第65話 赤ん坊、荷車完成を見る
翌朝は、まずナディーネとメヒティルトを連れて執務室へ行く。
メヒティルトをヴァルターに引き合わせ、机の調達。部屋の掃除を終えたカティンカが合流したところで、全員で作業場へ向かう。
この日はついに荷車の完成を見られる予定なので、新人も含めて皆で立ち合うことにするのだ。
孤児たちもラグナも待ちきれない様子で、今日は普段よりかなり早くから集合していたと、門番が笑っていた。
僕たちが到着したときには、もう鉄製部品の装着も粗方終わっていた。
最終調整をしている担当者や見物人を残して、僕は小屋に入る。
二班の製作物は、ほぼ理想的な形に仕上がっていた。
「うん、これならごうかく」
「「「「やったーー!」」」」
僕の裁定に、四人は両拳を突き上げた。
三班の二人も駆け寄ってきて、一緒に抱き合い喜んでいる。
明日、完成品を王太子たちに披露する、と告げると、アルマが首を傾げた。
「今日、荷車を見に殿下たちはいらっしゃるのでしょう? ついでにこちらも見ていただかないのですか」
「かんせいひんを、もっとふやす。それと、さんはんのかんせいひんも、いっしょにみせる」
「わたしたちのも、完成するんですか?」
「ん」
目を輝かせるウィラにも、頷き返した。
翌日の披露に向けてこの日の作業方針を伝えると、全員張り切って動き出した。
それでも間もなく、ヴァルターが「殿下がいらっしゃいました」と呼びに来たので、六人にも外に出るように指示する。
やはり、荷車の晴れの完成披露には立ち合わせたい。
外には、王太子とゲーオルクに加えて、宰相も到着していた。
さらに、アイスラー商会会長のエドモント、木工工房の親方ヨハネス、鉄工工房の親方も呼ばれて来ている。
ホルストとイルジー、ラグナの三人は、最終調整を終えたらしく完成品の荷車を立て直している。
傍に寄ったヨハネスが、荷台の隅を覗き込んで感心した声を上げた。
「なるほど、車軸を分けてこうまとめたから、荷台を低くできたわけか」
「はい、その分動きが安定するし、荷物の積み下ろしが楽になります」
「なるほどなあ」
イルジーの返答に、親方は納得の頷きを見せている。
緊張の面持ちでホルストが前に出て、持ち手を握った。
「では、動かします」
「うん、見せてくれ」
鷹揚に、王太子が頷き返した。
カラカラと荷車が動き出すと、ひと目で分かるその軽やかさに、全員が「ほう」と声を上げる。
ただそこまでは、誰もが前もって承知していたところだ。
車を引いたホルストが細かく左右に方向転回を見せると、見物人の目がますます大きく見開かれた。
いちばんこうした道具に精通しているはずのヨハネスが、呆然と声を上げていた。
「そんなに軽く曲げられるのか?」
「はい、左右の車軸を分けた効果です」
イルジーの説明に、王太子や宰相も感心して頷いている。
続いて、もう恒例の行事だ。孤児たち八人を荷台に載せてラグナが軽々と引いてみせると、大人たちはいっそう感心の顔を深めていた。
さらに僕が乗ったザムと侍女三人をそこに加えても、荷台はびくともしない。ラグナ一人でとりあえず動かすことはできる。
おおよそこれで、四~五百マガーマ程度の使用に堪えることになりそうだ。
「うむ、たいしたものだ」と宰相が声をかけ、飛び下りた子どもたちは歓声を上げて抱き合っている。
「おっしゃーー!」
「やったーー」
「ばんざーーい」
やり遂げた笑顔の製作者三人に、ヨハネスが代表して確認の質問を投げかけた。
「鉄の部品を加えたことで、耐久性が上がったという話だな?」
「はい。耐久性も、動きの滑らかさもかなり上がったはずです。それに鉄だと型を使って作れるので、品質も一定で速くできるということです」
