第53話 赤ん坊、落胆する

「おお、どうだった? 鉄工職人、使えそうか」

「ん。ありがと、たすかった」

「素直に礼を言われると、気味が悪いな」

「ほっといて。あと、そのてっこうこうぼうのきょうりょく、いりそう。あの、らぐなのようぼう、ゆうせんてきにとおるように、おやかたにつたえてほしい」

「分かった、言っておく」

「ありがと。あと、これ、あげる」


 ヴァルターから手渡してもらったのは、カティンカが描いたオオカミの絵だ。

 ますます伸び伸びとしたカティンカの筆で、元の挿絵よりさらに生き生きと、今にも動き出しそうな出来になっている。

 実家に残してきた友を思い出して、思わず僕の鼻の奥がじんとしてきたくらいだ。


「おう、なかなかのもんじゃないか。気に入った」

「なら、よかった」

「じゃあな、ありがとよ」

「ああ、そのてっこうのでき、あすごごいちばん、たしかめる。よかったら、みにきて」

「分かった。殿下は呼ばなくていいのか?」

「あすのは、しさくひん。ほんものできたら、みてもらう」

「そうか、分かった」


 ゲーオルクが出ていくと。

 カティンカとナディーネは、きゃあ、と歓声を上げて手を打ち合わせていた。

 カティンカの絵が、公爵子息に認められたのだ。


「おめでと。でも、あっちのさぎょう、できたら、もっとかんげき」

「ウィラとイーアンが、カティンカの絵を使って板を彫っているんですよね?」

「彫っている途中も見たいけど、見せてもらえないの、残念です」

「できあがり、みたら、かんげきする」

「そうなんですか」


 午後からは、ヴァルターには執務室で報告書などを書いてもらう。

 ナディーネとテティスを供に作業場へ出た。

 ナディーネには荷車の作業を見ていてもらい、僕は小屋に入る。

 この日は夕方まで、二班の作業を指示しながら見守ることになった。

 これで、翌日には第一弾の製品が完成に向かいそうだ。


 次の日にはまた、ヴァルターとカティンカを連れて外に出る。

 移動途中、脇についたテティスが、声をかけてきた。


「そう言えば、今日は奥様やウォルフ様が、領地へ向けてたれるはずです」

「そう」


 そこそこ感傷的な思いはあるけど、こちらの忙しさで、それに浸ることもなさそうだ。

 外に出ながら空を仰ぎ、今日も好天だ、旅立ちにも作業にも助かるだろう、と考える。

 ホルストとイルジーの急ピッチの作業を二人に見守ってもらい、僕はテティスと小屋の中へ。

 二班の作業は佳境に入っている。

 見守り、指示を出しながら、三班の進捗も確かめる。

 カティンカの絵を彫ったウィラとイーアンの作業結果は、予想以上の出来だった。

 元の細い繊細な線が、見事に活かされている。


「ん、じょうでき」

「本当ですか?」

「やった!」

「あとで、もすこし、たしかめてみるけど、たぶん、ごうかく。ふたり、るーとるふりゅうほりじゅつの、かいそ、なのれる」

「すごい!」

「やった!」

「これで、もっとはやくできるように、うで、みがいて」

「「頑張ります」」


 まだ午前半ばだが、ラグナが来たという報せがあった。

 外に出ると、晴々とした顔で作品を抱えている。


「どうだった?」

「はい、ばっちり、す。こいつの見本通りの出来のはず」

「じゃあ、くみたてに、はいって」


 早速指示をして、三人で試作品荷車の完成を目指させた。

 ほとんど組み立て終わった木製品に、鉄製の部品を加える。

 組合せ部は、多少のずれなら木の方を削るなりして、合わせることができるようにしているはずだ。

 その後はまた任せて、僕は小屋の中に戻る。

 二班の作業が、待望の第一弾製品の最終段階に来ているのだ。

 しばらくの作業の後、出来上がり間近の状態のものが、一同の目の前に取り出される。

