第47話 赤ん坊、王位継承を聞く
食事が終わろうとしているところで、不意にテティスが声を発してきた。
「ちょっと、ここだけの話、いいですか」
「なに?」
「朝の後宮女官室で、護衛の中に顔見知りの者がいたので、少し話をしたのです。第二王妃殿下の護衛なのですが」
「うん」
「その者の話では、先日話題になっていた王女殿下の護衛だったセリアという者ですが、やはり辞任というより辞めさせられたというのが正しいようです」
「ん」
「ただし、こちらを辞めてすぐ、そのままヒルシュ伯爵の王都の屋敷に雇われたらしいということです。情報は以上なのですが」
「ふうん」
頷いて、僕はヴァルターに目を移す。
問いかけずとも、ヴァルターも頷きを返してきた。
「ヒルシュ伯爵は、第三王妃ドロテア様のご実家です」
「パウリーネおうじょでんかの、ははうえ?」
「そうです」
「やっぱり、かな」
「やっぱりといいますと?」
「しっぱいのごえい、ただやめさせる、わけない。さかうらみで、そとでしゃべられるかも」
「ああだから、目の届くところに再雇用ですか」
「ん」
「それでも、幼い王女殿下の一存でできることではないですねえ」
「ん」
「その辺を頭に入れて、ルートルフ様をお護りしなければならない、ということだ。昨日も確認したように、ルートルフ様と王太子殿下が情報を交わす関係にあると伝わったのだろうから、今後めったなことはないと思うが」
テティスの言葉に、ヴァルターも頷き返している。
しかしその視線が一度僕に流れ、改めて腕組みで、ううん、と唸る。
「いやしかし、何とも言えませんね。今の状態が変わらない限り、やんごとなき方の中には、なかなか諦めない思いが続くということも」
「そうなのか?」
うーんともう一度唸り、ヴァルターは今度は侍女たちの方へ視線を流した。
そうしてから、意を決した様子で、
「本当は知らなくていいことなのかもしれませんが、ルートルフ様をお護りするには、必要な知識かもしれません。絶対、外で口外しないでください」
「はい」
「はい」
「まったくまだ確かなことは言えない、噂程度の話なのですが。ルートルフ様の後宮入りには、近い将来国王陛下の養子とされる意味があるのではないかという可能性が囁かれています」
侍女二人は、息を呑む。
テティスでさえ、軽く目を瞠る様子だ。
「そうなると当然、そこには王位継承の問題が絡んできます。これにはもちろん陛下のご意志が最優先されるわけですが、慣習というか伝統では、継承順位は男子優先で養子は区別されない、ということになります」
「つまり……」
「今までの順は、もちろん第一位が王太子殿下、次がご存命の中では第二王子となる殿下、その次がパウリーネ王女殿下と考えられてきたわけです。公表されていない殿下がいらっしゃらなければ、の話ですが。それがもし、ルートルフ様がご養子になられたとしたら、継承順位第三位になるわけですね」
「なるほど、な」
「しかもこの第二王子殿下ですが、ほとんど公の場にお見えにならない方で、お身体が弱いのではないかと噂されています。ですから、こんな可能性を口にするのも不敬なのですが、もしも、王太子殿下にもしものことがあったら、ですね。お身体の件や、ルートルフ様のご聡明さを考え合わせると、想定外の事態も起こり得る、と疑心を抱く者は出てくるわけです」
「ああ……」
何とも苦々しい顔で、テティスは首を振っている。
「ですから、第二王子殿下と王女殿下の周辺で、これを放置できないという考えを持つ者が出るのは、容易に想像されるわけです。第二王子殿下のご母堂は第四王妃殿下らしいとされていますが、第三王妃殿下と第四王妃殿下の関係は比較的良好という話です。ですので、王女殿下の周辺としては、第二王子殿下が王位継承なさるならまだ納得できるけれど――」
「だんしゃくししゃくのじなんなどに、よこどりされるのは、がまんできない」
「――ということになるようです」
「何を言っているか!」
バン、とテティスがいきなりテーブルを叩いた。
侍女たちが、びくり、と身を震わせる。
「今の話がすべて真実だとして、国の将来のために後継にふさわしいのは
「そう考える方ばかりなら、何処の世にも跡目争いは生まれないのでしょうけどね」
「しかも、ルートルフ様に、そんな権力欲などあろうはずもない、ですよね」
「ん」
「これまで、男爵家の行政でさえ、前に出るのは面倒だとすべてお兄上に押しつけてきた方なのだぞ。それより桁違いに面倒なこと、被りたいと思うはずもない」
――いや、まちがいじゃないんだけどテティスさん、もっと言い方というものが……。
「けれどもしそう説明しても、疑心暗鬼の徒は、まず絶対に信用しないでしょうね」
「……だろうな」
「まあ、現在は国王陛下もご健勝ですし、王太子殿下が誰にも文句のつけられない存在でいらっしゃる。当面のところ躍起になってルートルフ様を害そうという意志があるとは思えないのですが。何にせよ、嫌がらせをしてでも追い出したいという程度の考えは簡単に消えないと思うべきです」
「なるほど。そういうことだな」
「とにかくも、また何があるかも分からない。ここにいる者で、ルートルフ様をお護りしなければなりません」
「うむ」
テティスが頷き、侍女たちも首をこくこくさせている。
しかし続いて、ナディーネは長々と吐息をついていた。
「それにしても、どうしてそんなことになるのでしょう。ルートルフ様はお国のために、この小さなお身体を削るように頑張っていらっしゃっているのに。毎日、お部屋に帰られたときには、お食事をするのがやっとというぐらいにお疲れになられて」
「まったくだ。――しかし、そちらの心境については、ナディーネの方が我々より想像がつくのではないのか」
「あ……」
テティスに言われて、ナディーネは目を瞠る。
隣の同僚の顔を見て、また息をつき。
「そうでした、あそこでそんなことに想像力を働かせる者など、いるはずもありません。わたしにしても、あの先日、セリアさんのすること見ない振りをしろと言われて、ほとんど疑問も持ちませんでした。むしろそれで王女殿下のためになるならよいことなのだと、根拠もなく思い込んでいたというか」
「ルートルフ様が何故こちらにいらしたかとか、何をなさっているのかとか、誰もそんなこと考えないです」
「毎日昼間はお出かけになっていること、何故なのかとか、思うのはふつうなんでしょうにね」
「わたしもまったく知りませんでしたけど、さっき王太子殿下やゲーオルク様ですか、あの方が仰っていたような、最近行われたこと、全部ルートルフ様がなされたんですね。すごいです」
二人で、頷き合っている。
ヴァルターも頷いたり首を振ったりしながら、溜息をつく。
「そんなものなんでしょうね、後宮というところは。まあ、そちらばかりでなく、役所や貴族社会もそれほど違いはないともいえますが。ああ、いや、こんなこと言っていたら、気が沈むばかりですね。午後の執務を始めましょう」
「はい」
「はい」
裏門へ行く際の供も、カティンカになった。とにかく早いうちに、ここの執務の一通りを体験させておきたい。
ナディーネ一人を執務室に残し作業場に赴くと、今日も八人が揃って働いている。
一班は変わらず荷車の製作。そちらの作業にはとりあえず口を出さなくても進むはずだ。
二班はそろそろ、とり揃えた木材の最初の加工を終えようとしている。
そちらへの指示のタイミングを計りながら、三班の作業へ寄っていく。
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