「だなあ。見たところ、木工だといちばん手がかかる、手練れでないとなかなか作れない部品を、鉄に置き換えているものな」
ホルストの回答に頷いて、ヨハネスは貴族たちや会長に補足の説明をする。
木の加工だと熟練した職人がかなりの時間をかけなければならない部分が、鉄に置き換わったことで圧倒的に手間が少なくなった。部品価格は上がるが、量産に当たっての手間と速度を考えると、十分賄えると思われる。
鉄工の親方もそれに同意して、貴族たちも納得している。
ゲーオルクからの通達もあって、鉄工の側もこの量産への協力は積極的になっているということだ。
今後はゲーオルクとエドモントが統括する形で、木工と鉄工の仲立ちをとりながら量産体制を進めていく、という話になっている。
鉄が絡むと熱心さが違ってくるこの公爵次男に、後は任せておいて大丈夫だろう。とりあえずこの件については、僕は手を引くことができそうだ。
王太子と宰相も、その先について検討している。
来月には、五カ国の通商についての会議が隣国ダルムシュタットで行われる予定で、グートハイルも共同議長国となっている。その場へこの荷車の見本を持ち込んで、他国へも売り込もうという話だ。
そういう話を続ける場にヴァルターだけ残し、僕は子ども六人と侍女三人を連れて小屋へ戻った。
もう完成を間近にして秘密の必要も少なくなったので、侍女たちに三班の作業を手伝わせることにするのだ。
初めて見る製品に困惑や驚愕のやりとりがひとしきりあり、その後与えた指示に従って全員が動き出す。
ますます張り切って二班の作業の手に力が入り、小屋の中に木槌や木材の打ち合わせる音が響き渡った。
テティスだけを伴って外に出ると、おおよその打ち合わせは終わっているようだ。
振り返って、王太子が笑いかけてきた。
「小屋の中は、木工かい。ずいぶん気合いが入っているようだね」
「ん、かんせいまぢか。あしたには、ひろうできる」
「本当か? それは楽しみだ」
「それなら、私も見せてもらいに来よう」
「ぜひ。あした、ごごいちばんで」
宰相にも、頷き返す。
王太子も何度か頷き、しかしその目はゲーオルクや親方たちが見分を続けている荷車の方に戻っていた。
「そちらも楽しみだがね。とにかくこの荷車は、思った以上に高性能で皆大満足だ。他国に持ち出しても、注文が殺到することだろう。これだけで貿易赤字解消というわけにはいかないが、こちらに強攻策をとろうとする方への抑制には働きそうだ」
「そうですな。全面抗争を抑える時間稼ぎには、十分使えそうだ」
「今、ゲーオルクが工房と詰めているところだけどね、鉄部品導入で、量産開始の障害はかなり減らせたようだ。とりあえず両方の工房に見本を持ち込んで生産開始したいので、あの三人には急いでもう一台を製作させる。木製部分は二台目の分もかなり進んでいるらしいし、鉄製部分は型ができているので時間がかからない。明日にでも部品を持ち寄って組み立てをしようという話になっている」
「ん、りょうかい」
「ここまでよくやってくれた、ルートルフ」
「ども」
ザムに乗った僕の肩を叩いて、宰相とともに王太子は引き上げていった。
荷車を囲んで打ち合わせていた面々も、話を終えて解散の様子だ。
「じゃあ明日、もう一台組み立て、ということでいいな?」
「はい。それで、両工房に完成品を運んで、生産を始めるということで」
ゲーオルクの確認に、エドモントが相槌を打つ。二人の親方も、頷き合っている。
そうして会長と親方たち、ラグナは帰っていった。
残されたホルストとイルジーは、興奮冷めやらない勢いで二台目の部品作りに戻っている。
ご機嫌の様子で、ゲーオルクはヴァルターと並んでこちらに歩み寄ってきた。
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