ゼロD/異世界で私は剣士で艦長で幼女で女王様だった?
京正載
第1章 ゼロ・ドライバー
第1話 死んで私はパンツの盗難を知った!!
週末の土曜日、早々に終わった学校からの帰り道で、真田アイは駅前の商店街を、呆けた顔でぶらついてた。
この春から中学2年生になるが、特に部活をしているわけでもなく、何か特別な趣味があるわけでもないし、この後の予定もない。
「あ〜、私って青春してるなぁ」
誰かに言うでなく、自分自身に対してイヤミを込めてぼやき、ため息をついた。
事実、彼女はどこにでもいるような、普通の女子中学生である。
学校の成績もよくも悪くもなく、背丈も高くも低くもない。別に美人な方ではないが、そう悪い方でもない。髪も長くも短くもない、肩までのショートヘア。
胸だって………………まあ、そこは触れないということで。
とまあ、彼女はどこをとっても何の特徴もない『通行人A』といった感じの、普通の娘である。
そんな自分がイヤで、彼女は時々自分自身を変えてみたくなることがあった。
そして今が、ちょうどそんなときで、
「よ〜し。私、不良になる!」
そう決心し、目についた駅前のネットカフェに入って行く。
こういった場所への出入りは校則で禁止されていたが、それを素直に聞くほど、今どきの中学生は素直ではない。
まして今の彼女は、個人的な理由で少々、世の中に対して反抗的な気分だった。
と、言うより、母親に対してと言った方が正しいかもしれない。
昨夜も些細な理由で……………「あれ、何で母さんとケンカしたんだっけ? あ、そうそう、夕飯のおかずに、ピーマンが入ってたんだ……………………」
とまあ、彼女にとっては重大な理由で、母と大喧嘩をしたばかりだった。
そんな理由とも言えないような理由で、少し緊張しながら店内に入ってみる。
別に非行の溜まり場でもないのだろうが、こういった場所に立ち寄っただけで、何だか不良に一歩近付いたような気分になった。
入口近くで、砂糖とクリーム多めのコーヒーを買い、ちょっと奮発してボックス席へ、と思ったが、あいにく未成年なのでオープン席へ行く。設置されたパソコンを起動させて、とりあずインターネットに接続した。
「で……………………、何しよ?」
特に目的もなく入店したので、すぐにやることがなくなってしまった。
このまま帰るのも何なので、不良っぽくエロサイトや出会い系サイトを検索しようとしたが、気がつくといつの間にか、かわいい洋服やオシャレグッズの専門店を調べていて、
「や〜ん、このヘアピン、かわいーっ…………って、バカァッ、私のバカァッ! 前々から薄々気づいてたけどぉっ!」
頭を抱えて絶叫する。
全うな人生をあえて踏み外し、非行に走ろうとしたが、それさえ踏み外して一周し、元の普通の小娘に戻ってしまった。
もはや『通行人A』レベル未満である。
そこでふと、鞄の中の携帯が鳴っていることに気がついた。
マナーモードにしていたので、ずっと気がつかなかったようだ。
電話の相手は、クラスメートの川村明美からで、着信履歴8件全て彼女からだった。 何か急ぎの用でもあったのだろうか?
