第68話 赤ん坊、新製品を見せる 2

「しかし、おい」ようやく頭の働きを取り戻した様子で、ゲーオルクが口を開いた。「この小屋の中、しょっちゅう木槌の音がしてなかったか? あれでてっきり、ここではふつうに木工製品を作っていると思っていたんだが」

「せんいをほぐすのに、きづちやもくへんで、よくたたく」

「マジかよ……」


 まだ訳分からないというように、頭を振っている。

 聞いて、王太子は腕組みで唸った。


「飛び抜けた技術が必要ないとしても、これを作るに当たってはそれなりにそういういろいろコツのようなものは要るのだろう? 全国に広めるためには、それを各地で教える必要があるのではないか」

「そこのよにん、よくわかっている。ひつような、どうぐづくりも、すべて。てわけして、おしえてまわる」


 右側の壁を指さすと、四人はびくりと身を震わせた。

 それでもその後すぐ、どこか誇らしげな笑顔になっている。

 ふうむ、とそちらを見て王太子は頷いた。


「まずは各領主に触れを回して、希望を募らなければならないな。かなりのところは強制する必要もあるだろうが、領内に作業場を作らせ、人員を配置させる。作業内容を教え、早急に一定量の生産ができるようにして、定額で国が買い上げる、という感じか」

「まず、おうとのしんようおけるしょうかいに、うんえいをまかせたい。おうとにすうかしょ、せいしじょうをつくらせる。それから、このよにんをふたてにわけて、やくにんと、しょうかいのにんげんをつけて、かくちをまわらせる」

「ふむ、そうだな。まずはある程度王都で生産を始めることが必要か」

「ん。とにかく、すこしでもはやく、すこしでもおおく、つくりはじめる」

「しかし、あまり拙速に進めると、製法が外に漏れかねんぞ。今日までルートルフは、そこを案じて秘密保持に努めてきたのだろう」

「そこはもちろん、きをつける。ただ、まんいち、さぎょうこうていがもれても、まねしてはつくれない」

「何故だ?」

「かみつくり、さいしゅうにちかい、だんかい、あるえきたいをいれる、ひつよう、ある」

「ある液体? そう言えばさっきも、そんなこと言っていたな」

「これのしょうたい、ぼくしかしらない。ぜんこくにも、こちらから、ひつようりょうだけ、おくる」

「そうなのか」

「いろいろさぐれば、わかるかもしれないけど。とにかく、わがくにのせいさんあんていして、とっきょしんせいとおるまでは、ひみちゅまもれる、おもう」

「なるほど、考えたものだ」


 ある液体――つまりは、シロトロの木の枝から採れる液だ。

 紙作りで、繊維を固めるための糊のようなものが必要と分かっていた。当初は王都近辺で採れる植物でめぼしいものを集めて、試してみた。しかしそれらでは今ひとつの結果だったので、以前野ウサギ狩りの際に領地で見つけていたシロトロを取り寄せたわけだ。

 要求される性質にシロトロが最も近そうなことは分かっていたのだが、これは主に北方に生息する植物だった。それを考えて、当初は王都で手に入れやすいことの方を優先していた。

 しかし最近になって、これを逆手にとって利用することを考えた。北方のベルシュマン子爵領周辺でしか採取できないものなのだから、産地を秘匿すれば製法の秘密は守られる。今回は枝を切って運ばせたが、本来ならそこまでしなくとも切れ目を入れる程度で液を採取できるはずで、将来的に株を減らさずに継続して手に入れることができそうだ。

 それでもベルシュマン子爵領だけで採取量が足りなければ、次の候補はエルツベルガー侯爵領とアドラー侯爵領だ。この侯爵たちとは、秘密を守ってもらう交渉のしようがある。

 そこまでしても、時間をかければ秘密を探り出す方法はあるだろう。そもそもそうせずとも、紙の製法をいろいろ試行する中で、シロトロ以外の材料を見つけることもできると思われる。しかしそのどちらも、特許申請が通るまでに模倣者が何とかするのは、まず不可能だ。


「そうすると、まずは運営を任せられる王都の商会の選定、王宮側での担当者の選出、だな。全国的な規模の運営になるのだから、初めは宰相から動きを作ってもらわなければならないだろう。頼む」

