第113話 赤ん坊、遊びにつき合う 2
「よし、できた、21」
「くそ――」
僕の勝ち誇りに、王子は力なく札を落とす。
そんなとき。
こんこん、と扉を叩く音が聞こえてきた。
すぐに、ニコールが立っていく。
「何方か」
「パウリーネ王女殿下が、ルートルフ様に面会をお求めです」
「はい?」
当惑の顔を、ニコールは振り返らせた。
「はいっていただいて」と、僕は返答する。
それこそ先触れのないいきなりの訪問だが、王女殿下をそうそう門前払いするわけにもいかない。
お迎えのためにのたのた立ち上がっていると、戸口からは護衛を押し退けるような勢いで訪問者が押し入っていた。
鮮やかな衣装の少女がたちまち室内を見回す位置まで進んで、仁王立ちで指を突きつけてくる。
「やっぱりいた!」
「は?」
「何だってこんなところにいるの!」
確か、御年十歳であらせられたか、と記憶がたぐられる。鮮やかな金色の髪を肩で波打たせ、目元に気の強さを窺わせる王女だ。
以前廊下で一度すれ違った、それ以来の対面で、こんな殴り込みで詰問される覚えはない気がするけど。
よく見ると、そのさし示す指の先は、王子の方に向いている。
「うん?」
「ウィリバルト、ここで何してるの!」
「遊んでる。ルーフと」
「何でわたしのところに来ないで、こんなところで遊んでるの!」
――どちら様も気安く、「こんなところ」呼ばわりしてくれるものだなあ。
どちらの侍女も一斉に膝をつき、この場をどうしていいか分からない困惑の表情だ。
内心嘆息しながら、数歩進み出て。
王女に向けて、頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいました、おうじょでんか」
「ん、苦しゅうない」
「るーとるふ・べるしゅまん、です。いご、おみしりおきを」
「これはご丁寧に。パウリーネです、よろしくね」
それこそ子ども同士なので、儀礼に従った言葉遣いで淀みなくとはいかないが、思った以上に素直な挨拶が交わされた。
何か難癖をつけてくるかという危惧とは裏腹に、王女は弟王子の手元に好奇の目を釘づけにしている。
ただ純粋に、弟の行方を捜してここに辿り着いたということらしい。
「何、そのウィリバルトの持っているもの、何なのですか?」
「遊び道具」
「そんなもの、見たことありません」
「新しい。カータというんだって」
「見せなさい!」
弟から受け取った札をまじまじと見詰め、首を捻り。
じろりとこちらに、下問の目を向けてくる。
「どうやって遊ぶのですか?」
「いろいろ、できる」
試しに一緒にやってみよう、と王女にも履物を脱いで毛皮に上がるよう勧める。
ルールが簡単でいいものをということで、「シンケースイジャク」というゲームを説明した。
伏せて広げた札から二枚ずつ表に返して、数字が一致すれば手元にもらえる。記憶力の勝負になるが、とにかく単純だ。
王女王子もすぐにルールを理解して、三人で熱中していく。
予想以上に、お二方には楽しんでいただけた。
ただ。
「あーー、また負けた。どうして、ウィリバルトはそんなに強いのですか!」
「さあ」
とにかく勝負結果は、ウィリバルト王子の連戦連勝なのだ。
ほぼ例外なく、札の獲得数は王子、僕、王女の順になる。
「おうじでんか、きおくりょく、しゅごい」
「そうみたいね」
頬を膨らませて、王女は頷いている。
何しろこの王子、一度開いた札を完全に記憶して、まずまちがえることがないのだ。自分以外が開いた分も確実に覚えていて、すべて取っていってしまう。
僕もたいがい記憶は人に負けないという自負があるのだが、この少年には敵わない。
王女にそろそろ嫌気が差してくるのではないかという頃合いに、僕は提案した。
「つぎ、べつなあそび、しよう」
「そうね、そうしましょう」
パウリーネもすぐに同意した。
弟は、遊びであれば何でもいい、という様子だ。
赤ん坊として体力が続かない、という理由で、僕は一度身を退いた。
代わりに王女と王子の侍女を一人ずつ呼び寄せ、四人で円座を作らせる。
ナディーネを説明役にして、先日命名したところの「オオカミとり」を始めさせる。
こちらはほとんど計算力も記憶力も必要ないので、虚心に楽しんでもらえたようだ。
僕は本当に困憊気味になっていて、ソファにぼてっと凭れ沈んでいた。あの王子とつき合っていると、到底体力が保たない。
それでも王族を接待していてへばり倒れるわけにもいかないので、横からゲームの様子を観察していた。
王女が「わざと手加減とか許さないから」と宣言して侍女たちを参加させたので、四人で熱を帯びた戦いで、勝者は入れ替わっているようだ。
そういうことで、この勝負は楽しめているようだが。
やはり数字札のやりとりをしている中で、ウィリバルトの計算力が垣間見える場面があるらしい。
「ウィリバルトがこんなに頭の働きがいいなんて、思いませんでした」
「そう?」
双方の侍女たちも王女に同感の様子の中、王子本人だけが何のことやらと首を傾げている。
「こんなじゃ、姉の立場がなくなるじゃない」
目の前の勝負状況とは別に、憤懣で頬を膨らませている。
傍に立つナディーネをそっと招き寄せて、僕は向こうに聞こえないように囁き問いかけた。
「(おうじょでんか、さんじゅつ、にがて?)」
「(はい、あまりお好きでないようです)」
「(じの、よみかきは?)」
「(そちらはお勉強して、大丈夫のはずです)」
この秋からの貴族女子学院の入学を目指して、一年ほど前から家庭教師をつけて勉強をしているのだそうな。
ナディーネはひと月前までこの王女付きだったのだから、情報は確かだ。
「(あれ、おうじょでんか、まだじゅっさいじゃなかった?)」
「(来月、十一歳になられます)」
九の月で十一歳になって、十の月から学院に通うということか。
貴族学院の入学は標準十二歳とされているが、厳格な決め事ではない。
かなり本人や家族の希望次第、自由に任されているが、特別早く入学したら得になるということもないので、皆慣例に合わせているという実状だという。この十二歳入学だと、初等科卒業と十五歳成人の儀式を同時にできるので、現実的に都合がいいのだ。
現王太子は、自分の希望する研究を早く始めたいという理由があって、一年早く入学している。
この王女の場合、本人の兄王太子への尊敬と、母妃殿下の王太子に負けるなという拘りで、同様の早い入学を希望しているということだ。
入学時に資格や試験合格などの必要はないが、読み書きと算術について一定のレベルが身についていないと、恥ずかしい思いをすることになるらしい。
パウリーネ王女の場合、今目の前での弟とのやりとりを見る限りでは、どうも算術の習熟に難がありそうだ。初等科入学時の必要レベルについてはよく知らないが、二十以下の足し算にまごついている状況では、なかなかたいへんなのではないだろうか。
――とはいえ、僕が口を出すことじゃないしなあ。
十歳児の王族の教育問題に、赤ん坊に口を入れられても、関係者は困ってしまうだろう。
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