第112話 赤ん坊、遊びにつき合う 1

 それでも甘い飲物を干し、ウィリバルトは期待の籠もった目をこちらに向けてきた。


「それじゃ、あそぼう」

「うん、うん」


 カティンカとメヒティルトに命じて、大きな毛皮の敷物を運ばせ、居間の中央に広げた。

 履物を脱いで、子ども二人、その上に這い乗る。

 シビーラに第一弾作成のカータをひと組持ってこさせ、表を上に敷物上にばさばさと撒き広げた。

 初めて見る道具に、王子もその側仕えたちも好奇の目を瞠っている。


「何、何これ?」

「あたらしいあそびどうぐ。かーたという」

「うんうん」

「よっつのしるしごとに、1から13までのすうじをつけて、ぜんぶで52まいある」


 答えながら僕は広げた中からオオカミ札を取り除け、黒の「▲1」と「◆1」、赤の「▼1」「●1」を選んで順に横に並べた。

「▲1」と「◆1」をウィリバルトの方に寄せて、指さす。


「いまは、そっちのくろいのがでんかのぶん、あかいのがぼくのぶん」

「うんうん」

「そっちのひろげたなかから、これとおなじしるしのふだをさがして、すうじがじゅんばんになるようにならべていく。はやくぜんぶ、ちゃんとしたじゅんばんにならべたほうがかち」

