第2話 お姉さん、ポロリ(𝄑𝄑)には気をつけて!

 ただ、今回は意識までは消えなかった。

意識を保ったまま、頭上に突如開いた空間の小さな穴に、一気に吸い込まれ、

「これが、昇天っていう……………あれ?」

今の状況を判断する暇もなく、次の瞬間には魂だけが、妙な空間に放り出されていた。

「ここ……………どこ?」

明るいのか暗いのか、上を向いているのか下を向いているのかも分からない。

まるで、全ての感覚が無くなってしまったかのような、そんな不思議な空間だった。 ただ、とてつもなく広い空間であるということは確かなようで、今いる場所の彼方が全然見えない。まるで宇宙のど真ん中にでも、置き去りにされたような感じだった。

「死んだんだから、ここって天国かな? でも、お花畑も神様らしい人影も見えないし……………ってことは、地獄なの? 私、何か地獄に落ちるような悪いことをしたっけ?」

そう思った途端に、言知れぬ恐怖を感じ、脳裏を今までやってきた、後ろめたい記憶が過った。

「おかずのピーマンと人参とセロリを残したコトかな? それとも小4のときのテストでカンニングしたコト? もしかして、アイスの棒にペンで『あたり』って書いたコト………………いやいや、違うよぉ。 だ、だってあれは未遂だったしぃ………、じゃあ他にはえ〜とえ〜と、待て待て、落ち着け私、冷静になるんだ私ぃ。パニくっちゃダメだぞ私ぃ」

冷や汗をダラダラ流し、あれこれとおぞましい悪行の数々の記憶に頭を悩ませていると、

「あ、あの…………………もしもし?」

突如、背後から声をかけられた。

驚いて振り返ると、

「おおっ、い、いつの間に??????」

いつからそこにいたのだろう、見た感じは10歳くらいで短い黒髪にオーバーオール、それも少し古い感じの、昔のアメリカ映画に出てくる農夫風のジーンズを着た、一瞬、男の子かと見間違えそうな感じの女の子が、アイのボケっぷりを困惑の表情で見上げていた。

さらにその後ろには別に2人の男女の姿が。

「ええええーっ???」

その一方、見た感じは50〜60歳くらいだろうか、白髪まじりの髪をきれいに整えた、ロマンスグレーの紳士である。服装はどこかの軍服のようにも見えた。

しかし問題なのは、もう一方の女性である。アイを驚かせたのは、むしろこっちの女性の異様な姿であった。

カールのかかった長い金髪は透き通るように美しく、切れ長の目元は妖艶で、まるで映画女優のようにも見える。 見た目は20歳ほどの絶世美女で、しかも巨乳なセクシーボディは、同性であるアイも、思わず見とれてしまいそうだったが、

「な、何でまた女王様???」

恐ろしく露出度の高いボンデージ姿。 水着なのかレオタードなのか、全身にフィットして胸元全開、ハイレグのエロい衣装には鞭かロウソクが似合いそうだ。

ただ、よく見ると肩と腕、膝から下は重そうな銀の鎧を纏っている。

さらに背中には弓を背負い、その弦が胸の谷間に喰い込みエロさを増していた。

「ってか、やっぱRPGの女戦士?」

どこかコミケでコスプレをしていたのか、その姿はこのワケの分からない空間でも、異様に浮いて見えてならない。

あまりのインパクトに、紳士の方がかすんで見えるほどだ。

「イヤイヤ、それよりも………………」

アイは生唾を呑み、

(ヤバいヤバいヤバい、お姉さん見えそうです! ブラがずれてビーチク見えそうですって! 乳輪の端っこ見えてますよっ!)

と、心の中で叫んだ。

本人はそれに気づいていないのか、

「む、どうした?」

と、怪訝にアイに詰め寄ってきた。

歩く度、喋る度、胸の揺れで少しづつブラがずれていく。

(いや、ちょっ、き、気づいてお願いだからぁ!)

チラリと紳士と少女を見ると、2人は気まずそうに明後日の方を見ていた。

「ん、おおっと、いっけねぇ〜♡」

ようやくそこでポロリ一歩手前と気付いて、RPG風女王様は慌ててはみ出した胸を衣装のブラの奥に押し込んだ。

アイも二人も、「ふぅ〜」と安堵の吐息をもらしている。

「お姉さんにはその衣装、小さいって!」

実はアイにも似たような経験があった。

中学の時、水泳の授業中にポロリしてしまったのである。

もちろんアイの場合、水着が小さかったのではなく、胸が小さくて引っかかりがなく、水着の方が滑り落ちただけなのだが。

それを目撃した明美の「あんた、男だったのかよ?」という言葉に、ないはずの胸は深く傷ついたのだった。 アイはそれを思い出し、

「やっぱ明美も呪い殺す!」

と、拳をプルプル震わせ心に誓った。

「さて、それはさておいて、少し状況を整理しようか」

紳士の言葉に、アイはようやく我に返った。


 その後、アイ達はそれぞれの事を語った。

とりあえずアイは、自分は不幸な事故で死んでしまい、何故かこの不思議な空間に来てしまったコトを話した。

まさか幽霊なのかと疑われるかと思われたが、よく見ると4人とも身体が透けて見えることを思えば、他の3人も気づいていないだけで、皆、何らかの理由で死んでしまったのかもとしれない。

