第157話 赤ん坊、戒める

「確か、シェーンベルク公爵領の山中で見つかった、燃える液体を使うのだったな」

「ん」

「ゲーオルクに持っていかせた指示では、素焼きのかめにその液体を汲み、ぼろ布で蓋をしておく。戦場ではその布に火を点け、瓶ごと投石機で投擲する、ということだったか」

「そ」


 まとめるとこの程度で説明できるのだが、僕の口ではたいへんなのだ。

 さらにゲーオルクに理解させて指示を送り、公爵領で適度な燃焼が広がる使い方を実験させて、実用化を目指さなければならなかった。


「何と、その燃える液体というもの、話にだけは聞いていたが」宰相が唸った。「そういう兵器への使い方があったのか。火矢や、火の点いたものを投げつける武器というものはこれまでに聞かぬでもないが、そういうものより威力があるのか」

「じめんに、よくもえひろがる。しょうか、しにくい」

「そうなのか」

「実用化したものは、瓶に入れて人の頭程度の大きさになったそうだ」シェーンベルク公爵が説明を引きとった。「それを投石機で、二~三百マータほど飛ばせる。落ちた先で半径二十マータ程度まで燃え広がる、という報告だ」

「なるほどな」

「少し前にこの燃える液体が見つかったときは、何か使い道がありそうではあるが、悪臭はあるし人体への害が危ぶまれる、燃やした後にかすなどが残るので燃料としても使いにくい、ということで採取もためらっていたのだがな。兵器に使うのならその辺りもほぼ問題とならない。実際思いがけないほどに燃え広がって周囲の度肝を抜くし、水をかけても布で叩いても容易に消火しないので、戦場では敵に混乱をもたらすことだろう」

「うむ、そういうことになりそうだな」

「今回の指示では、敵軍の先頭二百人ほどを前に残した後方を目標に、それを投擲する。多少左右の距離を置いて三個ほども落下炎上させることで、直接炎に包まれた被害は多くなくとも、その後ろの軍勢を分断させる効果は望めたと思う」


 公爵の弁が、どんどん熱を帯びてきた。

 兵器としての実用考察の話になって、横から騎士団長も大きく頷きながら身を乗り出してきている。


「なるほど、直接の殺傷威力より、敵軍の構えを乱す効果が望めるわけですな。広く燃え広がって消火もしにくいとなると、なかなかそれを乗り越えて進むこともできず、軍が分断されると」

「殺傷力も、それなりにあるのではないか」宰相も熱心に言葉を続けた。「この報告の人数などはまだ正確ではないだろうがおおよそのところで、まず先頭の二百人と剣を交えた、その後方に新兵器を打ち込んで後続と分断した、ということになるようだ。先頭二百人に味方五千人の兵が相対することになり、およそ百人を捕縛、残り百人程度を斬り伏せたということになるのだろう。敵の死者二百名程度ということだから、残り約百人は新兵器の直撃か延焼によるものと考えていいのではないか」

「そう考えてよさそうですな」


 大人たちの声はどんどん熱くなっていくが。

 どうしたものか。それに合わせて、僕の腹辺りに重いものが沈殿してくるようだ。

 背中が冷たく、腹が生温かく。

 大きく息を吸い吐いていると。

 不意に、周囲の声が遠のいた。

 気がつくと、両耳が父の掌で覆われていた。


「恐れ入りますが閣下、そのような生臭い話は……」

「おお」宰相が、わずかに目を丸めた。「そうか、ことさら赤子に聞かせる話ではなかったな、申し訳ない。少し前のめりになってしまったが、このような検討は後でもよいことだった」

