第107話 赤ん坊、ゲームをする

「ルートルフ様、これは何ですか?」

「あそびどうぐ。げーむにつかう」


 インクの乾燥を確かめて、訊ねてきたシビーラに札を揃えさせた。

 続いて試行錯誤の上、「てんをきる」という作業をさせる。

 少しすると慣れてきた札の順序をばらばらに混ぜ合わせる手つきを、他の侍女も護衛も面白そうに眺めている。

 試しに遊んでみよう、と侍女を全員集めた。

 部屋の中央に大きな毛皮を敷き、その上に侍女四人と僕とで車座に座る。


「るーるをせつめいする」


 シビーラがてんをきった札を、一枚ずつ一人一人の前に伏せて配る。それを続けてくり返す。

 全部が配られると、各々が周りに見せないように自分の手札を確認し、同じ数字の札があれば二枚ずつ組にして場に捨てる。

 この際手札がなくなった者は、そこで勝ちとなって抜ける。

 全員の手元に組となる同じ数字の札がなくなったところで、札を配った人の左隣の人が、右隣の人が裏を見せたままの手札を一枚選んで取る。

 札を取って、手札に同じ数字の札があったら組にして場に捨て、なければそのまま手札に加える。

 右回りの順に、同様に右隣の人の手札を一枚取っていく。

 順に手札を取って同じ数字の組を捨てていき、手札がなくなった者から順に勝ち抜けていく。

 最後にオオカミの札を持っていた者が負け。


 試しに始めてみると、侍女たちはすぐに要領を掴んで熱中し始めた。

 最初の回はメヒティルトが勝者で、両手を挙げて喜んでいた。

 二回目から僕は抜けて、四人でゲームを続けさせた。特殊紙の札はふつうに人の手に持ちやすいできになったが、さすが赤ん坊には辛いものがあるのだ。

 それほど頭を使って作戦を練るようなゲームではないので、四五人規模で単純に楽しめるようだ、と判断を下す。

 ただ十回ほども続けていると、ややカティンカの負けが込んでいるようだ。どうも、オオカミ札が手元に来ると顔に出やすいらしい。

 そんなことも含めて、侍女たちの娯楽にはちょうどいい、貴族の子女も喜ぶのではないか、というみんなの意見が得られた。


「ルートルフ様、このゲームは何という名前なのですか」

「ん……」


 シビーラの問いに、少し間を置いてしまったのは。

 何が気に入らないのか、『記憶』氏がこれらに関する名称伝達を拒んでくるのだ。

 どうも『定番過ぎる』『面白くない』あたりが理由のようで、『名前などは勝手につけろ』と伝えてくる。

 仕方ないので、

 道具の札の名前は「カータ」

 ゲームの名前は「オオカミとり」

 と、呼ぶことにした。

 実際にはオオカミ札を持っていた者が負けなので、ネーミングが今イチずれていることになるのだけれど、細かいことは気にしない。

 ……「オオカミ押しつけ」では語呂がよくないし。

 さらに同じ道具を使っていろいろなゲームができるということを説明すると、ますます侍女たちは目を輝かせていた。

 別のゲームについては追い追い伝えていくことにして、この日は仕事を再開させる。

 特殊紙の残りがまだあるので、ナディーネにはもう二組のカータ札を作らせることにした。


「ルートルフ様、これはたくさん作って広めるんですか」

「ん――けんとう」

「たくさん作るとしたら、この紙がもっと必要ですね」

「かみじゃなくて、いたでもいいかも」

「ああ、そうですね」


 特殊紙自体は製法を記録して残しているので、また作ることができる。二班の四人が戻ってきたら、それから生産を始めてもいい。

 場合によっては紙製のものと木の板製のものの二種類を生産して、紙製を高級品扱いしてもいいかもしれない。

 大量生産することになったら、印刷の導入を考えるべきだろう。印刷用の赤インクが完成すれば、二色刷りのちょうどいい実験台になるかもしれない。

 そんないろいろ想像が膨らむ、これは興味深い製品になりそうだった。


 翌日は、七の月の五の空の日。この月の最終勤務日になっていた。

 朝一番で、ヴァルターからの報告は二点。

 一つは、ホルスト、イルジー、ラグナの作業場はアイスラー商会に確保して、今日からそちらに行かせていること。

 三人からは、今日中に洗濯挟みの第一弾完成品ができそうだという報告が上がっている。会長のエドモントも大いに興味を示して、すぐにも製品化に移りたいという話になっている。