「承りました」

「そう言えばルートルフ、この紙作りの生産量は、どれぐらいが見込めるのだ?」

「ここにある、おおきさのかみ、ひとりあたり、みっかがかりで、150から200まいくらい」

「ふむ、一人一日当たりにならすと、五十~六十枚というところか」

「なれたらもうすこし、ふえるかも。それでも80まいかそこら。100まいはこえない、おもう」


 正確には、ここに置いた大きさの四倍のものを薄く掬う(紙漉き)道具を用意していて、最後に四枚に切り分ける、という作業をしている。

 三日がかりの作業で、枝を煮る工程や繊維を水にさらす部分などはもう少し量を増やすことができても、最後の『紙漉き』のところは一人でできる量に限りがある。これが、一日中集中してもせいぜい五十枚、四枚に切り分けて二百枚ということになるのだ。

 道具を工夫したり要領に慣れたりして効率を上げることができたとしても、この五十枚を六十枚にするのが限度、という気がする。


「一日一人八十枚目標、作業員百人で八千枚、か。全国に広げたとして、これをもう一桁上げるのは難しいだろうな」

「何処も農業従事者で手一杯のところ、何とか人数をひねり出せ、ということになるでしょうからな」

「それでも、少なくともここ一~二か月の間は、無理にでも人手を駆り出して生産量を上げたいところだな。通商会議の席で、大量に積み上げて見せつけてやりたい」


 王太子と宰相が相談するところへ、僕は口を入れた。


「かくこくに、100まいずつとか、ぞうていしたら、いいとおもう」

「無料で配るのか?」

「ん。まず、つかいがって、おもいしらせたい」

「そうか、便利さが分からなければ、買う気も起きないだろうからな」


 大きく頷き、王太子と宰相はまた顔を見合わせている。

 宰相も紙を数枚手に取り、ぱらぱらと捲ってみながら唸るような嘆息を漏らした。


「なるほど、こんな軽く薄っぺらなものが、確かに大きな価値を持つことになりそうだ。かねてからの交易上の懸案が、この一つの発明ですべて霧散することになるかもしれませぬな」

「ああ、そう願いたいし、期待してもよさそうだ。あとは、これをいかに効果的に他国へ売り出していくかだな」

「あ、それで、でんか」

「何だ」

「もひとつ、みせるもの、ある」

「ほう、何だ」


 王太子と宰相を導いて、僕は左側の机へ寄っていった。

 ザムの背から身を乗り出して、積み上げた板の隣に重ねた紙を手に取る。

 数枚重ねたままのそれを手前に置き直すと、一枚目に黒い線で描かれた野ウサギの絵を見て、一同から感心の声が漏れる。


「ほう、先日も見た、図鑑の挿絵の模写といったものだな。紙に描いてみたわけか。綺麗に見えているな」

「確かに、木の板に描かれているものより、白い紙の上だと映えて見えますな」

「でしょ」


 言いながら、僕はその一枚を摘まんですぐ横に移した。

 その下から二枚目の絵が現れ、今の一枚目のものと並べられる。


「同じ絵ではないか。何ともまたそっくりに描いたものだな」

「そう、みえるでしょ」


 言って、その二枚目も摘まみ、一枚目とは逆の隣に並べる。

 その下から、三枚目の絵が現れ。


「これも、同じ絵か?」

「いや、お待ちください、殿下」


 顔色を変えて、宰相が身を乗り出した。

 机の上に覆い被さるように、顔を近づけてまじまじと三枚を見比べる。


「この三枚、そっくりと言うより、まったく同じ絵ではありませんか?」

「何だと?」


 目を丸くして、王太子は僕の顔を見た。

 黙って、僕は三枚目の紙を捲る。

 その下からは、今度は別の、一面文字だけが黒く書かれた一枚が現れた。

 そのままそれを摘まみ、隣に移す。と、下からまったく同じ文字が書かれた一枚が現れる。

 それも隣に移すと、見た目まったく同じ三枚が、また並べられていた。

 数呼吸間沈黙していた王太子が、堪りかねたように声を上げた。


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