慌てふためいていた上官の様子が気になりつつも、コバヤシは本日の作戦資料を机の上に置いて、小首を傾げて部屋から出て行った。
それを見送り、緊張の糸が切れたヴォルは、一気にあふれ出た脂汗を拭った。
「他の者には見えないのか?」
『おそらくな。何せ我らは魂だけの存在。いわば本当に幽霊のようなモノだからな』
『ホントは生きてますけど』
『もちろん、私も生きてるぞ』
『すいません。私だけ死んでます』
何故か申し訳なさそうに言うアイ。
気のせいか、彼女だけホントに幽霊のように見える。
『しかし本当に困ったコトになった。元の自分の世界に戻るどころか、他の平行世界に来てしまうとは』
言うが、嬉しそうに周りを見渡すノーマンとレベッカを見て、ヴォルは肩を落とした。
「あまり困っているようには見えないが?」
『得難き機会は、全ての動物をして、好まざることをもあえてせしむ、と言うではないか』
『誰の言葉です?』
『夏目漱石、【吾輩は猫である】から抜粋』
と、気楽に言うノーマン。幽霊状態に慣れてきたのか、レベッカと二人、かなりリラックスした口ぶりである。
「頭のいいヤツの考えって、分かんねぇ?」
そんな2人を見て、ヴォルはため息をつき、
『分かる分かる、その気持ち』
と、アイとアマンダの低脳コンビは、気の毒そうに彼の肩をポンと叩いた。
こんな2人に同情されたかと思うと、無性に情けなくなったヴォルは、さらに大きなため息をついた。
こういったことにも慣れというのがあるのか、ものの数分後には、ヴォルには4人の幽霊の姿が、かなり鮮明に見えるようになっていた。
しかもどうやら4人とは、まだゼロ次元の影響でどこかが繋がっているのだろう、会話せずとも頭の中で意識するだけで、普通に会話できることも分かった。
他の者には見えずとも、ヴォルには4人の姿が見えるのも、そのためかもしれない。
「何とも気味の悪いものだな」
『それはお互い様です』
「それで、この後、どうするんだ?」
『この際仕方がないだろう、それぞれが元の世界に戻る術が見つかるまでは、5人とも行動を共にするしかない』
「おいおい、冗談だろっ? これからオレは大事な軍務があるのだ。部外者を作戦に同行させたり、見せたりするわけには…………」
『幽霊であり、異世界の我らが君の世界のコトを知ったところで、何の不都合があるとも思えないが?』
「………………言われてみれば、確かに」
ヴォルは渋々納得するしかなかった。
と、ここでアイは、さっきから一つ気になっていたことを、ヴォルに聞いた。
この部屋の棚に、アメリカ人っぽくないモノが飾られていたのである。しかもソレを、アイは前に見たコトがあるような気がした。
『アレって、刀ですよね』
それは、見事な拵え(柄や鞘、鍔等、刀の外装)を施された、日本刀であった。
さっきは切腹もしかけたし、軍服も和服っぽい感じがするので、彼はかなりの日本通なのかもしれない。
『ホンモノですか?』
「む、当然だ。軍人が刀を所持するのは当然だろう? おまえの世界では、軍人は刀を持たないのか?」
『いや〜、よくは知りませんが、多分』
どうやらこの世界も、アイ達の世界と違う歴史を辿っているようだ。
ヴォルの説明によると、幕末の日本にアメリカの黒船が来航し、日本は開国。と、ここまではアイやノーマンの世界と同じだった。
しかしその後、日本文化が世界に広まり、何故か武士道が各国の軍部に受け入れられて、その精神を重んじるようになった。
いずれ軍人は侍となり、現在に至っているらしく、そのせいか銃器類の開発は、さほど進んではいなかった。
ピストルやライフルの類もあるにはあるが、この時代にしては高性能ではなく、もしかすると、アイの世界の銃の方が性能は勝っているかもしれない。
そんな話しを聞いてアイは、
『あ〜、日本人に生まれてよかったぁ♥』
と、こんな異世界で、自分の国の文化がもてはやされていると知り、嬉しくなった。
「おおっ、おまえにも武士道の素晴らしさが分かるのだな」
一方、ヴォルも少し気分をよくして、飾ってあった刀を抜刀してアイに見せた。
接近戦においては、世界最強の武器であり、同時に芸術品と呼ばれる日本刀。
その美しさに、他の3人も思わず目を見張った。しかしアイは、
『私、コレ知ってる………………』
「ん?」
『確か、備州……………何とかっていう?』
間違いない。死ぬ前に近所の骨董店で見た、あの刀と同一の品だ。
作者が同じだとか、そういったことではなく、見た刀そのものだと思えてならない。店で見たのは拵えも何もない刀身だけだった。しかし目の前にあるヴォルの刀は、拵えのために刀身しか見えない。
見えないのに、何故かアイにはアレと同じ品だと思えてならなかった。
「刀身を見ただけでよく分かったな。その通り、これは備州長船祐定だ」
(お、おさふねすけさだって読むんだ。言わなくてよかった)
アイは内心、ホッとした。危うく大恥をかくところであったと。
(でも、何であの刀だと分かったんだろ?)