 しかし、それを見て、僕は首を捻った。

 これでは、品質が十分ではない。

 グイードが横から見て、不安げな顔を向けてきた。


「何かまずいことになりましたか、ルートルフ様?」

「ん。みんなのせいじゃない。たぶん、ざいりょうのひとつ、あわない」

「じゃあ、失敗?」

「いや。あたらしいざいりょう、とりよせる。みんなは、このざいもくで、もういちどさいしょから、つくってて」

「分かりました」


 失望の様子もなく、四人はまた動き出していた。

 僕も、落胆に埋もれるつもりはない。この程度の事態は、予想の範疇だ。

 思い巡らせながら、外に出る。

 試作品荷車は、出来上がり寸前に見える。

 午後いちばんで出来を確認すると告げて、執務室に戻った。

 侍女たちが昼食を運びに出た後、ヴァルターが気遣わしげに訊ねてきた。


「お顔が優れませんが、小屋の中の作業に支障でも?」

「ん。そうていない、だけど、さいしょのできは、いまひとつだった」

「そうなのですか」

「まだなんかいか、やりなおすよゆう、ある」

「そうですね。殿下とのお約束は、二週間ですから」

「ん」


 最初の王太子とのやりとりは「二週間から一か月」という表現だったはずで、とりあえず荷車が二週を待たず完成の目処が立ったので、そこの面目は保てる。

 とは言うものの、この作業を始めた僕の最大の目的は二班の作成物なので、これが形を成すまではどうにも手放しで喜べないのだ。

 第一回の試作品は、失敗だった。その挽回策は、いくつか考えてある。

 一策として、秘かに父と連絡をつけたい。

 昼休憩中にこっそりヘルフリートを捕まえられないか、とヴァルターに頼んでみた。

 しばらく出かけていったが、ヴァルターは虚しく戻ってきた。やはり「こっそり」は無理だったようだ。

 こんなことなら、もう少し早く手を打っておくべきだったのだろうが。何とか手持ちの駒だけで成功すればそれに越したことはない、と希望を優先してしまった。失敗だったかもしれない。

 とにかくゲーオルクを呼んであることだし、裏庭作業の初めての大きな形をとる成果だ。ここは試作品荷車の完成確認に集中しよう、と外に向かった。


 作業場には、もうゲーオルクが出て待っていた。

 裏返した荷車の車軸受け部分を三人で囲んで、ホルストの握った木槌が小さな音を立てている。最終段階の微調整ということだろう。

 作業小屋前には、二班三班の六人が固まってそちらを見ている。自分たちの代表の成果が気になるようだ。

 近づいていくと、ゲーオルクが振り返ってきた。


「おう、あれだな。もうでき上がるところか」

「ん。そのはず」

「何だか、前見た荷車と比べて貧弱なんじゃないのか」

「しさくひんだから、だいのぶぶんは、かんそ。たいせつなのは、しゃじくのところ」

「ふうん」


 確かに、以前仮完成の荷車を皆に見せているのだから、見た目の落差は大きいかもしれない。

 同じ『荷車』と呼ぶから、誤解を生むのか。この製品は『台車』と呼ぶことにしよう、と勝手に決める。

 やがて作業が終わったようで、三人はその台車を立て直している。

 そうしてこちらを見て、慌てて頭を下げてきた。集中していて、貴人に見られていることに気がついていなかったようだ。

 ゲーオルクの顔を知っているのだろう、ラグナは狼狽しながら膝をついた。

 笑って、ゲーオルクは「そのままでいい」と手を振っている。

 近づきながら、僕は小屋前の六人を手で招いた。

 ここは、みんなで完成を喜ぶのも意味があるだろう。

 本製品の完成時には王太子なども呼ぶので、なかなか堅苦しいことになりそうだし。


「できたのか。動かして見せてくれ」

「はい」


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