 二点目は、恒例の宰相と父への報告会を、今日は午前から行いたいという話だ。

 朝の打ち合わせを終えて、すぐに父の執務室へ移動することになった。宰相からの要請があって、ヴァルターに数冊の本を持たせる。


「よく来た、ルートルフ」


 いつものように、入室するなり父に抱き上げられる。

 椅子席に移動しながら見ると、いつもと違う顔があった。王太子とエルツベルガー侯爵だ。

 僕を呼ぶついでに、ここで担当侯爵も交えて、通商会議へ向けての打ち合わせをしていたという。

 促されて、ヴァルターが持参した本を宰相と侯爵に渡す。これも会議で披露する方針が固まったので、あらかじめ実物を見ておこうということだ。

 絵本と物語本のページを丁寧に繰り、「ふむ」とエルツベルガー侯爵は唸った。


「見慣れない形式ですが、確かに貴族たちの関心を惹きそうですな」

「うむ。何より、子どもや婦人を対象にしているというところが新機軸と言える」


 宰相も相槌を打つ。

 通商会議では各国代表による五カ国共通の取り決めに関する議論と、それぞれの国からの新製品の売り込みを行うための時間が設定されているらしい。その時間を使ってのセールス方針について、王太子も加えた三者でひとしきり意見が交わされた。

 今回のグートハイル王国からの出品は、例年に比べてかなり大量になっている。

 もうすでに各国に普及しているが、公式に発祥の地としての立場を確認しておく目的の、天然酵母によるパン。

 アマキビ糖との違いをはっきり主張する目的の、アマカブ糖。

 その他、荷車、紙、印刷された本。

 天然酵母についてはすでに利益が伴わない状態になっていて、言わば発祥地の名誉だけの問題なので、それほど拗れないと思われる。何かとうるさい隣国も、この程度はグートハイルに花を持たせてやろうという判断になっていそうだ。

 対して製糖の問題は、隣国からの主張がかなり熱を帯びると思われる。おそらく両者の言い分を展開した後、多国間特許機構の審査結果を待とうというなあなあの結果に落ち着くのではないか。

 残る、荷車、紙、本に関してはおそらくまだ他国に詳細が伝わっていないはずで、かなりの関心を集めることになるだろう。

 それぞれ効果的な発表提示の方法を練るとともに、共同議長国の立場なので、ダルムシュタットにもあらかじめある程度の情報を伝えておかなければならない。

「これほどに事前検討事項の多い会議は、初めてだ」と顎髭を捻りながら侯爵は顔をしかめている。

 その目が、ぎろりとこちらの父子に向けられた。


「しかもこれらの製品、すべてそのルートルフから出たものなのではないか」

「はあ、そうなります」

「とんでもない話よの」


 父の返答に、ますます渋い顔になっている。

 苦笑いの面持ちで、王太子が肩をすくめた。


「しかもしかも、これらすべてが、このわずか半年程度の間に考案されたものだというのだからね。ああ、天然酵母はもう少し前になるのか」

「ん。せいかくには、にぐるまは、ぼくのはつあんじゃないけど」

「ああ、街の子どもが思いついたということだったな」

「それにしても、ほぼすべてこの小さな赤子の頭から出たものと思うと、改めて驚き呆れる以外ないな」宰相も、嘆息を漏らす。「国家規模の事案をルートルフに委ねるという陛下のご英断に、改めて感じ入るしかない。しかしその陛下のご思案でも、この通商会議はとりあえずの現状把握の場、その後に打開の策を探ろうというおつもりだったはず」

「ああ。それに間に合わせてこれだけの実績が出てくるとは、嬉しい誤算とお喜びだった」

「陛下もたいへんご満足ということだ」


 王太子と宰相が、口々に同席の者たちに告げる。




    ***


「てんをきる」というのはどうも方言らしいと、今回調べて初めて知り、作者も驚いております。

 しかし頭が北の方にあるせいか、「カードをきる」「シャッフルする」ではどうもしっくりこない、それどころか別の意味に取られる危惧を覚えてしまうもので。

 この作中では他の人物が知らない名称を『記憶』に従って初めて命名する、ということで、これで通させていただきます。

 どうしても納得いかない、意味が分からない、という読者の方がいらっしゃれば、こっそりお知らせください。

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