言っておきながら、アイは少し戸惑った。
これもまた、あの謎の声が聞こえる現象と同じなのだろうか?
それから1時間の○845時、ヴォルは無銘の脇差を帯刀し、アイ達4人を連れて会議室に向かった。艦内や軍施設内を移動するときは、脇差の帯刀が許可されているのである。
ヴォルは4人の姿が、本当に他の乗員に見えはしないか、最初は気が気ではなかったが、どうやら本当に誰にも見えないようで、途中の通路で会った下士官達も、何の反応も示さないし、幽霊状態の4人は本当に幽霊のように、途中の壁やドアを何もないかのようにすり抜けていってしまった。
その様子は、よく出来た特撮映画でも見ているようで、ちょっと不気味に思えた。
一方、初めて異世界の軍艦を見る4人は、興味深そうにキョロキョロと見渡している。狭い上に、壁沿いに無数の配管が走り、所々に防水扉がついた防護壁があって、人が通るには不便でならない通路を、無意識に肩をすぼめてヴォルは歩いていく。
こういったところは、アイの世界の軍艦と同じようなものだが、宇宙船に乗るノーマンから見れば、かなり新鮮だったのだろう、一同の中で最も興味深そうにしていた。
しばらく行くと、少し広い通路に出た。
少し先には開けた場所も見える。そこは格納庫であり、会議室はその向こうにあった。
『異世界の武器か。興味をそそられる』
『空母ってくらいだから、武器って言っても戦闘機とかじゃないんですか?』
「何だ、せんとうきって?」
ノーマン達の言う聞きなれない言葉に、ヴォルが聞き直した。
彼の意外な反応に、アイは呆気にとられながらも、何とか説明をする。
『え、戦闘機ってアレですよ。闘う飛行機。女の子の私でも知ってるのに?』
「何? 飛行機でどうやって闘うのだ? あんな装甲の薄い機体が空中でぶつかり合ったりしたら、墜落してしまうだろう?」
『は? な、何でぶつかり合いを? 普通、空中戦と言ったら、ミサイルでドッカ〜ンとか、機銃をズドドドドドドッてやって、ひゅ〜ん、ズッド〜ンっていくものでしょ?』
国語力の弱い彼女は、言葉による説明も苦手で、ドッカ〜ンとかズッド〜ンと言う度に、妙なジェスチャーを加えて表現していた。
その様はあまりに間抜けで、見ていた他の3人も苦笑いをしている。
「何を言ってるのか、さっぱり分からん? 飛行機で戦闘が出来るわけないだろ?」
『えーっ、何て説明すればいいのぉ〜?』
「うう〜む。やはり我らの文化は、おまえ達とは違う進化を遂げたのだろう」
言いながらもヴォルは、頭の中でその戦闘機なる謎の兵器の姿を想像した。翼のある装甲車が、空中で激突する様は、どうにも間の抜けたものに思えてならなかったが。
「まあいい。これがオレの世界の武器………………」
格納庫に入るや、ヴォルは庫内を見渡し、アイ達に言った。
「鋼の
『ウソッ、マジで?』
アイは思わずそんな感想を口にした。
格納庫の壁に添って、無数の巨大な鎧武者が立っている。
それはアニメに出てくるような巨大人型ロボットであった。
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