「何ぃ、明美ぃ?」
『何ぃ〜、じゃないっ! さっきから何度も呼んでたのに。まさか、あの約束忘れてないでしょうね? 明日だよ、明日』
「約束………………? ああ、あのコトね。ゴメンゴメン、すっかり忘れてた♡」
『おいおい(怒)』
「私ってホラ、過去を振り向かない女じゃん」
『うあっ、カッケーなオイ!』
そのイヤミを褒め言葉と受け取った彼女は、
「実は昨日、ちょっといや〜な事があってね。それで忘れてしまってたのさ♡」
などと、テレビの刑事ドラマで、次回放送あたりに殉職しそうな新人刑事よろしく、前髪かきあげ、妙なポーズをとって戯言を言う。
通行人A未満よりも、さらに恥ずかしい娘でもあった。
『いやな事って、過去、思いっきり引きずってんじゃん。それでそのいやな事って何? 夕飯にピーマンでも入ってたとか?』
「エ、エスパーかっ?」
『マジか、マジでピーマンで私との約束忘れてたってか? 何なの、親友との約束が、あんな中身スッカスカの野菜より軽いっての?』
「反省してま〜す(笑)」
『ったく、マジでちゃんと来てよね』
電話越しでも、彼女がため息まじりに肩を落とし、言っているのが分かった。
実は次の日曜日に、近所の公園のゴミ拾いのボランティアに誘われていたのだが、そのことをすっかり忘れてしまっていたのである。危うく彼女との、オブラートより薄っぺらい友情に、ヒビが入ってしまうところだった。
しかし、
「う〜ん、でもやっぱ、気乗りしないなぁ」
『何を今さら。賭けに負けたくせに』
「普通、5点差で逆転されるなんて、誰も思わないじゃん。今年もBクラスだよあのチームは。優勝なんて今世紀中はないね。リトルリーグ相手でも負けるよ、絶対ぃ!」
と、アイは悔しそうに携帯に毒づいた。
ナマケモノの生まれ変わりと、自他共に認めるアイには、当然のことながらボランティア精神など、欠片も持ちあわせていない。
しかし、数少ない親友である明美に頼まれては何とも断りにくかった。
そこで、手伝うかどうかを、先日のナイターの試合で賭けをしていたのである。
結果はアイが応援するチームが、最初は優勢であったが、後半でまさかの奇跡的大逆転! テレビの向こうで、相手チームファンの歓喜を聞きながら、彼女のライフポイントはゼロになった。
「でもぉ〜」
『ちょっとぉ、ワガママ言わないでよ』
「だってあの公園、お化けが出るんだよ」
『はぁっ、何言ってんの?』
呆れ顔で言う明美に対し、アイの顔は本当に蒼白になっていた。
実は数年前、その公園で不思議な体験をしていたのである。
小学校からの帰り道、公園近くの売店でアイスを買い、公園内で食べてると、(あ〜あ、アレ美味しそう)(でも、下校途中の買食いは、禁止されてるハズだよ)(自分達のルールも守れないんだ)(バカだよ。あの子バカだよ)と、どこからともなく、囁くような声が聞こえたのである。
何事かと辺りを見渡したが、誰の姿も見えはしなかった。
ー「な、何? まさかお化け?」ー
恐くなったアイは、持っていたアイスを落っことして、逃げるようにその場から走り去った。
逃げながら、振り向き様子を見ると、まるでアイスを落とすのを待っていたかのように、数羽の雀が落としたアイスに群がって、美味そうについばんでいる。
「ま、まさかあの声は雀……………? そんなバカなコト?」
それ以来アイは、しばらくの間、その公園に近付くことが出来なかった。
しかも、こういった不思議な体験は、一度や二度ではなかった。
よくよく思い起こしてみれば、姿の見えない声は、幼い頃から何度か聞いていたのである。 家族で行った近所の動物園や、小学校の頃に行った自然公園の遠足で、などなど、その不思議な体験は幾度となくあった。
だが、まだ子供だった彼女は、それが何なのか結局は分からず、何故かその後は聞こえるコトも少なくなって、忘れかけていたのだ。
「明美には前にも言ったよね。私、お化けの声が聞こえるんだよ」
『はいはい、分かった分かった。今度テレビの、年末超常現象特番にでも出してもらおうね。だから、明日は時間に遅れないでよね。 遅刻したらデコピンだからねっ!!』
哀れ、アイの言い分は明美には届かなかった。
通話の切れた携帯片手に肩を落とす彼女を、電線の上のカラスが哀れそうに見つめていた。
