第161話 赤ん坊、加勢する
抜刀した黒い服装の男たちが、六人か。
思っていると、後ろにいたディーターとシャームエルが急ぎ左手に進み出た。
そちら、王宮方向の手前の小路からも、同様の男たちが現れたのだ。四人、か。
右手の六人には、テティスとウィクトルが立ち向かう。
しかし僕の側をしっかり防御した分脇が空き、黒い二人が門の中に駆け込んでいた。
すぐ中には従業員一同が、僕を送るため立っている。戦闘力があるのは、護衛役の二人だけだ。
「まかす、こどもたちを、なかへ!」
「は、はい!」
護衛二人が剣を抜き、残る者たちは小屋の入口へ走る。
門の外では、剣戟が始まっていた。
右も左も、こちらの護衛が二人ずつ、賊が四人ずつ、ということになる。
何処も、予断を許さない情勢だ。
相手の人数は味方の二倍近く。剣の腕は分からないが、楽観のしようがない。
門の中は二対二だが、護衛たちの腕は正規の兵より劣る。ちらり見える表情は必死で、向かう攻撃を躱して時間を稼ぐのが精一杯なのではないかと思える。
離れた王宮門番にこの騒ぎは見えているかもしれないが、あちらから兵が駆けつけるのは間に合わないかもしれない。
敵もおそらく、数の差で短時間に事を済ませるつもりなのだろう。
ただ、敵の武器も剣だけらしい。ナイフなど、飛道具がないのが救いか。
「ててす、いくとる、てまをかけない!」
「は!」
「は!」
明瞭な返答を聞いて、僕は王宮側へザムを寄らせた。
こちらに背を向けたディーターとシャームエルに、敵が二人ずつ斬りかかるところだ。
がき、と剣が打ち合わされ、護衛二人は辛うじて複数の攻撃を躱す。
「う」と呻いたシャームエルの腕に、剣の切っ先が届いたようだ。
迷わず、僕は手を差し上げた。
こちらを向いた賊四人の目に、続けざまにサーチライト状の『光』を照射。
「わ!」
「わあ!」
黒装束の男たちが、一瞬怯む。
その隙に、ディーターとシャームエルの剣が相手の腕を斬り払った。
続けざまに、四人が倒れ込んでいく。
「ざむ!」
結果を見届ける暇もとらず、方向転換。
しかし逆側では、すでに勝負がついていた。
「うが――」
「げほげほげほ――」
黒い四人が噎せ返りながら、地面にのたうち回っている。
のたうちながら押さえた足に、赤いものが見える。
二人とも『水』を気管に叩き込む攻撃の後、足を払って逃亡できなくしたらしい。
今回は飛道具のない接近戦だから、この二人ならそれぞれ二三人程度は即座に戦闘不能にできるはずだ。
「なか!」
「「は!」」
その護衛二人とともに、門の中に駆け込んだ。
とたん、眩しい光の点滅が見えた。
直後、二人の賊が護衛に切り伏せられていた。
「ぐわ!」
黒装束が、続けざまに倒れ込む。
見ると、護衛の背後に離れてグイードと東孤児院の少年が立っていた。この二人が僕と同様、加護の『光』で加勢したらしい。
以前から、打ち合わせていたことだった。
帰り道などで襲撃を受けた場合、迎撃は護衛に任せて子どもたちはすぐ安全なところへ逃げること。
加勢するとしたら、護衛の背中側から相手の目を狙う『光』照射のみ。それ以外は絶対抵抗するな。
ということになっていた。
子どもたちに、ほぼ戦闘力はない。『水』や『火』を防御に使うには、かなりの修練がいる。『風』は論外。
ただ『光』は相手の目を狙うという心がけだけで、ほとんど練習がいらない。そこそこ離れた立ち位置からでも、照射は可能だ。最近は真夏の頃より帰り道が暗くなっているので、効果は高い。
そういう理由で、全員で打ち合わせてあったものだ。
「はあ、はあ」
「やった」
短い時間の交戦だったが、護衛二人は肩で息をしていた。やはり一対一ではかなりの苦戦、加勢がなければ危なかったのだと思われる。
「みんな、けが、ない?」
「はい」
小屋の戸口前に固まった従業員たちの中から、マーカスが返答した。
本当にあっという間の戦闘で、屋内に逃げ込む暇もなかったようだ。
がやがやと門の外が賑やかになったのは、王宮から兵が駆けつけてきたのだろう。
「もう、あんしん」
「そう、ですね」
それでもびくびくの様子でマーカスとアントンが出てきて、外を覗いた。
それを押しのけるようにすれ違って、ディーターとシャームエルが駆け込んでくる。
「ごえいのみんな、よくやった」
「何とか、役目を果たせました」
ようやく表情を緩めて、ウィクトルが額の汗を腕で拭っている。
横で、テティスも頷いた。
「それでも、危ないところだった。敵は数を頼んで短時間で勝負をつけるつもりだったのだろうからな」
「うむ。こちらもルートルフ様に声をかけていただいて迷わず『水』を使ったので、討ち果たせたがな。少しでも遅れたら、どうなったか分からん」
「だな」
ディーターとシャームエルも、相当に息を荒げている。
見ると、シャームエルの右袖が裂け、血が滲んでいた。
「だいじょぶ?」と訊くと、真顔で頷きが返った。
「問題ありません、かすり傷です」
「さっきの光は、ルートルフ様ですね? お陰様で、命拾いをいたしました」
「あの加勢がなければ、危ないところでした」
「よかった」
口々に礼を言われ、受けていると。
外から、顔馴染みの王宮衛兵小隊長が速歩で入ってきた。
後ろで兵たちが賊を捕縛しているのが見える。
「ルートルフ様、ご無事ですか」
「ん」
「賊は全員で十人ですね」
「だとおもう」
続いて衛兵が駆け込んできて、倒れた黒衣の二人に寄っていく。
こちらは、さっきからびくとも動かない。もう息がないのかもしれない。
外の八人は証言をとるために
ようやく子どもたちも安心して動き出し、お手柄のグイードたちが肩を叩かれている。
一通り確認して、小隊長は苦い顔で戻ってきた。
「こんな王宮の目と鼻の先で、暴挙に及ぼうとは。それも、これほどの人数を揃えて。――調べてみなければ分かりませんが、どうも向こうとこちらの小路、それぞれ両側に分けて少人数ずつ、なるべく人目につかないように潜んでいたと思われます」
「ん、だろね」
「狙いはルートルフ様のお命か、身柄を攫うつもりだったか、でしょうか」
「たぶん。こちらのこどもをねらう、つもりもあったかも」
「幸い外の賊は、腕や足を斬られた程度で命に別状はありません。動機や何処から来たものかなど、証言は採れると思います」
「よろしく」
「まだ確かなことは言えませんが、奴らの所持していた剣、どうもダンスク製のように思えます」
「そう」
その後、孤児たちは改めて護衛をつけて帰らせた。
僕も衛兵に囲まれて、王宮に戻る。
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