第54話 赤ん坊、台車を試す
ゲーオルクの催促に、三人はぎこちなく動き出した。
公爵ご子息がここを仕切りたいようなので、こちらは一歩引いて見ることにする。
もともと、それほど人前で口を聞くのは好きでないのだ。
ここまで来ていたら、僕からの説明はほとんどいらないだろうし。
「行きます」
周りを片づけて、ホルストが台車の持ち手を引いてみせる。
見るからに、軽く動く。
左右制御も、それなりにできるようだ。この点は四輪なので細かくは無理で、本製品の荷車とは勝手が違うのだが。
「ほう、軽そうだな。貸してみろ」
「は、はい」
興に乗ったゲーオルクが、歩み寄って手を伸ばす。
慌てて身を退いて、ホルストは持ち手を渡した。
何度か前後に動かし、数マータ分円く押し歩き、うーん、と唸りが漏れた。
「うむ、本当に軽いな。たいしたもんだ」
「は、恐れ入ります」
「しかしこれ、台が低くて、でこぼこ道なら擦れてしまうんじゃないのか」
「それ、しさくひんで、おくないようだから」
ここはホルストでは返答しにくいだろうと、口を入れる。
何か文句が返るかと思ったが、ゲーオルクはあっさり頷いた。
「なるほど、そうか。屋内ならでこぼこは少ないものな」
どうも、文句をひねり出す以前に、その操作性に興味津々のようだ。
脇に膝をついた三人に、いろいろ質問を投げかけている。
「組み立ては簡単なのか」
「重さはどのくらいまでいけるのか」
「耐久性は」
しかしそんな問いかけをされても、これからそれを確かめるための試作品なわけで、ほぼ現時点で答えようもない。
「部品を一部鉄製にしたので、作りやすさも丈夫さも向上したはずなのです」
と、辛うじてホルストが答える程度だ。
試しに、ホルストとイルジーが台に乗って、ラグナが持ち手を押してみる。
どうもこの台車、荷車と違って引くよりも押す方が操作しやすいようだ。
その条件でもラグナが軽々と押し回ることができて、ゲーオルクを喜ばせることができた。
人二人を運ぶことができるなら、最低限は合格だろう。
「じょうでき」
「うん、これなら売り物になりそうだな」
「恐れ入ります」
僕とゲーオルクからの賛辞に、三人は顔を輝かせて礼をした。
手を叩いて、僕はさらに言い足す。
「しさくひん、ごうかく。せっかくだから、もっとげんかいまでためしてみる?」
「はい?」
「もっとにもつをふやす。どこかでこわれても、しっぱいじゃない。そこまでとかくにんして、つくりなおす。ここまでたしかめられたら、ほんもののにぐるまに、とりかかれる」
「はい、ええ、そうですね」
ラグナが、二人と頷き合っている。
製作者たちの納得を確認して、僕は六人の子どもたちを手招きした。
大きい子から一人ずつ、台の上に乗せるのだ。
次々乗って、六人になっても、台も車輪もびくともしない。持ち手を押しても、容易に動く。
ラグナが喜んで、ホルストとイルジーも台に乗せた。孤児たち八人がはしゃぎながら窮屈に身を寄せ合う状態で、やはりラグナ一人で押すことができた。
試しに替わってカティンカに押させても、動かすことができた。
つまり、台は最低二百~三百マガーマの重さに耐え、女の子一人でも何とか操作はできる、ということになりそうだ。
「やったーー」
「すごいすごい」
子どもたちは、ますます大はしゃぎだ。
ゲーオルクも、満足そうに頷いている。
「たいしたもんだ。これなら本当に、合格だな」
「はい、恐れ入ります」
「やったやった」
台から飛び下り、子どもたちは手を取り合ってお祭り騒ぎになっていた。
ホルストとイルジーの背を叩いて、ラグナもその騒ぎに加わっている。
「これは試作品ということだが、本物の製作はこれからなんだな?」
「ん。きのぶぶんはほとんどできてるけど、てつはまったくこれから。ぶひんおおきくするから、こうぼうのきょうりょく、ひつよう」
「分かった。工房にはそう伝えてあるから、急いで作らせろ」
「ん」
三人を呼んで、確認したところ。
鉄の部分はこれから工房へ戻って、親方と相談をする。すぐ取りかかって、明日の空の日中にはできるだろうと思われる。
木の部分はほとんどできているので、明日以降いつでも大丈夫、ということだ。
明後日の土の日は休みということにしているので、その翌日、風の日の午前に部品を持ち寄って完成を目指そう、ということにする。
午前の十刻には大丈夫だろう、という判断で、王太子も呼ぶことに決めた。
大満足の様子で、ゲーオルクは戻っていく。
ラグナは、待ちきれないという勢いの駆け足で帰っていく。
こちらは、六人に指示して小屋の中の作業に戻らせた。
一班の二人は荷車の完成と、量産のための資料作り。
今回の台車は僕が預かって、屋内での操作性を試してみることにした。
最も考えている用途は、後宮での水桶の運搬だ。
ヴァルターに台車を押させて、執務室へ戻った。
留守番をしていたナディーネに台車の成功をカティンカが報告して、二人で喜び合っている。
一方で、ヴァルターは僕を抱き上げて宣言した。
「ルートルフ様はずいぶんお疲れの様子です。できるときに、仮眠をとってください」
「……は」
当然のように侍女たちも護衛もそれに同意して、たちまち僕は応接椅子に寝せられていた。
まだいろいろ、考えたいことはある。
そう思ってはいたのだが、本当に疲労は溜まっていたらしい。そのままあっという間に、眠りに落ちていた。
目を覚ますと、もう終業の午後十刻間際になっていた。
いつもより長い昼寝だが、全員で示し合わせて起こさなかったらしい。
「やること、あったのに……」
「明日できることは、明日で。今日はもう、お帰りください」
文官に有無を言わせず車に乗せられ、侍女と護衛もてきぱきと準備を整える。
――皆さん、息が合って。チームワークがよくて、喜ばしいこと。
諦めて、柔らかな布に背を委ねる。
赤ん坊車をカティンカが、台車をナディーネが押して、後宮へ向かう。
車が一台増えていることに扉番が目を丸くしていたが、問題なく通過させてもらえた。
部屋に落ち着いて。早速、台車の操作性を試してみたい。
侍女二人に、風呂の湯運搬に行ってもらうことにした。
結果、大きめの水瓶二つを乗せた一度の運搬で、大人用浴槽を満たすことができた。
台車を押すのは一人ではたいへんだが、二人なら楽勝、ということだ。
これでかなり生活が楽になる、と安堵する。
そうして心穏やかに夕食を始めようとした、ときだった。
何処かから、妙な気配がした。
危険なもの、とも思えない、のだが。
辺りを見回し。
振り返り、大きなガラス窓に、目を向ける。
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