気のせいか、鉛のように重い足取りで帰宅したアイがリビングに行くと、小学校3年生の弟の守が、ソファーに鞄と宿題を投げ出したまま、先日発売されたばかりのゲームに熱中していた。 この弟がゲームを始めると、少なくとも2時間はテレビを独占してしまう。 気分が滅入っているこんなときに、ゲームのピコピコという電子音は何とも耳障りだ。
しかもこの時間は、アイの好きなイケメン男優が主演の、連続ドラマが放送されている。 ビデオ予約はしてあるが、弟のせいで今観れないことが、何だかむかついてならない。
「ちょっと守、ゲームもそのくらいにして、早くテレビ観させてよ」
「いーじゃん。早い者勝ちだよ」
「何が早い者勝ちよ。子供みたいなこと言ってないで、早くゲームやめなさいよ!」
「みたいじゃなくて、僕、子供だもん。バッカじゃないの姉ちゃん」
「なっ……………ナマ言うんじゃないわよ」
「へっへ〜んだ、子供相手に、何ムキになってんの? カルシウム足りてる?」
「うあ〜っ、グーで殴りてぇっ、男みたいにグーで殴りてぇっ!!」
アイはヅカヅカとゲーム機の前に行き、いきなりリセットボタンを押した。
「あーっ、まだセーブしてないのにっ!」
「ふーんだ。お姉ちゃんの言うこと聞かない守が悪いんだからねっ!」
「姉ちゃんこそ、子供みたいなこと、するなよっ!」
「何をっ!!」
どちらが早いか、次の瞬間には2人は、掴み合いのケンカを始めていた。
数分後、ようやく騒ぎに気付いた父親の仲裁で、事態は収拾するかと思われたが、アイの帰宅時間がいつもより遅かった事を問われ、ネットカフェに行ったことがばれてしまい、彼女は夜遅くまで、両親からきつく灸をすえられたのだった。めでたしめでたし。
※※※※※※※※※※※※※※
翌日曜日。 明美との約束時間ギリギリまで爆睡し、寝坊に気付いて慌てて飛び起きながらも、しっかり朝食にトースト3枚完食後、思い出したようにアイは、愛車のママチャリ『エンタープライズ号』(古今の特撮番組がマイブームだった)のペダルを、無気力にこいで公園に向かった。
謎の声への不安もあったが、昨夜は叱られた上に、夕食のカレーに人参が入っていて、これ以上ないくらいにテンションが低い。
おかげで今朝は、最悪な気分である。
天に両手をかかげ、「みんな、オラに元気を分けてくれ」とでも叫びそうになったが、でもよくよく考えたら「いや、でももしも本当に技が成功したらあれじゃん。町中で大爆発じゃん。やめといたほうがいいよ、うん!」
と、ちょっと赤面しながらやめ、
「う〜っ、みんな大っきらいだぁ…………」
誰に言うでもなく、唸るようにぼやくが、その後が続かなかった。
今にして思えば、全部自分に非があったと思えるだけの、人並みの良識はあった。 良識はあったが、素直にそれを認めるだけの器はないのである。
結局、モヤモヤした気分をどうすることもできずに、公園に向かう途中にある商店街を、ため息を何度もつきながら進んでいると、
「……………………ん?」
ある一軒の店先の陳列棚に、何やらキラリと光るモノが目に入った。
「何だろ?」
そこは骨董品店であった。 謎の光の正体が気になったアイは、自転車にまたがったまま店先に停車し、陳列棚に目をやった。
ショーウィンドウのガラスの向こうで、古い壺や皿、香炉や鎧と並び、それが光り輝いている。 金属的な鋭い反射光にも関わらず、不思議と冷たさを感じない、むしろ暖かささえ感じる光を放っていたのは、一振りの日本刀だった。
鞘も鍔も柄も無く、刀身本体と茎(柄の中に収まる部分。ここに作者名などが彫り記される)だけだが、何かオーラのようなものが、ジンジンとガラス越しに感じられた。
刀剣類には興味も何もなく、台所の包丁や学校の工作で使うカッターナイフさえ、さほど感心をもって見たり使った事もなかった。
テレビの時代劇だって殆ど見た事がないし、歴史の授業で習ったハズなのに、江戸時代とか鎌倉時代とか平安時代とか、どれが先でどれが後なのかも殆ど憶えてないくらい、彼女は日本史がダメだった。
にも関わらず、目の前の人斬包丁に心魅かれるものを感じずにはいられない。
「すごくキレイ…………………」
それを『キレイ』という、たった一言で表現するには、あまりに不十分に思えた。 まさにそれは芸術品と呼ぶべき代物だった。
