第131話 赤ん坊、考察する

「何故、男女で別々なのでしょう」

「そういうものでございます」

「制度を変えてしまえばいいのに」


 パウリーネはまだ不満げに頬を膨らませているが。

 どう考えても、無理筋の話だ。

 貴族の子女について、男女混合集団で学ばせる制度など、天と地がひっくり返ってもあるはずがない。

 先日も同じような考察をした気がするが、貴族が貴族である限り、若い男女が自由に交流する場を設けるなど、治政者の頭の隅に欠片でさえも思い浮かぶはずがない。

 ちらりとでも想像するとしたら、先日のような第二王妃言うところの頭が花畑の虚構作家程度だろう。

 そんな考えなしの作家にしても、曲がりなりにも成人を対象とする騎士団なら何かの間違いで想像する程度はあるかもしれないが、分別に期待するより色気づきの方が先行すること待ったなしの十代中盤の青少年対象に、どれだけ正気を失っても考え近づけるはずもあり得ない。

 もしちらりと思いついたとしても、貴族社会の根底を揺るがしかねない青少年の自由な男女交流の危険を無視してでもそれを成立させるような、明らかに大きな利点を提示する発想でもなければ、虚構の中に描く度胸さえ持ち得ないのが当然だろう。

 こんな考察を浮かべること自体、独特の『記憶』を持つ僕の他にはいないはずだ。

 その『記憶』の世界では、男女共学の学校が常識的にあるらしいので、比較程度ならできるわけだが。

 そちらの男女共学というもの、かなり文化が発達したその世界でも、登場からはせいぜい百年以内程度だという。要するに、貴族主体の世界から根底の常識が完全に変わった上でなければ、まず絶対にあり得ないのだ。


――まあこんな考察をすること自体、時間の無駄だ。


 そんな間にパウリーネも機嫌を変えて弟と遊戯を再開している。

 我儘を通す余地を持つ子どもでさえそれほどあっさり諦め捨てるほど、常識としてあり得ない要求なのだ。


 それでもそんな僕の考察は、何となく翌日まで尾を引いていた。

 週明けになったが、ヴァルターの妹の出勤は次の日からということになったと、前日連絡があった。どうも登城用の身なりを調えるのが間に合っていないらしい。

 ということもあって、この日の付き人はナディーネになっている。

 ヴァルターとの打ち合わせにも、特別なことはなかった。

 ずっと一つの目標としていた通商会議の当日なわけだが、こちらでは特にすることもない。早くても午後からになるだろう、鳩便の報告を受けて対処すべきことができるかどうかといったところだ。

 つまるところいつものように、机に板の本を開いてよじ登ることになる。

 自国の近代歴史に関する記述を読みながら、以前から引っかかっている感覚を思い返していた。


 我が国を含めた近隣五カ国、事情は似通っているらしい。

 思い切り簡単に言ってしまえば、五十~百年ほど前までは、何処も内乱と外憂のくり返しだった。

 中央に王族が君臨し、周囲を領主貴族が治める。国王の地位も安定したり不安定だったりだが、それ以上に各領地は流動的、要するに互いに攻め取ったり取り返したりの連続だった。

 グートハイル王国では四百年以上今の王家の血筋が続いているが、他国ではもっと何度も入れ替わりがあったらしい。

 五カ国のおおよその位置づけは五百年程度変わっていないが、当然ながら境界地域に関する争いは絶えず、国土を増やしたり減らしたりがくり返される。

 それぞれの国内ではこれも簡単にまとめてしまうと、年中行事のような領地間の小競り合いが続く中、他国との戦端が開かれると国内では一時休戦としてある程度力を合わせることになる。つまりは数百年間、内戦状態を数十年、他国との戦闘状態が数年、ということをくり返してきたわけだ。

 こういう流れの中、やはり時を経るに従って、他国との争いが深刻さを増してくる。兵器の発達なども関連してくるのだろう、自国を護るためにはますます国中の力を結集する必要が増してきたことになる。

 五カ国の勢力争いの上では、それぞれ国内での王族の安定と各領主の協力態勢の確立が最善という認識になってくる。

 この辺りの流れ、単純にまとめられるものではないし、国によっても異なるわけだが。とにかくもおおよそ百年ほど前から、各国内での内乱は減り、国王を中心にまとまりを見せるようになってきた。

