第127話 赤ん坊、招きに応じる 2
「それから」と、妃はこちらに目を向けないまま続けた。
「昨日の件も、礼を言っておこうかの」
「ん?」
「妾はよく分からぬが、侍女たちは喜んでいるようじゃ」
「あ、ん」
切り出しがさりげなさ過ぎてすぐには何のことか分からなかったが、献呈した台車のことらしい。
この件については、正妃、第三、四妃からこの朝、礼状が届いていた。第二妃は直接会う予定があったので、口頭で済ますことにしたようだ。
なお、正妃と第三妃からの文は完全に儀礼的な文面だったが、第四妃のものは少し砕けた調子で、「ウィリバルト殿下の相手をしてくれてありがとう」という一文が添えられていたのが、少し意外だった。
「後宮内の贈答品で、主よりも使用人の方が喜ぶ品を選ぶというのは、初めて見た。やはり其方、変わっておるな」
「そかな」
「どの部屋の侍女も、昨日から喜んで使い回しているようじゃ」
「ひじょうしきじゃ、なかったかな」
「格式だけ誇りたがる輩は何と言うか知らぬがの。見た目だけ華やかで使い物にならぬ品よりは、実用になるものの方が本音のところではありがたいじゃろう」
「そ」
タベアが寄ってきて、妃の茶を淹れ換える。
いつものようにゆっくり一口して、穏やかに満足げな息が漏れる。
もう一口含み、静かにカップが戻され。
「さて」と、妃の口調がわずかに変わった。
「其方に、問い糾したいことがあった」
「は」
低く、威厳を含んだ底冷えのするような声音だ。
その横目が、ぎらりとこちらに落ち。
「あれは、何なのだ? 王女王子殿下に遊ばせたという」
「かーたという。こどものあそびどうぐ」
「聞いたことがないぞ」
「さいきん、つくった」
「む……」
淀みなく、即答すると。
ぎろりと、睨み下ろす視線がきつくなった。
そのような新しいものを、自分より先に王女王子が知ったというのが、不満らしい。
「どのようなものだ?」
「かみのふだ。53まいでひとくみ」
「そなことは、知っておる」
まあもちろんその程度までは、シビーラの間諜報告が届いているはずだ。
口調が苛立たしげに強められてきている。
話を引っ張るのもほどほどにした方がいいようだ、と思う。
「まだだれにも、さしあげたりうったりしていない」
――お
「うむ」
「ものがたり、にへんぶんかしてもらうのとひきかえに、きさきでんかに、けんていする」
「物語二編分、じゃと?」
「ん」
「それだけの価値があると申すか」
「たぶん」
ふん、と鼻が鳴らされた。
そうして、しばしの黙考。
「とりあえず、実物を見てのことじゃな」
「ん。なでぃね」
一声かけると、侍女は持参した道具を取り出してきた。
歩み寄ったタベアに手渡され、こちらのテーブルに運ばれる。
じろり、険しい横目がこちらに流れた。
「此奴、用意しておったのか」
黙って、視線を上に逃がしていると。
ふん、ともう一度鼻が鳴った。
続けて、「小癪な」と呟きが漏れる。
「どう、使うのじゃ」
「いろいろ」
試しに侍女たちに遊ばせてみよう、と提案する。
タベアに頼んで、二人の侍女に敷物を運ばせた。
その二人と、カティンカとメヒティルトに、円座を作らせる。
いつものようにシビーラは札を配る係、ナディーネには初心者への説明係を任せることにした。
そういう態勢で、例によって「オオカミとり」をプレーさせる。
慣れるに従って、この部屋の侍女二人も目の色が変わっていくのが分かる。
「ふむ。なかなか楽しめるようじゃな」
「ルールも覚えやすいですね」
妃とタベアが、感心の言い交わしをしている。
十周り程度したところで、ゲームを変えることにした。
「シンケースイジャク」に、また改めてプレイヤーたちは熱中していく。
「ふうむ」と、妃が唸っている。
「これも、遊び方は単純じゃな」
「しかし、さっきのゲームはかなり運任せですが、こちらは記憶力がものを言うようです」
「じゃな」
またややしばらく観戦を続けて、妃はこちらに視線を戻してきた。
少し興味が薄れた表情にも見える。
「いろいろ遊べることは、分かった。確かに、子どもの遊びじゃな」
「おとなでも、たのしめる」
「あれをか? 楽しめると言えばそうじゃな」
「おとなじゃないとできない、あたまをつかうのもある」
「そうなのか?」
「まだ、だれにもおしえてないけど」
向こうで決着がついたところを確かめて、シビーラに札を集めてこちらに運ばせた。
「ブラックジャック」と呼ばれるゲームのルールを説明すると、妃は両眉を寄せていた。
「それは、なかなか複雑じゃな」
「やりながら、なれれば、たのしめる」
大まかなルールをナディーネに紙に書かせて、テーブルに置いた。
僕が
「ん、これでいいのか? この札は10と見なすから、これで18じゃな」
「ん」
「よし、これでスティ《勝負》とできるのか」
「そ」
「ああ、こちらはバースト《負け》ですね」
「そ」
そうしてかなりの時間、妃は勝負に熱中していた。
周りで見守る侍女たちは、分かったような分からないような、という表情がほとんどだ。
札によって表記と違う数字と見なして即座に合計するのが、なかなか難しいらしい。
さすがにというか、妃とタベアは何とか順応している。
ルールを筆記するナディーネは真剣な顔で、理解しようと努めているようだ。
しばらくして、妃は眉間を擦る動作で札を置いた。
「これは、なかなか奥が深いようじゃ」
「左様にございますね。もっと回を重ねて、慣れる必要があると存じます」
「きぶんかえて、らくにできる、ひとりあそび、する?」
「それは、何じゃ」
妃に札の山を渡して「ソリティア」というゲームを教えた。
すぐに理解して、その手は軽快に動き出す。
「ほう。これは不思議と面白い」
「でしょ」
「確かに、一人でも遊べるというのが、いいの」
「ん。これも、だれもしらない。おしえるのはじめて」
「ふむ」
ひと段落、もう動かす札がないのを確かめて、妃は手を置いた。
ううむ、と溜息混じりに唸って、睨み眼をこちらに向けてくる。
「小生意気な狙い通りに乗るのも癪に障るが、よかろう。物語二編、貸し出す」
「ん、ども」
「最新のが意に染まぬので、仕方ない。残しておいたとっておきじゃ」
「やった」
どこか苦笑いで、タベアが奥に下がっていく。
運んできた二山の板を、丁寧に布に包んでカティンカが受けとった。
交換品のカータ札で、そのまま妃の手が「ソリティア」が再開している。
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