「真に申し訳ありませぬが、これ以上ルートルフに異変が見えるようであれば、耳をふさいで退室させていただきます」

「うむ。こちらも配慮するし、そうしてもらって構わぬ」

「確かに、赤子の前で話題には気を配るべきだったな」シェーンベルク公爵も、細かく頷いている。「とにかくも今日の事態は喜ばしいし、ルートルフくんには感謝したい」


 父の配慮は嬉しいのだが。

 国王に次ぐ国の重鎮たちを前にして、低位貴族のこのような無遠慮な発言が許されるものか。かなり肝を冷やしてしまう。


――ずっと明らかに無礼な口をきき続けている、本人が言うことじゃないけど。


 それでもやはり、直接死者の話題になると精神的負担が強いようで。話を変えてもらえるのは、大変ありがたい。


「確かに、そうですな」騎士団長も少し声を落として、頷く。「それはともかく、その後の方が気になります。本来なら延焼の状況を見極めた後、後続の敵兵も何とか火を乗り越えて参戦してきそうに思われますが。報告ではすぐに撤退を始めたということのようですな」

「うむ」王太子も同意の頷きを入れる。「何というか、諦めが早いという印象だな」

「新兵器の威力が、あまりに度肝を抜いたということであろうか」


 公爵も、頷きながら首を捻っている。

 宰相も、それに頷き返した。


「であろう。他に考えられぬ」

「そういうことになりましょうな」騎士団長が、また身を乗り出す。「いやその新兵器、一度この目で見て確かめたいもの」


 周りも皆同じ思いのようで、しきりに首肯している。

 なににせよここにいる全員、実際にその兵器を見たことがないのだ。

 報告を読んで、ただ期待だけが高まっていくようだ。

 うーん、と僕は両手で頬を擦った。


「おおきなきたい、しないほう、いいかも」

「何故だ?」王太子が首を傾げる。「報告を読む限り、かなりの効果を上げたようではないか」

「ひはけしにくい、いっても、なれたらけせる。もえてても、つっきったり、のりこえたりできる」

「しかし今指摘されたように、敵軍はそれを見ただけで撤退したようなのだぞ」

「コリウスのじょうほう、もっていたんじゃ?」

「コリウス砦の?」

「あちらで、ひにからんで、おおきなひがいでた、くらいは」

「うーむ、確かにその程度の情報は入った上で兵を進めてきただろうな。そうか、コリウスの件が過剰に伝わっていれば、こちらでも見たことがないような形で火が使われた、最初は小手調べでもさらにもっと強力な攻撃が続くかもしれない、と疑うことになるか」

「ん」


 王太子はかなり僕の言いたいことを読み取るのに慣れていて、正直助かる。

 頷き合っていると。シェーンベルク公爵が横の騎士団長に尋ねていた。


「コリウス砦の戦でも、火が使われたのか」

「さようです。隧道の中で使われたので、敵に与えた被害は大きかったようです」

「そうなのか」


 今ここにいる面子の中では、この公爵だけがコリウス砦の詳細を知らされていない。

 一般には、今騎士団長が答えた程度にぼかして伝えることにしている。

 宰相も平静な顔のまま、王太子の言葉を受けて続けてきた。


「確かに、コリウスの件を聞いた上で半信半疑で警戒しながら進軍してきた、ということは考えられるな。あちらでは大きな被害が出たが、そう何処でも実現できるものではなかろう、とある程度楽観した上でのことかもしれぬ。それがこちらで新兵器の火を見て、一気に警戒の念が高まったと」

「そゆこと」

「そうしてみると、今回の結果は幸運に助けられた面があった、と思うべきかもしれぬ。その意味では新兵器の威力について、過剰な期待はせぬ方がいいと考えておくべきか」

「ん。いちじてき、ぶんだんこうか、ていど」

「今回の戦でも、その分断で時間を稼ぐ効果には、まちがいなさそうだな」


 宰相が見回すと、騎士団長も頷いている。

 他の者も、異論はないようだ。

 今回の新兵器は「火炎瓶かえんびん」と呼ぶことにした。他国への牽制の意味も含めてこれは広く伝え、シェーンベルク公爵領の製産物として他領にも広めていくことにする。


「ここまでのところで、考察できるのはこんなものか」


 悠長に長話をしている場合ではなかった、と宰相は腰を上げた。

 いつもながらに、ここでの考察をまとめて国王に報告を上げなければならない。


    ***


 本年最後の投稿です。

 これまで拙作をお読みくださった皆様、ありがとうございます。

 来年もよろしくお願いいたします。


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