第66話 赤ん坊、新製品を完成させる

「よう。上首尾だ。この調子でいけば、来月の通商会議までに数十台の生産ができそうだと。他国の連中に見せつけてやれば、当面の懸案事項は吹っ飛ぶだろうよ」

「それは、よかった」

「おう、陛下にもご満足いただけるだろうしな。うちの部署の大きな成果として、認められるだろう」

「ん」

「しかし最初はガキどものお遊びかと思っていたが、あの二人の腕は認めなきゃならんな」

「ん」

「鉄工職人も負けずにたいした技術だしな。これはまったく、何処に出しても誇れる成果だぞ」

「ん」

「会議の場で、他国の連中が驚く顔を、見てみたいもんだ」

「ん。ああ、でんかたちにもいったけど、こやのなかのさぎょう、あしたごごいちばんでみてもらう」

「分かった。期待しないで楽しみにしてる」

「ん」


 意気揚々の様子で、ゲーオルクは戻っていく。

 見送って、ヴァルターは困惑めいた苦笑顔になっていた。


「すっかりお張り切りのご様子で、喜ばしいといいますか。しかしまるでご自分の手柄のような入れ込みようですが、よいのですか?」

「いい。このあとは、かれがやるほうが、うまくすすむ」

「ルートルフ様がご納得なら、よろしいのですが。何とも釈然としないというか」

「いい」


 僕としては、もう関心は次の件に移っている。

 明日の披露の算段にいろいろ思いを巡らしながら、昼食休憩に入ることにした。

 小屋で作業をしていた侍女たちを呼び出して、屋内に戻る。


 昼食をとりながら、三人の侍女は興奮の様子で話を交わしていた。

 小屋の中の作業に加わったことが、大きな刺激になったようだ。


「あんな、綺麗にできるなんて思わなかった」

「さっきのがどんなできになるのか、楽しみい」

「お昼過ぎには、もうできたの見せてもらえるって。すごいよねえ」


 などと、矢継ぎ早に言い交わしている。

 一人状況を理解しきれていないヴァルターが、困惑の様子で僕の顔を見てきた。


「ごごからは、ばるたにも、みせる」

「そうですか、楽しみです」

「すごいですよ、ヴァルターさん。きっとびっくりします」

「自分の描いたものがあんなになるなんて、思ってもいませんでした」

「この後のもどうなるのか、楽しみですう」


 三人の興奮ぶりに、やはりヴァルターだけついていけないでいる。

 首を傾げて、僕に訊ねてきた。


「三班の製作物の話ですよね?」

「にはんの、かんせいして、さんはんの、ほんりょうはっき」

「そうなんですか?」

「みての、おたのしみ」

「はあ」


 上司の困惑を見て、侍女たちも内緒にする楽しみを実感したようだ。

 それ以上は会話を抑えて、くすくす笑いを見交わしている。


 昼の休憩後、全員で作業場に戻った。

 外では、ホルストとイルジーが相変わらず大張り切りで、二台目の製作を続けている。


「ごくろうさん。がんばって」

「「はい!」」


 そちらに励ましの声をかけて、そのまま全員で小屋に入った。

 二班はますます活気づいて、完成品の増産をしている。

 三班は侍女たちの手がけたものを使って、新しい製作物に取りかかっている。

 それらの作製物を見せると、ヴァルターはしばらく困惑。ややあって、これまでにないほどの驚愕ぶりを見せた。

「ねえ、すごいでしょう?」というナディーネの声も、耳に入らない様子で。


「何てものを作ったんですか、ルートルフ様!」


 日頃の無表情ぶりもかなぐり捨てて、僕に顔を寄せてきた。

 周囲の子どもたちや侍女たちさえ、呆気にとられるほどだ。

 とはいえ、僕にとって予想の範疇ではある。

 この製品の真の意味を少しでも理解できるのは、ここではヴァルターしかいないと思っていた。


「これのかつよう、いっしょにかんがえてほしい」

「はあ、言われなくても、といいますか――何というか、しかし――」


 ほとんど脱力してしまったヴァルターの回復を待って、打ち合わせを続けた。

 二班にはそのまま製産を続けてもらう。

 三班では次々新しいものができて、侍女たちが歓声を上げている。

 それらを見ながら、僕とヴァルターは今後の算段を練っていった。


 翌日の午前も、そのまま作業を続行。三班の作製物にさらに侍女たちで加工を加えさせて、王太子たちへの供覧に備えた。

 外では、ラグナが追加の部品を持ってきて、二台目の荷車がほぼ完成に向かっている。

 小屋の内でも、外でも、景気のいい槌の音が響き続けた。

 好天の下、寸分差異のない二台の車両が並べられたところで、午を迎えた。


 休憩を終えたところで、昨日と同様、王太子と宰相、その子息が姿を見せた。

 宰相の話では、今日こそ父も来たがっていたのだが、身体が空かなかったらしい。何でも、ナガムギの加工について、関係する領主と連絡をとる用事が続いているのだそうだ。


 三人はまず二台の荷車を確認して、満足そうに頷きを交わしている。

 ゲーオルクが上機嫌で、問いかけた。


「鉄工部品も、昨日のあれからで新しく揃えられたわけだな?」

「はい」

「でかしたぞ、ラグナ。木工の方も、この調子で増産に入れるのだな?」

「はい。明日から工房で協力して始めることになっています」

「うむ」


 ホルストの返答にも、大満足の態で頷いている。

 王太子と宰相も、その横で頷き合う。


「本当に、たちまち二台目もできるのだな」

「これなら、量産体制も確かに望めそうですな」


 前日と変わらない様子で、三人ともひとしきり荷車を見、触れて、納得の顔だ。

 重鎮たちのお墨付きを得て、ラグナは二台目の車を引いて工房へ帰っていった。

 頷き見送って、王太子はこちらへ向き直った。


「それでルートルフ、小屋の中の新製品を披露してくれるのだったな」

「ん」

「それでは、こちらへ」


 ヴァルターが先導して、小屋へ入っていく。

 僕は、ホルストとイルジーもその後ろから招き入れた。これまでとは逆に、他の仲間たちの晴れ姿を見せてやりたい。


 小屋の中は、明かりとりの窓を開けていて、十分に明るい。

 向かって右側の壁際に二班の四人、左側に三班の二人と侍女三人が整列している。

 これまでの作業を休止させて使用していた道具類を奥に片づけているので、中央に並べられた作業机の上はかなりすっきりしていた。左側の方には彫りの入った板などがいくつか積まれ、右側奥には机一つの上に白っぽく積まれたものがある程度だ。

 正面奥には大きな板や木の箱型の道具や、水の入った大ぶりの桶やが、並び立てかけられている。片隅の荷車を保管している場所が今は空いているので、小屋の内部はますます空虚な印象を受ける。

 ヴァルターに続いて入った三人は、きょろきょろとただ室内を見回していた。


「作っている新製品というのはどれだ、ルートルフ?」


 王太子が振り返って、問いかける。

 その肩越しに、僕は指を向けた。


「それ」


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