続いて他の3人もそれぞれの事を話し始めた。

それによると、信じられないコトに全員の世界観が全く違っていたのである。

オーバーオール少女の名前はレベッカ・マイヤー10歳。

彼女がいた世界というのは、オルドバとかいう未知の大陸にある国であり、その大陸の説明を聞くかぎり、まるでアイの世界のユーラシア大陸に似ているようであるが、文化や歴史が大きく違った。

自動車も航空機もなく、主な交通手段は帆船や馬車が使われる、アイの世界なら15〜17世紀頃といったところだろう。だが、その世界では『アルベル』という名の知性の神を崇拝する宗教が盛んで、そのせいか、仮説を前提とした理論科学が進んでおり、レベッカの知能は、現代人のアイよりもはるかに高かった。

レベッカもそのアルベル教の信者で、週末の会合に参加する途中、気がつくと何故かこの空間に来てしまっていたらしい。

次に紳士の名前はノーマン・ラフォール。

未来の宇宙輸送艦『アスペンケイド』の艦長であったが、どちらかというとの艦長といった風格があった。

所属する軍の名は言わなかったが、彼がいた時代は28世紀であり、その世界の歴史は、アイの世界に酷似していた。

彼もまた、輸送艦での任務中にこの世界に来てしまったらしい。

最後にポロリ姉さんの名は、アマンダ・ガーランド。

彼女は王の命により、悪の魔王を退治しに行く途中だったと言った。

彼女の世界は、他の3人とは明らかに違う別モノで、文化程度は10世紀頃レベル。神や悪魔は存在し、小さな国が無数にある『ホライゾン』という大陸の中、人里を少し離れると、異形の怪物が普通に闊歩しているというような、ファンタジー色満々の世界であった。 そこで、それらモンスターに対抗するため、魔法が発達するが、いずれその魔法を悪用する者が現れだし、それらを魔王、または魔女と、人々は呼ぶようになった。

アマンダはそんな世界の一戦士であり…………………、

「いやいや、そんな冗談はいいですから」

「ってか、魔王って、いかにもって感じで、冗談にしても、どうかと思うんですけど?」

「むぅ………………」

アマンダの話しに、一同は怪訝な顔をした。

他の2人の話しも、アイには信じがたいものばかりではあったが、少なくとも彼女の話しに比べればマシである。

「何だおまえら、私の話しを信じないのか?」

「いえ、まあ別にいいですけど」

とりあえず、アマンダの話しをレベッカが制した。ここは一応、分かったフリをしてごまかしておいた方が得策であると、後の2人も語らずとも理解した。

(美人なのに、頭の残念な人なのね。何て気の毒な………………………………)

半ば、同情のようなモノを感じたアイは、彼女に気付かれないよう、目頭を拭った。

(危ない人だ。出来るだけ関わらないよにしよう)

