第48話 赤ん坊、作業を視察する

 ウィラとイーアンは、向かっていた作業台から顔を上げ、こちらに会釈を寄越した。

 見ると、今手がけていた課題はかなり綺麗に処理されるようになっているようだ。

 それが終わったら次にこれを、と花と動物の絵を二枚ずつ渡す。


「わあ、綺麗な絵ですね」

「この、かてんかが、かいた」

「すごい、じょうず」

「でも、彫るのは難しそうですね」


 歓声を上げるイーアンと対照的に、ウィラは顔を曇らせた。

 ペンで書いた線の上を、指先で撫で辿っている。


「むずかしそう?」

「これだけ線が細いと、わたしたちの今の技術では、無理かもしれません。持っている彫り刀もここまで細かいのは……」

「しゅぎょうして、どうぐもよくしたら、できる?」

「修行というか、工房の先輩にコツを聞いたら、何とかなるかも」

「そうだね。すごい細かいの得意な先輩がいるの」

「じゃあ、せんぱいにそうだんと、あたらしいどうぐ。おやかたに、あたる。ばるた、あとからつれてって」

「かしこまりました」

「ちょっと、にはんのようすみた、あとね。かてんかは、このこたち、みてて」

「はい」


 指示する前から、カティンカは二人の彫った板を興味津々、目を輝かせて見ているのだ。

 許可を得て早速、「これどうやって彫るの?」とウィラに問いかけている。

 僕は赤ん坊車からテティスに抱き上げてもらい、二班の場所へ向かう。

 ヴァルターには、一班の作業に問題がないか訊いておくように頼む。


 二班は、ちょうど今の作業が終わるところだ。

 加工物をすべてまとめて、全員作業小屋に入るように指示する。

 文官と侍女にいつもと違う指示をしたのは、これからの指示を聞かせたくないためだ。

 作業はますます機密性を増すので、この先はすべて小屋の中で行い、こちらも同行者はテティスだけにする。

 グイードとエフレムに裏の小川へ水汲みに行かせ、アルマとマーシャに道具を揃えさせる。そうしてから改めて四人に次の手順を説明すると、真剣な表情で聞いていた。

 質問はないか問うと、アルマが手を挙げた。


「ルートルフ様、これ、この先もいくつか段階の手順があるんですよね?」

「そう」

「一つ一つの手順を全員でやるより、段階ごとに担当を分けた方が効率的なんじゃないですか?」

「よくきがついた。えらい」

「わ、褒められた」

「でも、いまはそうしない」

「え、どうしてですか。もっと同じの作るなら、一人か二人は今までの手順をしていた方が、作業が途切れないですよね」

「そうだけど、さいしょはこのよにん、ぜんぶのてじゅんをおぼえてもらう」

「そう、なんですか」

「これ、うまくいったら、くにじゅうでおおぜいが、このさぎょうをする」

「わあ、そうなんですか」

「そのとき、このよにんには、みんなにおしえる、せんせいになってもらう」

「ええ?」

「先生?」

「俺たちが?」

「すげえ!」

「このよにん、このぎじゅつの、かいそになる」

「開祖?」

「すげえ!」

「何かそんなの、親方言ってたよね」

「うん。年寄りでそう呼ばれている人いるって」

「そうなるように、がんばって」

「「「「はい!」」」」


 張り切って作業を始める四人を、観察。

 木槌や木片の打ち合わされる音が、外にまで賑やかに響き出す。

 ここまで来ると、使った材木の種類による向き不向きが少し見えてくる。それを確認して、外に出た。

 小屋のすぐ外に、ヴァルターが待っていた。

 一班の作業に支障はないという。


「じゃあ、ばるた、あっちのふたりつれて、こうぼうへいってきて。それからこうぼうかしょうかいで、しろしまのきのえだを、ひとかかえくらい、てにはいるならもってきて」

「シロシマの木の枝ですね、分かりました」

「あと、あのふたり、さっきのいたを、せんぱいにみせるのはいいけど、あとはぜったいひみちゅ」

「了解です」


 ヴァルターがウィラとイーアンを連れて出ていったところで、赤ん坊車に戻り、カティンカを伴って第一班の現場へ向かう。

 途中、ゲーオルクが出てくるのが見えた。


――そう言えば、植物見本が着くと、言ってたか。


 何となくこちらの方が気が逸るのだが、そちらを無視するわけにもいかない。

 見ると、やはり門番を連れて小屋の方へ向かってくる。


「おう、最後の見本が届いたそうだ」

「ん」

「そうなんですが、実は……」


 困惑顔の門番が案内する、小屋の裏に回ってその理由が分かった。

 いつものような木の箱から、緑のものは見えていない。


「何だ、こりゃ。全部枯れてるじゃないか」

「はい、着いたときからこうなってました」

「これで、いい」

「何だ、枯れてていいのか?」

「しじしょにも、かいた。かれたのの、たねをみる」

「へええ」


 枯れ茎から、門番に種の部分を扱きとってもらう。

 匂いを嗅ぐと、どこか爽やかな感じだ。


「たぶん、つかえる。こうしんりょう」

「ふうん、香辛料か」

「たねを、かわかして、つぶす。あとで、やってもらう」

「まあ、分かった。一応当たりっぽいってことだな」

「ん」


 あまり納得のいかない顔で、ゲーオルクは王宮の方へ歩き出す。

 門番にはこの箱をこのままにしておくように言って、我々も元の方に戻る。

 が、立ち去りかけていたゲーオルクが、振り返ってきた。


「そうだ、さっき言ってた鉄工職人だが、明後日ならここへ呼べる」

「ほんと? わかいしょくにん?」

「十五歳で、腕は確かだということだ」

「そう、ありがと。おねがい」

「ああ」


 頷いて、ずんずんと去っていく。

 その情報を持って、僕は荷車製作現場へ向かう。

 近づくと、ホルストが渋い顔になっていた。


「どしたの?」

「ああ、ルートルフ様、ちょっと……」

「新しく取り付けた部品が、割れちゃった、です」

「ちょっと、木目の向き読み違ったかな。やり直しだ」

「だね」

「むずかしいんだね」

「はい、細かい細工なんで」

「ホルストだから、何とか作れているんです」

「じゃあ、りょうさんは」

「量産するにも、やっぱり作れる職人は限られると思うです」

「ふうん」


 二人はかなりがっかりの様子だけど。

 僕には、ちょうどいい話題になるところだ。

 部品の一部に鉄を使うことを提案すると、二人は揃って困惑の顔になった。

 うーんと唸って、思案顔を見合わせている。


「ぶひん、こわれにくくなる」

「はい、それは分かります。でも、問題がいくつも」

「鉄は金がかかるし、第一こんなこと、鉄工職人は協力してくれないです」

「そこ、こちらでちょうせいする」

「そうなんですか」

「ぜんぶじゃなく、いちぶにするから。できるだけ、ねだんもおさえる」

「はい」

「あさって、てっこうしょくにん、よぶ。てつにかえる、ゆうせんじゅんい、かんがえておいて。ひつようぶひん、ばらばら、よういしておくといい」

「はい」

「分かりました」


 はきはき返事して、二人は壊れた部品の作り直しを始める。

 結果としてどう転ぶことになろうと、まず木製の部品は一通り揃えておく必要があるのだ。

 鉄工職人と相談して、その部品を手本にして、いくつかを鉄製に取り替えることになるだろう。

 その木工作業を横から確認したり、また二班の作業を確かめにいったり、しているうちに時間が過ぎていた。


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