第52話 赤ん坊、鉄工職人と会う 2

「何だってこんな、ちびっこい赤ん坊が口出しするんだ?」

「ててす、せいばいして」

「かしこまりました」


 剣に手をかけた護衛が、一歩前に出る。

 とたん、跳び上がった鉄工職人はそのまま、地面にひれ伏した。


「すんません、すんません! ご無礼申し上げ――」

「や、いい。じょうだんだから」

「え――え? なんなんなん――だ――ですか?」


 地面に腰を抜かした格好で、ラグナは辺りを見回している。

 苦笑で、ホルストとイルジーが声をかけた。


「こちら、ここの責任者のルートルフ様。お貴族だ」

「今のは冗談でも、無礼は許されないよ」

「わ、分かった」

「それから、このことも絶対秘密事項」

「お、おう」

「なっとくしたら、つづき。なにがもんだい?」

「は、はい――」


 よろよろと立ち上がって、ラグナは未完成の荷車横に戻る。

 震える指で、問題の車軸受けを差した。


「このままだとこれ、少し大きくて、俺が自由に作れる型に填まらないと思う――です。もっと大きな型作るには、親方の許可がいるんで、もう少し時間かかる。それと、そんな大きさの作って上手く動かなかったら、目も当てられねえ。この精密さでしょう? できれば一回り小さいの作って、動きを確かめてから、大きいのってことにしたい――です」

「ふうん」


――一理ある。


「でも、ひとまわりちいさいって、ぜんぶおなじく、ちいさくしなきゃ、でしょ。いしのたまは?」

「一回り小さいの、あります。今使ってるのが二十ミマータの大きさで、他に十五ミマータのが」

「ふうん」


 イルジーの返答に、頷く。


「いまのと、4ぶんの3のしゅくしゃくで、ちいさくすることになるね。ほかのきのぶひんは、それにあわせてちいさくつくれる?」

「設計図直せば、すぐ作れます。でもそのまま荷車を小さくしても、実用向きじゃなくなりますね」

「しゃじくうけのうごきをみたいんだから、おなじ、にぐるまじゃなくてもいいよね。もっとかんたんな、だいだけのものつくって、とりつけてみたら」

「ああ、それなら車体に手間かからなくて、やりやすそうです」

「せっかくだから、それなりにつかえるもの。しゃりんは、このあかんぼくるまくらいのおおきさで、よんりん。だいは、これとにぐるまの、ちゅうかんくらいで、いちまいいたに、もちてをつけただけ、ってかんじでつくれる?」

「できそうですけど、そんなの、使い道あるんですか」

「ん。おくないの、にもつはこび」

「ああ、王宮は広いから」

「ん。らぐなは? よんりんになっても、だいじょぶ?」

「は、はい。木で作ったのがあれば、それを使って型を作るんで。あとは二つでも四つでも同じ、す」

「よし。じゃあまず、きのを、つくろ」

「分かりました。まず、寸法を直して――」


 イルジーが急いで、木の板を出してくる。

 昨日作った、それぞれの部品の寸法表が、ここで役に立つ。

 それへ向けて、僕は手を伸ばした。


「みせて」

「はい」


 イルジーとホルストと、三人で囲んだ間にその寸法表と新しい筆記板を置く。

 ホルストに筆記を任せ、僕とイルジーで数字を睨み。


「180だから、135に。42だから、31.5に――――」

「え、え、え――?」


 僕がまくし立て始めると、誰もついてこられずあたふたホルストがペンを動かすだけになっていた。

 横から覗き込んで、ラグナはただ呆然としている。


「な、何でこんな、計算が速いんだ?」

「そこはまあ、ルートルフ様だから」

「お前らもこれ、数字が読めるのか?」

「勉強したから」


 ただ僕のやることを目で追うだけのイルジーが、疲れた声で応対している。

 しかし、彼をのんびり休ませるつもりもない。


「じゃあそれで、ほるすとはそのぶひん、つくる。いるじーは、のこりのすんぽう、かく」

「は、はい」


 肝心の部品だけ、ホルストに縮小版の製作を始めさせる。

 これはラグナの鉄工の型にするから優先だが、残りも引き続き木製で作らなければならない。

 そのまま次々と計算した数字を僕が読み上げ、イルジーは大わらわの筆記を続けた。

 横手で木の加工を始めたホルストの手元を見て、ラグナはさらに目を丸くしている。


「何でこいつも、こんな細かいのこんなに速く作れるんだ?」

「ホルストだから」


 筆記板から目を離さず、イルジーが応えた。

 一通り、計算は終わる。

 車体と車輪は大きさを変えるので、この計算とは別口だ。

 続けて、イルジーとその設計の相談に移った。

 車輪は、この大きさ。台の広さはこれくらい。三方にものが落ちない程度の出っ張りを作ろう。後ろ側の一辺は、ものの積み下ろしのため平らに。台の高さはこうなるので、持ち手の長さはこれくらい。

 規格ができたところで、イルジーもできるところから製作に入った。

 ラグナは興味津々で二人の作業を見ている。

 僕は降りていた地面から赤ん坊車に戻って、ぐてっと仰向けになった。


「つかれた」

「お疲れ様です」


 夏の陽射しの下で、かなり頭を使ってしまった。

 僕の様子を見て、ナディーネが慌ててハンカチで扇いでくれる。

 ヴァルターも心配そうに覗き込んでくるが、まだ休んでいるわけにもいかない。


「ばるた、さんにんのはなしきいて、てっこうこうぼうへ、ちゅうもんしょかいて。それから、もとのおおきさにしたばあいの、かかく、みつもり、いらい」

「分かりました」


 話していると、門番が寄ってきた。

 アイスラー商会から届け物だという。新しい、彫り刀だ。

 見ると、こちらの三人は熱心に議論をしている。


「こここれ、鉄にするならもっと薄くしてもいいんじゃないか」

「そうだな。重さも軽くなるし、価格も抑えられる」


 そっちはヴァルターに任せて、僕は小屋に向かうことにした。

 テティスに抱かれ、彫り刀も持ってもらう。

 新しい道具を受けとって、ウィラとイーアンは目を輝かせていた。これで次の課題も目処が立つ。

 二班の作業も、第一弾の製品が最終段階に入ろうとしている。

 ここからさらに細かい配慮が必要な作業になるので、注意を与える。


「ごごから、ぼくもみながら、やってもらうから。とりあえず、これがこうなるところまで、やっておいて」

「分かりました」


 四人の返事を確認して、外に出た。

 一班の二人とラグナは、注文の詳細を固めたということだ。

 ホルストから部品見本を、ヴァルターから注文書を受けとって、ラグナは今にも駆け帰りたそうにしている。


「今日の昼から、型を作り始めます。たぶん、明日の昼前にはできたのを持ってこれる、思うです」

「ん。ほるすとといるじーは、それまでにほかのぶぶん、しあげられる?」

「頑張ります」

「じゃあ、もくひょう、あすごごいちばん、しさくひんかんせい」

「「「おう!」」」


 ラグナを見送るともう午前十二刻見当で、執務室に戻ることにした。

 カティンカに迎えられて席に落ち着き、ヴァルターにゲーオルクを呼びに行ってもらう。

 用は詰まっていなかったということで、公爵次男はすぐにやってきた。


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