第132話 赤ん坊、深読みする
「それ、こどもをおうとにすまわせるというの、おおきいよね」
「え、どういうことでしょう」
「ちちおやはちゅうおうでやくしょくをもち、こどもはがくいんでほかとこうりゅうし、ははおやもこちらにすまいをうつしてしゃこうをする」
「ああ、そういうことになりますね」
「かきゅうきぞくがそうしてこうりゅうひろげる、じょうきゅうのほうもあわてて、まけないようにする」
「そういう面はありそうですね」
「そっちのほうが、ちゅうおうのねらいじゃないかな」
「どういうことでしょう」
「そうして、おおくのきぞくが、ふゆのはんとし、おうとにすむようになる。おうぞくやちゅうおうに、りえきある」
「利益、ですか」
「かぞくがおうとにいるあいだ、きぞくたち、はんらんとかしにくい」
「反乱を防ぐ、家族は人質ですか?」
「けっかてきに、そのこうか、ある」
すべての貴族が学院に通わせる男子を抱えているというわけではないのだから、それがいちばんの目的ではないだろうが、設立の発案者の頭にその効果はあったのではないか。
国をまとめる方向に腐心していた施政者にとって、地方領主たちの動きを抑えることと中央に依存を寄せさせることは、大きな意味を持てたはずだ。
少し遅れてではあるが女子学院というものを開いたのも、さらにそれを押し進める目的ではないか。
貴族学院の設立に、国の中枢に優秀な人材を取り込むという意味はなくはないだろうが、女子学院まで必要は認められない。過去、領主や中央官僚級に女性が地位を得た例もなくはないようだが、そんなもの、国の機関として積極的に育成する必要を覚えるほどではない。
漏れ聞こえる女子学院の教育内容を見ても、そんな目的はないだろう。
一方で「他の貴族に倣って子どもを通わせる」、「子どもを王都に住まわせるなら母親もついてくる」といった意味合いでは、むしろ女子の方が効果は高い。
これによって冬場の半年間、かなりの割合の領主一家が王都で暮らす、という習慣が定着したのではないかと思われる。
「人質、ですか――そこまでは考えませんでした」
「ほかにもある、かな」
「何でしょう」
「ひと、あつまる。おうとのけいざい、まわる」
「ああ」
「ぜいしゅう、ふえる。それ、おうきゅうにはいる」
「そう、いうことになりますね」
学院生相当の子息を持つ貴族の数は数十といったところだろうが、一家全員が使用人とともに王都に居を移すとなると、数百人から千人前後の人口移動ということになる。平民と比べても経済への影響はかなり多大なものになるだろう。
大きく頷いて、ヴァルターは唸っている。
横を見ると、王太子は腕組みで肩を震わせているようだ。
「きょういくじたい、まちがいなくいみあるけどね。こくりょくのそこあげに」
「まあ、そうですよね」
「それいがいに、しそうきょういくにもなるし」
「え、何でしょう」
「ちりやれきし、おしえながら、おうけのせいとうせいや、あいこくしん、うえつけられる」
「は……」
「くわしくはわからないけど、そのへん、60ねんまえといまでは、けっこうちがうんじゃないのかな」
「はあ……」
くく、と鼻息らしいものが漏れ聞こえ。
ますます王太子の肩が震えていた。
「でんか、なにかいろん、ある?」
「私は、何も言わないよ」
「ん」
「しかし、政権上層部以外でこの件をそこまで深読みした者は、まずいないだろうな」
「そう?」
「こんな意見、他で聞いたことありませんよ」
「とにかく、きぞくがくいん、きょういくこうかいがいに、ちゅうおうにりえきある、おもう」
「そうなりますねえ」
「ぎゃくに、じんざいいくせいにじゅうぶんなしどう、できているか、ふあん」
「そこなんだよなあ」
王太子が、苦笑で頭をかいていた。
その顔が文官の方を向き、頷きかける。
「初等中等で六年間学ぶわけだが、世に出て実務の役に立ちそうな内容は、せいぜい最後の一~二年のもの程度だな」
「そうでしたね。それまでは本当に基礎的なことばかりで、ルートルフ様なら聞く必要もないかもしれません」
「で、多くの貴族子息はその一~二年の分を十分習得して学院を終えているとは言えない。別に卒業資格試験があるわけでもないからな」
「そうでした」
「当然ながら、女子学院の方はそうした内容まで至っていない」
「そう聞きます」
「といった、現状だ。学院運営の予算が十分とも言えず、指導側も大学研究者の余技といったものだしな。その辺の力の入れ具合を鑑みると、ルートルフの考察を邪推と撥ね付けることもできん」