 それに従い、すでに知っているような友好国の連携もできてきて、国同士の争いもかなり抑えられるようになってきた。

 グートハイル王国の中でも、各貴族を中央に参加させて政治運営を行うように安定してきたのは、この頃からだった。


 以上、ここ数百年の粗筋なわけだが。

 今、少し引っかかりを覚えている件。

 我が国で貴族学院というものができたのが、六十年ほど前のことだった。

 つまりは、今の政治体制がまとまりを見せてきている最中、ということになるのだろう。

 その辺を、書物に出てこないことも含め、ヴァルターに確認してみた。


「そうですね、貴族学院の開校は、六十二年前です。今の中央省庁の制度が固まるより前のことになりますね」

「かなりはやいよね。ほかのくにでは?」

「こうした学校の設立は、我が国が最初です。他の国でも十年以上遅れて模倣した例がありますが、シュトックハウゼンには現在もまだそのような制度はありませんし、シュパーリンガーでは始めてまだ数年だったはずです」

「じょしがくいんは、ずっとおそいよね」

「ですね。我が国での貴族女子学院の開校は三十三年前ですが、他国には今でも女子の教育機関はないと聞きます」

「ふうん」


 そんなことを話していると、戸口におとないがあった。

 王太子の来訪だという。

 入ってきた殿下は、大きく息を吐きながらいつもの席に腰を下ろした。


「構わないで、そちらを続けてくれ。息抜きをするために来たんだ」

「あちら、おちつかない?」

「関係部署の長が忙しなく出入りして、通商会議の結果を待つ状態だがね。まだしばらく報告も着かないだろうに、いたるところぴりぴりしている」

「なるほろ」


 苦笑のような顔になっている王太子の前に、ヴァルターが茶を淹れて置く。

 カップを手に取りながら、その目がこちらを見回した。


「ルートルフは? 読書か」

「よみながら、ばるたとはなしてた」

「ほう、何の件だ」

「きぞくがくいんの、せつりつ」

「ふうん」

「62ねんまえって、ずいぶんはやくない? くにのちゅうおうたいせい、かたまるまえ」

「それだけ当時のトップの方々が、若年層の教育を重要視したということでしょうね」

「先々代の陛下は、ずいぶん先を見通す方だったと言われているな」

「ふうん、しゅごい」


 ヴァルターに問いかけを再開すると、殿下からも応えがあった。

 当時の国王に、先見の明があった。

 返答内容には、感心してしまう、が。


――それにしても、度が過ぎるのではないか。


 と、思うのだ。

 諸侯の次代を継ぐ者たちに教育を施す。

 国全体の底上げを考える上で、まちがいなく重要な目の付けどころと言えるだろうが。

 着手のタイミングとして、早すぎるのではないか。

 さっきも確認したように、百年前の頃はまだ領主たちの間に争いが絶えなかった。力を持った領主が王座を奪取しようという考えに至っても、何の不思議もない時代だった。

 それがようやく落ち着きを見せ、中央から安定を固めている最中なのだ。

 諸侯の子ども世代に力をつけさせようという、発想がそこに生まれるだろうか。

 そもそも王族貴族の子どもに平等共通の教育を与えるなどという思いつきは、過去に遡っても何処にも存在していないようなのだ。

 子どもの教育といえば、それぞれの家で家庭教師を雇うなどして行うのが古来の常識だ。

 教育は力、とは言うが、それぞれの貴族の家でどう力をつけるかは自己責任。領地の取り合いと同様に、それぞれの家でのやり方を競っているところだったはずだ。

 当然、財力などのある貴族がこの点でも有利になる。共通の教育の場を設けるということは、どちらかというと下級貴族に益する制度になるだろう。

 そういうものを、そんな時期に着手したのか。

 国の体制安定を進めている時期、その確立が最優先だろう。

 他国ではさらに何年も遅れた事実を見ても分かる通り、教育をそこまで優先するというのは少し変わった発想と言える。


 そんなことを話すと、ヴァルターは首を傾げた。


「確かに時期的に早いとは言えますが、まちがいなく意味のある施策だったことにはなるでしょうね。子どもたちに同じ教育を受けさせることで、貴族の方々に連帯感のようなものが生まれたというか。この五十年ほどで、それまでばらばらに領地を治めていた領主の間に協力関係が増してきたと言われています」

「そうなんだ」

「最初設立された学院を利用するのは、比較的下級の貴族が多かったようです。それを見ていた上級の貴族の方も、年を経るに従って増えてきたとか」

「ふうん」


 ちらと見ると、王太子は黙って小さく頷きながら聞いている。

 ヴァルターの説明に誤りはないということだろう。

 しかし、ふだんのやりとりならここら辺で王太子の補足が入りそうなものだけど、と思う。


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