刀の添え書きには、『備州長船祐定』と記してある。
「え〜と、び、び、びしゅう……………ながふね? ながふねひろさだ…………かな?」
正しくは『おさふねすけさだ』と読むが、彼女は1人、間違った読みで納得した。 悲しいかな国語もダメで、いつも彼女の通知表には無残な数字が記されるのである。
ちなみに『祐定』は、戦国時代長船派の代表的な刀工集団(個人名ではない)である。 多くの祐定作は、戦国の世で武器として使われた物が多いが、一部には「
ともかく、刀剣の価値など分かるわけもない彼女だったが、目に見えない何かが、視線を釘付けにして離さなかった。
刀が何か、自分に語りかけてきているような気さえして、アイはしばらくそこから動けなかったが、気がつくと十分近くも祐定を見つめていたことに気付き、
「あ、いっけね………………」
ようやく我に返ったアイは、明美との約束を思い出し、何故か気になる祐定を名残惜しそうに何度も振り返り見ながら、急いでペダルをこいだ。
ママチャリのエンタープライズ号には、ワープ機能がないのである。
「デコピンデコピンデコピ〜ンッ!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!」
結局、三十分近く遅刻してしまったアイは、明美の秘技『デコピン三段返し昇龍の型・弐式』の餌食となった。
必殺技を放った明美は、まるでどこかの暗殺拳の使い手のように、恐ろしげな覇気を放っている。
容赦ない明美の攻撃にアイは涙目で、
「だ、だぁってひろさだ君がぁ〜っ!」
何とか遅刻の理由にと、その名を言いかけると、明美の眼光が鋭く光った!
「むっ、誰よソレ? クラスにそんな名前の男子いたっけ?」
「あ、いや、その………………ちょっと気になるって言うか〜、ええ〜と………………」
「ま、まさかアイに、男がいたとはねぇ〜。で、どんな男の子なのよ? 早く教えなさいよぉ♡ 言わないとデコピンの呼○伍の型・瞬殺爆砕だからね!!」
「あ、あんた柱だったの?」
アイは肩を落とし、
「あ〜、その、偶然知りあった(一方的に)んだけど、実直で真直ぐな性格で、曲がった事が嫌いなお堅い日本男児」
と、視線を泳がせごまかすように言った。
あながち、間違った事を言っているわけではないだろう。堅いと硬いの違いはあったが、
「そ、そんなことより、早くゴミ拾いゴミ拾い。あ〜、忙しい忙しい(汗)」
アイは慌てて掃除道具を手にして、明美から逃げるように公園の芝生の方に向かった。
ゴミ拾いの参加者は、思いの外多かった。
街を奇麗にしようという、地元の人達の意識の高さが分かろうというものだが、そんな中、元々やる気のなかったアイは、他の参加者から逃げるように、公園の隅の方ばかり掃除していた。
だが、ここを選んだのはむしろ失敗であった。
公共の場所にゴミを捨てる場合、捨てる側にも多少なりの後ろめたさがあるのだろう、公園の中心より、むしろ隅っこにこそ、多くゴミは捨てられている。
長い間の風雨にさらされて、ボロボロになったタバコの吸い殻や、中にドロが入り込んだ空缶などが、あちこちに落ちていて、そのせいでアイのゴミ袋は、ボランティアの参加者中、真っ先にいっぱいになってしまった。
適当に手を抜いてごまかす、といった事の出来ない、生き方も不器用なアイは、何も考えず、そのゴミをせっせと集めるのだった。
「おーおー、感心感心」
気がつけば、汗だくになりながらも必死に掃除をしていたアイを、明美は冷やかすように言い、言われたアイはというと、
「う……………、うるせ〜っ」
と、肩で息しながら答える始末だ。
しかしその甲斐あって、アイが担当した辺りは見違えるように奇麗になった。
「うんうん。よくやったよくやった。褒めてつかわすぞよ」
「ハァハァ、だ、だから、うるせーって!」
「さあ、もうちょっとで一段落だよ。さっさと遅刻した分働け働けぇ〜!!」
「ううっ、鬼めぇ〜」
新しいゴミ袋を渡され、アイは恨めしげに言いながらも、素直にゴミ袋を持って、今度はさっきとは反対側に向かった。
行くと、さっきの場所よりも、さらにゴミの量が目立って多かった。