「おお」

「わかった?」

「うん」

「じゃあ、ようい」

「お」

「はじめ」


 たちまち目を輝かせ、ウィリバルトは黒い札を選び始めた。

 ルールを正確に理解したようで、「▲1」の下に「▲2」、「◆1」の下に「◆2」、と選び出して置いていく。

 ただ、最初のうちは札に描かれたしるしの個数を見てとるだけで順序も分かるだろうが、数が大きくなっていくにつれて区別もしにくくなるはずだ。

 その点で初回からしばらくだけなら、札を見慣れていてかどの数字を読むことができる僕の方が有利になる。

 ――と、思っていたのだが。


「できた」

「わあ――まけた」


 僕の、完敗だった。

 見る限り、数の順序に迷った様子もない。

 となると、手を伸ばして札を移動させるだけで済む相手と、ぱたぱた這って移動しなければならない僕と、明らかに体格の面でハンデがあるのだ。


「どうだ」

「しゅごい」


 胸を張ってみせる王子に、僕は首を垂れて見せた。

 未練たらしく見えるかもしれないが、そのまま自分の残り札を並べ足していく。


「でんか、これ、すうじよめた?」

「よめない」


 札の角の文字を指さすと、ウィリバルトは即座に首を振った。


「じゃあ、しるしのかずかぞえたんだ。しゅごい」

「ふふん」

「なら、すうじおぼえたら、もっとはやくなる」

「そうなの?」

「ん」

「覚える。教えろ」

「このじゅん」


 もうしるしごとに数字順に並んでいるのだから、角の記入を指さして、「1」「2」……と読み上げていく。

 目を輝かせて、ウィリバルトもそれに復唱で続いた。


「おぼえた?」

「覚えた」

「じゃあ、これは?」


 手前の赤札をかき混ぜて、手でしるしを隠した一枚を出してみせる。

 角の記入だけを見て、ウィリバルトはすぐに答えた。


「8」

「これは?」

「12」

「え、すごい――」


 堪りかねたように、後ろの男爵令嬢が声を上げてきた。

 敷物の上に膝をついて身を乗り出し、僕に伺いを立てる。


「ちょっと、いいですか?」

「どぞ」

「殿下、この数字は?」

「11」

「これは?」

「9」

「ほんと、覚えていらっしゃる!」

「ふふん」


 胸を張る主の傍らで、侍女は呆然として同僚と顔を見合わせている。

 僕はシビーラを呼び寄せ、札を集めててんをきらせた。


「なら、もっとむずかしいあそびも、できる」

「何、何?」


 二人向き合って座り、シビーラに指示して札を配らせる。

 まず二人の前に、二枚ずつ表を上にして置く。

 残った札は「山」として裏を上に傍らに積み上げる。

 最初に、山の約上半分を取って、逆側の「捨て場」に表を見せて広げる。


「じぶんのまえのてふだ、たして21になったら、かち」

「うんうん」


 21になっていなかったら、手札を一枚捨て場に捨てて、山から一枚を取る。

 そこで21になったら勝ち。21を越えたら負け。

 その一枚交換を、二人代わる代わるくり返す。

 何処か、18以上で21より小さいところで、「ストップ」をかけることができる。その場合相手はもう一度だけ交換を行い、21より小さくて近い方が勝ちになる。同じ数なら、引分け。このとき相手は、交換しない選択もできる。

 山の札がなくなったら、そこで終了。21より小さくて近い方が勝ちになる。同じ数なら、引分け。

 ちなみにこれ、今僕が即席で考えたルールだ。したがって、何処かに不備が生まれない保証はない。


「わかった?」

「分かった」

「じゃ、やってみよう。でんかから」

「うん」


 ウィリバルトの前にある二枚は「5」と「9」だ。「5」を捨てて、山から一枚を取る。「6」が出た。

「15だ」と口にして、ウィリバルトは頬を膨らませた。

 僕の札が「4」と「12」なので、それより小さいという不満だろう。

 僕が「4」を捨てて一枚取ると、「3」が出た。


「わ、へった」

「ふふん」


 一転嬉しそうに、ウィリバルトはまた交換。

「6」を捨てて、「10」が出た。

「19」と呟いて、僕の顔を見る。


「ストップ、できるんだね?」

「ん」

「じゃあ、ストップ」

「ん。じゃあ、こっちはいちまいこうかん」

「うん」

「よしこい、8か9」


「3」を捨てて、一枚めくる。

 出た数字は「11」だった。


「23。ルーフの負け」

「ざんねん、まけた」


 首を垂れてみせると、相手は得意げに拳を握っている。

 見る人が見たら、運任せで単純すぎる遊戯、と思うかもしれない。

 ただ、この場で重要な点がある。

 僕ら二人はほとんど手を止めず札の動きを続けているのだが、見守る侍女たちの中には「あれ?」「あれ?」という表情でついてこれない様子の者がいるのだ。

 当たり前だがこの遊戯、足し算ができなければ参加できない。

 こんな小さな数の足し算の答えも、侍女の平均的な実態として、即答で出てこないらしい。せいぜい例の「頭の中で計算盤を思い描く」という現実なのだろう。

 うちの侍女たちにはときどき勉強させているので、計算ができないということはない。それでも答えを出すのに、わずか一拍間を置く、という感覚だ。

 それに比べて、僕とウィリバルトはほぼ考える間もとらず、計算と判断を続けている。

 先日から予想していたが、ウィリバルトの計算力は同年代どころかはるか年上の使用人たちを凌駕している、ということになる。

 それを理解して、見ている王子の二人の侍女は、まるで別世界に迷い込んだように呆けた顔になってしまっているのだった。


 そのまま勝負を続けて、僕とウィリバルトの勝敗はほぼ互角だった。

 一進一退を続け。

 息もつかせず手を動かしていたかと思うと、時おり考え込み。

 ウィリバルトは手札の「7」と「10」から「10」を捨てた。

 山から「8」が出て「むう」と口を尖らせている。

 興味惹かれて、訊ねてみた。


「でんか、いまなぜ、10をすてた?」

「9と10と11、もうない」捨て場を指さして、即答が返った。「10を残して12か13出たら、負ける」

「そうだね。1から6ももうほとんどないし」


 残り枚数を見ると、「12」「13」が出る可能性はそこそこ高いという判断になる。

 実を言うと最初に山の半分を捨て場に開くというルールにしたのは、ゲームにこういう判断を加えられるようにという目論見だった。

 そんな会話をしていると、囲む侍女一同がぽかんと理解不能の表情になっていた。

 何だかんだで、僕ら二人以外ついてこられないゲーム展開が続いた。


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