まあ、彼女の話は無視したとしても、全員がそれぞれ別の異世界から来たということになるのだが、

「で、でもまさかそんなぁ〜???」

それにはさすがの歩くド天然、アイも眉根を寄せた。

異世界など、アニメかマンガ、ラノベの中だけのものだというのが、一般の認識だと思っていたのである。

ところが、この中で一番まともそうなノーマンは落ち着いた顔で、

「なるほど、並列時空か。つまり私は異世界人と接触しているのか? 素晴らしい。 これは得難い貴重な体験だ」

と、感慨深く言い、何故かレベッカも納得した顔で、

「きっとそうですね。私の世界でも時々そういった話を聞きます」

と、これまた信じがたい発言。

「君の世界では、まだ未来の知識なのでは?」

「あ、それはそうですけど、私の世界では理論上の知識はすすんでますよ。だって叡智の神を崇拝してますから」

「その辺は非科学的な気もするが?」

大人な会話をする老紳士と幼女。

一方、中二病アマンダは話の内容についていけず、呆けた顔をしていた。

そしてアイは、

「イヤイヤイヤ、ないですって!」

言ってから少し真顔となり、愛車のママチャリの名前の由来となった、マイブームの特撮作品の中で、宇宙船の副長の口癖を真似、

「その意見は非論理的だ」

耳を上に引っ張って言うが、当の二人は逆に「何を言っているんだ?」といった顔でアイを見つめている。 

「いや、幽霊という非論理的代表のようなお姉さんがソレを言います?」

幼女はまるでチベットスナギツネのようなジト目で言った。

「異世界の存在は量子力学や理論物理学の常識だぞ」

「えーっ、わ、私の方が変なのぉ???」

頭を抱え、今更ながらこの事態にアイは絶叫した。


「ゼロ…………ドライバー?」

「はい。まあ、私も想像や理屈の中だけの話と思っていたのですけど」

改めて状況の整理を始めたノーマンとレベッカ。

「宇宙分岐理論から異世界の存在は前々より提唱されていました。事実、私のいた世界でも異世界を見た、もしくは行って帰ってきた、という人の話は何度か聞いたことがあるのですけど…………」

「さっきも言ってたな? 私の世界ではあまり聞かないが、言ってもまずは誰も信じないだろうし」

「そうなんですか? きっと私のいた世界は次元が安定していないのかもしれませんね。それで、そういった異世界に関わった人を『ゼロ・ドライバー』とよんでいます」

老紳士と幼女が、何やら難しい話をしている。

アイとアマンダは少し離れた場所で並んで体育座りをし、やはり呆けた顔でそのやりとりを見ていた。

「ずいぶんとカッコいい名前だな。しかし何故『ゼロ』なんだね?」

「我々のいる4次元世界を複数の階層の一つだという考えがあります」

一般には我々の世界は3次元世界と言われているが、実は相対性理論的には4次元世界と言う方が正しい。

「複数ある4次元世界の境界は、次元の概念が存在しないゼロ次元と考えられているのです」

「なるほど。ゼロ次元を行き来するから『ゼロ・ドライバー』か。この空間に妙な違和感があるのもそのためか?」

その話の部分だけ、アイは同感だった。 さっきはレベッカに声をかけられるまで存在に気づかなかったのも、今も感じる妙にふわふわした、足元が落ち着かない、普通に立っているのに宙に浮いているような、水の中にいるような感覚も、きっとそのためなのだろうと思ったのである。

「私の世界では、ゼロ・ドライバーが持ち帰った異世界の知識のおかげで、急速に文化が進歩したと言われています。 さすがにアイテム等の便利な道具は持って帰れないし、知識があっても技術がないので再現できない場合も多いのですが」

少し残念そうにレベッカが話していると、

「おい、誰かそこにいるのか?」

若い男の声に一同がそちらに振り向くと、そこには軍服を着た、25〜26歳程の黒人男性がいた。


 男の名はヴォル・オブライエンといった。

彼の世界は22世紀初頭で、平和ながら外国の小国間では、今も戦争が絶えないという。 そのため、多国籍軍や大国が仲裁に入ったり闘ったりと、アイの世界とそう大差はないようだった。

そう話すヴォルは、異世界の未来でも大国のアメリカ海軍に所属し、空母『ドレッド・ノート』艦内の自室にて、ある作戦任務に備え休息しているときに、気がつくとこの空間に迷い込んでしまったらしい。

「作戦任務って?」

「それは話すわけにはいかない。機密事項だからな」

「それもそうですね」

「うむ」

そう言葉少なに答えるヴォルの軍服姿だが、アイは最初に見た時から、妙に違和感を感じていた。確かに、映画で見るような海兵っぽい服装だが、自分の知る軍服と何か違う。 どこか和服をアレンジしたような感じで、よく見ると腰には拳銃の代わりに、短い日本刀、脇差を差していた。

「任務を前に、こんなワケの分からない事態に巻き込まれるとは、軍人として何たる恥。このままでは腹でも切らねば、上官に対して申し訳がたたん!」

「は、腹って……………まさか?」

恐る恐る聞くアイに、

「切腹する!」

言うや、ヴォルはその場に正座で座り、懐から短刀(ナイフではない)を引き抜き逆手に持ち、腹に突き立てようと振り上げた。

「わーっ、タンマタンマァッ! 早まらないでぇっ!」

ヴォルの腕に抱きつき、何とかそれを引き止めようとするアイ。

ヴォルはそれを、振りほどこうとしながらも、今にも自分自身の腹に刃を突き刺そうとしている。

「放せっ!! このままでは、このままでは軍人としての面目が立たん」

「だからって死ぬことないでしょっ! 時代劇のお侍さんじゃあるまいし?」

「オレは武士だっ!」

「え? イ、イヤイヤ、そんなことはどうでもいいですから、死んじゃダメですっ!」

江戸城松の廊下の刃傷沙汰さながら、危なっかしいその様に、さすがに後の3人も慌てて切腹を止めに入った。

「放せぇっ!!」

すると、突如ヴォルの視界が暗転し、彼だけ別の場所に移動した。

そして……………………………


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