第60話 赤ん坊、素材を受けとる

 あとは、新しい護衛たちも紹介して、子どもたちを作業に戻らせる。

 二人の護衛は、ディーターが裏門側、シャームエルが裏の森側、と少し距離をとって配置した。あくまでも外からの曲者の侵入に備える形で、僕と子どもたちの活動を遠くから見守ってもらう。

 一班の二人は試作品の荷車作成をほぼ終え、王太子へのお目見えに備えて外見を整える作業をしているとのこと。その後は量産に向けて部品ごとの製作方法を整理しながら押し進めていく。

 そういった方針を確認して、僕はテティスとザムだけを連れて小屋に入った。

 二班は、二度目の試作品の作成を進めている。これは、ベルシュマン子爵領からシロトロが到着したら、出来上がりを確認できる予定だ。

 三班には、新しい課題を指示する。最初の準備が少し煩雑なものになるが、基本の作業はこれまでと同じだ。とにかく正確さと速度を向上させていくようにしたい。

 どの班も順調だが、とにかく二班の出来を一度確認しないと、どうにも安心できない。


 二班三班に細かく指示をして作業を見ていると、けっこう時間が経過していた。

 外に出ると、荷車は木製部品だけを仮付けしたという体裁で立てられていて、カティンカが感心の様子で二人と話していた。

 防腐つや出し用の油塗料を表面に塗ったということで、そこそこ高級感が増している。

 あとは、ラグナの作っている鉄製部品の到着を待つだけだ。

 ホルスト、イルジーとそういう確認をしていると、王宮建物の方から声がかけられた。


「ルートルフ様」

「ん?」


 振り返ると、ヘルフリートが荷物を抱えて近づいてきている。

 こちらも、待望の材料が到着したようだ。

 ザムに乗ったまま、僕はそちらへ寄っていった。


「ご注文の、シロトロの木の枝です」

「ども、ごくろうさん」


 確認すると、まちがいない。

 細い枝だが、切断面から粘り気のある白い液が滲み出している。


「うん、よし。ほるすと、これ、こやのなかにはこんで」

「はい、分かりました。二班に渡すんですね」

「そ」


 一抱えの木の枝を、運んでいく。

 二班には使い方を指示してあるので、すぐ作業に組み入れられるはずだ。

 これで加工を進めていけば、明後日には出来上がり結果が確認できるだろう。

 少し安堵して、僕はヘルフリートに向き直った。

 やや声を低めて、会話を続ける。


「ほんと、ごくろうさん」

「いえ。領の者は皆、ルートルフ様のお役に立てれば光栄と、張り切ってくれています」

「うれしい。あ、あと、べつのおねがい」

「何でしょう」

「へるふりと、ダンスクとつながり、うたがいのあるきぞく、しらべてあるでしょ」

「はあ、まあ」


 以前に僕が襲われた件で、絶対この男は動いているはずだ。

 確信を持って、僕は続けた。


「そのしりょう、ほしい。あと、はばつかんけい、わかるのと」

「そんなもの、何にしますので?」

「まだ、ひみちゅ。でも、むししていられなくなってきた」

「そうなのですか。分かりました、ただしかし、大半は確証のないものですよ」

「ん、それでいい」

「後で、お届けします」

「おねがい」


 テティスとザムにしか聞こえない音量で、会話を終える。

 足早に、ヘルフリートは戻っていった。


 その後小屋の中を見にいくと、二班の作業はさらに順調に進んでいた。

 材料にシロトロを加えることで、作業途中ながら、品質は理想に近づきそうな手応えがある。

 一班から三班まで総体的に、明後日の成果を楽しみに明日はゆっくり休むことができそうだ。

 そう全員に激励の言葉をかけて、作業場を後にした。

 僕が乗ったザムの左に紐を握ったディーター、右にテティス、後ろにヴァルターとカティンカ、シャームエルがついてくる。

 この編隊に慣れてきてか、比較的多弁のたちらしいシャームエルがテティスにしきりと話しかけている。


「いやあ驚いたな。本当にあんな子どもたちが一丁前に物作りをしているんだ」

「ルートルフ様が見つけてきた逸材だからな。ふつうの子どもとは違う」

「本当にそのようだ。あの荷車など、少し車輪の動きを見たが、とんでもない滑らかさだった」

「あの二人は、特に傑出した才能を持っているようだ」

「確かに、頷けるな」

「いや、そちらも確かにそうだが」ぼそりとディーターが口を入れた。「その才能のある子どもたちと淀みなく同等以上の会話ができる、ルートルフ様の方が、俺には驚きです」

「そこ、いちいち驚いていたら、この仕事、身が保ちませんよお」


 真顔で、カティンカが指摘する。

「確かに」と、シャームエルが頷いた。


「あの子どもたちも言ってたな。いちいちルートルフ様について驚いていたら、やってられないと」

「なるほど、教訓としよう」


 納得いただけたようで、幸いだ。

 することなすこと異常扱いされるのにも、そろそろ慣れた。


――これ以上、何も言うまい。


 執務室に戻ると、護衛二人は戸口の前に立つ。

 ナディーネの写本作業は捗っていて、カティンカにもそれに加わらせた。

 二人ともかなり読み書きは確かになってきて、写本した上、互いの成果を交換して正誤確認さえできるようになっているのだ。

 なお、今写している本は各地分数冊に分かれていた植物図鑑で、僕の手元ではこれを一冊に集約したいと思っている。

 本の性質上かなり図絵が多いので、カティンカにはその複写を主に担当させているのだった。

 ヴァルターも文字の師匠としてその出来具合いを確認して、頷いている。


「二人とも、なかなか手跡が安定してきましたね。ナディーネはずいぶん努力しているようですし、カティンカももともと絵心があるせいか上達が早いようです」


 教師に褒められて、二人とも顔を輝かせている。

 席に戻りながら、文官はこちらに笑いかけた。


「本当にあっという間に、一冊の本を写し終わりそうですね。字も絵も綺麗なので、立派に新しい本として通用しそうです」

「ん。まだまだ、うつしたいほんがある」

「これなら、もっと人手を増やしてもいいかもしれません。この二人ほど使える者がいたら、ということにはなりますが」

「だね」


 この二人と同じくらい、というのは難しい気もする。

 二人とも、こちらがそれほど根を詰めなくとも、と気を遣いたくなるほどに努力家なのだ。毎日僕が床に着いた後でも、遅くまで文字の稽古をしているらしい。

 ほんの数日で上達を見せているというのも、そんな地道な精進の賜物ということなのだろう。


「さぎょう、じゅんちょう。あしたはみんな、ゆっくりやすもう」


 と声をかけると、室内の全員から「はい」と至心の籠もった返事があった。

 しかしすぐ続けて、


「くれぐれも、ルートルフ様にはお休みいただいてくださいね」


 とのヴァルターからの言い渡しに、女性陣はさらに熱心に頷いている。

 何だか僕の発言意図が何処となく逸らされていく感覚がするのは、気のせいだろうか。


 後宮へ向かう途中、シャームエルから確認があった。


「明日は、ルートルフ様の外出の予定はございませんか」


 テティスに顔を見られて、ふむと考える。

 さっきも言ったように、終日休息の予定だが。


「てんきよければ、ごごから、ざむのうんどうに、そとにでる」

「分かりました。それでは我々は、午後から扉番控え室に待機しております」

「ん。よろしく」


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