しかも、明らかに家庭ゴミと分かるものばかりで、御丁寧に袋詰めで山積みにされていた。 それもそのハズ。 そっちは民家に面している上、公園に沿って自動車道が通っていた。
わざわざ家のゴミを、ここに捨てに来る輩が後を絶たないのだ。
「こんなとこに捨てるくらいなら、ちゃんと自分家のゴミ捨て場に捨てればいいのに」
改めて袋に入れる手間が少ないとはいえ、量が量である。捨てられた、やたらと重いゴミを、アイは必死になって運んでいった。
それを5回は繰り返しただろうか、少しはその場もキレイになりかけたとき、アイは再びあの声を聞いた。
(危ないよ、危ないよ)(逃げて、逃げて)
「え?」
次の瞬間、『ゴンッ』という鈍い音と、後頭部に鈍痛を感じ、彼女は前のめりに転ぶと、視界の端に宙を舞うビール瓶と、走り去る車が見えたかと思うと同時に、意識は暗転した。
※※※※※※※※※※※※※※
「ええ〜と、私、どうしちゃったんだろ???」
アイは今、どこか中世ヨーロッパの、田舎を思わすような景色が広がる田園にいた。 彼方に煉瓦造りの風車小屋があって、干し草を積んだ馬車が、畦道をのんびりと行き来している。
反対側を見ると、広大な麦畑があって、その向こうに少し大きな町があった。
映画か、美術の教科書に載っている絵画でしか見たコトのないような、のどかな景色である。
「ああ、夢だ。 うん、夢夢。 だって私、パスポート持ってないし」
ちょっと納得して、
「それにしても、小学校の頃、ヨーロッパとかをのんびり旅行するのが夢だったんだよね、って、これ、夢の中だったけ? 夢違いだよ、まったく」
言ってから、虚しさを感じる。
下手な1人ボケツッコミが、妙に恥ずかしかった。
今のくだらない駄洒落を、誰かに聞かれたりはしなかっただろうかと、あたりをキョロキョロと見渡し、
「ああ、間違いない。いやホント、夢以外ありえないわ」
ふと見た彼方の上空を、航空力学を無視したデザインの、背中にコウモリのような翼を生やした巨大なトカゲが飛んでいた。
あんな生物が、実在するわけがない。
「私も守のコト、言えないわ。きっとゲームのやりすぎね………………………」
夢の中で目まいを感じ、こめかみを押さえ、先月買った人気RPGシリーズのことを思い出す。
さすがに買って1週間で、全ステージクリアはハマり過ぎだろう。
自分も弟勝りのゲームバカだと思い、肩をすくめてため息をついた。すると、
「やっぱり私、重症のゲームバカみたい」
彼女のはるか頭上を、巨大な物体が通り過ぎて行った。
それは、SF映画に出てくるような、巨大な宇宙戦艦だった。
宇宙戦艦は頭上で空中停止をして、例の巨大トカゲに機首を向けた。
前方のハッチが開いたので、ビーム砲か戦闘機でも出てくるのかと思ったが、そこから出て来たのは、身長10m程の巨人であった。
しかもその巨人は、時代劇に出てくるような、鎧武者の姿をしている。
時代設定も何も無茶苦茶だ。
そして巨大鎧武者は刀を抜き、トカゲ、いや、もうドラゴンと言っていいだろう、それを一瞬にして切り捨ててしまった。
「ゆ、夢から覚めたら、しばらくゲームするの、やめとこ………………………」
そう心の中に誓ってみるが、夢から覚めたらそれすら忘れるのがこの娘ある。
ただ、このときアイは、その巨人が持っていた刀の形が、妙に気になった。
今朝見た祐定とは、何か雰囲気が違う。
最初は何が違うのか分からなかったが、意識して見ていると、巨人は刀を鞘に戻すとき、時代劇の侍と違って、刀身の刃がある方を下向きにしていたのである。
こんなこと、普段は意識したりしないだろう、ましてやど天然娘のアイなら尚更だ。 なぜ、そんなコトが気になったのか本人にも分からない。
夢とは記憶の中から生まれる。だから、記憶にないものを、夢で見ることはない。
「何で、あんな風に?」
そう思ったところで、アイは夢から覚めた。
※※※※※※※※※※※※※※
目が覚めたとき、アイは病院にいた。
ただし、いたのはベッドの上ではなく、病室の天井あたりであった。
彼女は天井のすぐ下あたりを、漂うように浮遊し、眼下のベッドに横たわる自分自身と、数人の医者や看護婦、そして心配そうにアイを見守る明美や、一緒にボランティアに参加していた人達を見下ろしていた。
(え、え、え? こ、これって幽体離脱だよね?)
