第51話 赤ん坊、鉄工職人と会う 1

 この日は作業を休止して学習を行ったけれど、別に奉仕精神でこれらを教えたわけではない。

 この程度の文字や計算を覚えることで、孤児たちの作業効率は大幅に向上することが期待できるのだ。

 翌日から、二班の作業途中物の分類保管や記録が、徹底されるようになった。

 三班では、今彫っているものの名称を横に書き入れることで、身の入り方が違ってくる。今後、もっと明らかな効果が見られるはずだ。

 一班では製作物の寸法や部品の名称を記録することで、効率が上がる。何より今後、鉄工職人や工房の先輩などと打ち合わせをする際、これがあるとないとではまるで話が違ってくるだろう。


 その鉄工職人は、午前中に現れた。

 前日とはうって変わった晴天で、ホルストとイルジーが製作中の荷車を外に出してきたところへ、門番に案内されてくる。

 ラグナと名乗ったその少年は、十五歳だという。黒髪で肌も焼けたように色黒、年下のイルジーより少し背は低いが、横はずんぐりして見える。

 こちら十二歳の少年二人との打ち合わせが目的だが、一応僕とヴァルターも立ち合うことにする。もちろん僕はナディーネの持つ赤ん坊車の中で、少し後方に下がっているけれど。

 なお、二班と三班はこの日から、原則小屋の中での作業になっている。


「ラグナ君だね。前もって聞いていると思うが、ここで見聞きしたことは絶対外で口にしない、と契約されている。それはいいね?」

「分かってる……ます」


 ヴァルターの確認に、やや陰鬱な表情で応える。

 面倒くさそうにも見えるその表情からすると、工房の中でも若手というだけで厄介ごとを押しつけられた、という感覚なのかもしれない。


「来てもらった用件は、こちらで作成している木製品の一部を鉄製に置き換えられないかという相談だ。こっちのホルストとイルジーと話し合ってくれ」

「ホルストです」

「イルジーです」

「おう」


 二人に連れられて、製作途中の荷車に寄っていく。

 こちらと少し離れた安心のためか、無遠慮な声が聞こえてきた。


「荷車なんてのは、壊れたら修理する、修理できなくなったら捨てるってもんだろう。鉄を使おうなんて贅沢、意味があるのかねえ」

「まあ、見てほしい」


 尊大に見える態度は、自分が年上だという意識だけではないらしい。

 一般的に鉄工職人は、木工よりも高級で丈夫なものを作っている、何よりも武器の製造で国の役に立っているという意識で、上から目線になるらしいのだ。

 対して、木工職人は自分たちの方が広く世の中に役立っている、細かい細工には誇りを持っている、ということで譲らない。

 どうもその辺で相容れず、比較的鉄工職の方が態度が大きいようなのだ。

 今回はその辺の緩和のためにできるだけ若い人材を要請したのだが、あまり意味はなかったのかもしれない、と思う。

 とりあえずまず仮完成している試作品第一号を見せられて、何とも馬鹿にした表情だ。


「見た目新品なのは分かるが、やっぱり貧乏くさい木造じゃねえか」

「この、車輪の動きを見てほしいんだ」


 一度裏返して車輪を上に向けた状態で、ホルストが手で回してみせる。

 ふん、と鼻を鳴らして、ラグナもそこに手を添えてみている。


「確かに、滑らかに回転している、な……」


 その目が。

 車輪がぶんぶんと音を立てて回るほどになると、丸く瞠られてきた。


「何だよ、これ? 木で作っていて、何でこんなに引っかからねえ」

「そこが、発明だから」

「どうなってるんだよ、見せてみろ」

「協力を約束してくれたら、見せる」

「こん畜生、何だってんだ。それならまず、この荷車、動かしてみろ」

「いいよ」


 三人協力して、荷車を立て直す。

 ホルストとイルジーが引いてみせると、ますますその目が丸くなり。

「どけ」と二人を押しのけて、引き手を握った。

 勢いよく引いて、その場を大きく一回り。


「何なんだこれ、こんな軽いの、あり得ねえ。うちの親方がこんな車を鉄で作って、接触部磨いて油引いていろいろ工夫しても、こんなにはならなかったぞ。木よりは動きがよくても価格が高い分採算がとれないって、諦めてたんだ」

「そこが、発明だから」

「こん畜生、分かった。話は聞いてやるから、見せてみろ」

「こっち来て」


 ホルストとイルジーは、鉄工職人をすぐ脇の地面に導いた。

 広げていた布を取り去ると、木造の部品がばらばらに置かれている。

 その一部をホルストが取り上げ、組み立てて見せた。


「何だと? 何だその、石の玉は?」

「そこが、発明」

「いや、いや、そんな――何だって――」


 仮組み立てした部品に車軸の棒を通して、回してみる。

 その滑らかさを確かめて、ラグナはしばらく絶句していた。


「どうやったらこんなの、思いつくんだ?」

「このイルジー、天才なんだ」

「そんな馬鹿な、と言いたいところだけど――そこ、認めるしかないな」

「だろ?」

「ここの木の加工も、とんでもない技だということは分かる」

「そこは、ホルストがすごいんだ」

「ああ、すげえ。しかし、ああ、俺が呼ばれた訳、分かったよ。すごい加工だが、こんなの動かして、木造で長持ちする訳がねえ」

「そうなんだよ」

「少なくともここの覆う部分、鉄にできないかと思うんだ。何とかならないか?」

「できるにはできるだろうが。耐久性を考えたら、車軸そのものも鉄にしちまった方がいいんじゃないか」

「ああ、それも考えてるんだけど。また値段も上がるだろう?」

「木より原価が高くなるのは当たり前だが、車軸はただの棒だからな。一つ規格を決めてしまえば、作るのは簡単だ。量産したら単価は下がることになる」

「そうなんだ?」

「今作ってる改良型は車軸を分けているから、もっと単価も下がることになるのかな」

「改良型? 見せてみろ」

「うん、こっちだ」


 すぐ隣で布を掛けてあった車両を、ホルストが披露する。

 目を輝かせてラグナは、片側だけできていた車軸受けの部分に飛びついた。


「なるほど。こうやって、右左を分けているわけか。これなら確かに、車軸も短くなっていて量産しやすい。単価も下がるだろう」

「覆いの部分は?」

「けっこう複雑な造りだが、一度形を決めてしまえば、これも鉄の場合はできた型に流し込んで作れるから、あとは簡単だ。むしろこれ、木工だとかなり腕のいい職人が時間かけないと作れないんじゃないのか? 人の手間賃考えると、原材料費の差もかなり相殺されるかもしれないぞ」

「そうなの?」

「費用面は親方に聞いてみないと、確かなことは言えないがな」

「それでもとにかく、作ることはできるんだね」

「ああ、できる」

「いまからつくったら、どれくらいでできる?」

「この木の部品と同じ造りでって言うんなら、これを借りていって型を作るのに半日、鉄を流し込んで完成まであと半日もかからねえ」

「しゅごい」

「ただなあ……」

「なにか、もんだい?」

「いやこれ、このままだと少し大きすぎ――な、何だ、この赤ん坊!」

「きにしないで」

「気にするわ!」


 後ろから覗き込んで問いかけをした僕に、雑言が返ってきた。

 何とも、肝っ玉の小さな男だ。


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