「そなの」
王族の立場としては「邪推」と門前払いしたいところなのかもしれないが、研究職の一人としてまた別に思うところがあるということらしい。
これも早期から学院を始めることができた一因なのだろうが。
貴族学院では、授業料のようなものは徴収しない。すべて予算は国家から賄われている。
それだけならなかなか聞こえはいいが、つまりはたいして経費をかけていないらしいのだ。
生徒数は六学年、女子の方も合わせて、百人を超えるかどうかといったところ。
王宮と大学に挟まれた二階建ての校舎、男女別二つの建物に六つずつの教室で、ほぼ事足りている。
他の施設としては、裏手に体教用の広場がある程度で、その他に必要があれば王宮の舞踏会室や大学のものを使うのだそうだ。
それらの維持費を含め、ほとんど経費は必要としない。最もかかるのは教員の人件費ということになる。
その指導者の実態が、「研究者の余技」と表現される現実らしい。
いろいろ問題はあるにしても、将来の国を担う人材育成に相応しい教育現場になっているのならいいわけだが。王太子の様子を見る限り、そうしたところに満足できるものではないようだ。
なお、蛇足ながらつけ加えておくと。
ひと月前に王太子が、「この執務室では、学院でのつき合いに戻ったノリで儀礼抜きでいこう」という意味の発言をしていたが、別に貴族学院内で身分差無視の付き合いがされているというわけではない、ということだ。
あれは、もともとゲーオルクが王太子から見ると年上の親戚、幼馴染だったという経歴からなんとかタメ口近い関係が成立している、というだけだ。学院内で誰でもそんな口のきき方をしているわけではないし、王族や高位貴族子息が他に対してそれを許すことが美徳と受け止められるような空気はまったくない、らしい。
これも、当たり前だ。建て前にしろ何にしろ、貴族学院というものは実際に貴族社会に入っていく者たちがその準備として学ぶ機関なのだ。その中で、貴族社会の常識を身につけることを企図しないで、どうするというのか。
――とまあ、そうしたことは、僕も王太子やヴァルターからいろいろ聞いている。
それにしても、話がすっかり逸れていた。
――僕にしても、こんな深入りして考えるつもりはなかったのだけど。
いくばくかの疑問を解くべく、少し考察してみただけのことだ。
深読みを進めたにしても、だからそれを今後どうするべき、というものが浮かぶわけでもない。
――そもそも、何でこんなことを考え始めたんだっけ。
「ああ……」
「ん、どうした、ルートルフ」
「もともとのかんしん、としょかんだった」
「図書館? ああ、貴族学院のか」
「ちりやれきし、くわしいしりょう、ある?」
「元来は大学の図書だからな。あそこにある資料が我が国では最も詳しいものになっているはずだ」
「そっち、えつらん、かしだし、できない?」
「王宮図書室を通じて必要な資料を照会できるようには手配したはずだが、ルートルフが直接閲覧しに行きたいということか」
「ん、できれば」
「必要なら、そうできるようにしたいが……」
顎を撫でる格好で、王太子は考え込む。
何か難しい事情があるのか。
「少し、時期が悪かったかもしれんな」
「じき?」
「うむ。知っての通り、十の月から貴族学院が始まる」
「ん」
「大学の行事予定などもかなりそれに引っ張られていてな。学院の指導に当たる者は、その準備を九の月頃に行うことになる。それに合わせて、大学の研究発表や論文の締め切りなど、その前に終わらせようということで八の月から九の月に集中するのだ。当然、研究者たちの図書利用が増える。部外者を割り込ませるには最も難しい時期と言える」
「なるほろ」
「学院が始まるとそちらの生徒の利用が多くなって、ルートルフが出入りできる状況ではなくなるしな。その意味では、最も余裕があるのは四の月から七の月頃ということになる」
「ああ……」
今は、八の月が始まったばかり。確かにこの件を持ち出すには、最もタイミングが悪かったということになるようだ。
さすがに、大学関係者や学院生たちよりこちらを優先しろ、という主張はできない。
しばらくは、辛抱するしかないようだ。
王宮図書室をもっと漁ることにしよう、と思う。
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