自分自身が今、死の淵にいる状況だというのに、魂は貴重な体験をしていることに興奮した。
やはりゲームのやりすぎなのだろう、死んだら最後、魔法の薬でも、不思議な呪文でも、人は蘇らないというのに、『死』というものに対して、イマイチ実感がない。
アイは再び、眼下の自分を見下ろした。
ベッドの横には、病院を舞台にした映画とかドラマで見る、心電図っぽい機械があった。
それが、不安定なリズムで心音を奏でている。
リズムの乱れは徐々にひどくなり、そして、
『ピーーーーーーーーーッ』
映画と同じように、最後には今までで最も安定した、一定のリズムとなった。
それを見て医師は、彼女の脈を調べ、瞼を開いて瞳孔を見、残念そうに首を振って、最後に腕時計で時間を確認して看護婦に告げた。看護婦もこういった場面に慣れているのだろう、無表情で時刻をカルテに記している。
医師は明美達に小声で「お気の毒ですが……………」と、お決まりのセリフを言い、それを聞いて、明美は大声を上げて泣きだした。
その様子を、浮遊したままのアイは、漠然と見ていて、
(………………………………………あれ?)
結局、生き返らなかった自分に、一瞬だけ戸惑った。
ベッドの上の自分自身は、血が滲んだ包帯で頭をグルグル捲きにされ、顔は青白く、素人目にも生きているようには見えなかった。
目の前の自分は、死人の顔をしていた。
(そっか、私……………………死んだんだ)
意外にもアイは冷静だった。
あまりに急なことで、事態を理解しきれていないのかもしれないが、それでも落ち着いていられた事が、自分でも不思議に思えた。
今までに、何か思い残したコトはないか考えたが、死ぬなんて思ってもいなかったので、全然思いつかない。
(そう言えば、今日は日曜で月曜は祭日だったから………あーっ、やっべ、昨日ジャ○プの発売日じゃん。天国行く前に本屋さんに行かなきゃ!)
アイはそこで初めて焦った。
(天国にも本屋さん、あるかな? コンビニならありそうな気もするけど)
やはり冷静でもなかったようである。
するとそこへ、事故を聞いて病院に駆けつけてきた、両親と弟が入ってきた。
事情を明美から聞いた3人は、遺体となったアイに抱きついて泣いた。
それをアイは、複雑な心境で見下ろしている。
脳裏に、昨夜のつまらない親子ゲンカの様子が過った。
何であんな、くだらないことなんかで………………?
(私のために、泣いてくれるんだ……………ゴメン、母さん、父さん、守)
「姉ちゃんっ、姉ちゃ〜んっ!!」
見ると、守が昨日とは別人のように、大声を上げている。
あんなにケンカしていても、やはり姉のことを誰よりも想っていたのだろう、思わずアイも目頭をあつくした。
「姉ちゃん、ゴメンよぉぉっ!」
(?)
「先月買ったゲーム。アレ、姉ちゃんのお気に入りだったパンツを、近所の美人のお姉さんのだって言って、知らないおじさんに売って買ったヤツなんだ。だけど、今なら許してくれるよね?」
目頭の涙は、一気に消え失せた。
アイは拳をプルプル震わせ、
(守ぅ〜、あんただけは絶対呪い殺すっ!)
恨みの一言を言うと、視界は再び暗転した。
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