第46話 赤ん坊、スープを飲む

「スープを楽しみに、来たよ。おや、それは何だい」

「おう、なかなか見事だと思わないか」

「ああ、芸術的だというのではないが、写実的で精密に見えるな」


 ゲーオルクに同意して、王太子もテーブルの絵を眺め始める。

 万が一にも王族に大げさに取り上げられては困るので、断りを入れておくことにする。


「ずかんの、さしえの、もしゃ。それほどめずらしい、ものじゃない」

「ふうん。つまり、模写の腕がいいということか。何に使うんだ」

「しんせいひんかいはつに、ちょっと」

「そうか」


『新製品開発』を持ち出せば、王太子もそれ以上追及してこない。

 ゲーオルクも特別に描いてもらう優位を広めたくないようで、特に口を入れてくることはなかった。


 間もなく、ヴァルターとカティンカが、クヌートを伴って戻ってきた。

 二人はこの部屋用の昼食の盆を掲げ、クヌートは大きめの鍋を持っている。

 当然我々の昼食はヴァルターの机に一時保留して、王太子たちにまだ湯気の立つ鍋のキマメ裏ごしスープを給仕する。

 僕とヴァルターにも、味見用の小皿でもらう。


「ふうん、いけるじゃないか」

「おう、意外と高級感が出るものだな。晩餐会に出ても違和感はないかもしれん」


 王侯貴族に褒められて、緊張顔のクヌートは口元だけを綻ばせた。

 僕とヴァルターも、同意で頷く。


「なつばは、ひやしてもいける」

「ほう、そうなのか」

「いどみずで、できるだけつめたく」

「それは、うん、おもしろそうだな」


 王太子の頷きに、クヌートはあわあわの様子で頭に刻み込もうとしているようだ。

 彼にとって幸い、すぐにそれを作れという指示は出なかった。

 鍋の残りはこちらで処理することにして、料理人を帰そうとして、思い出す。


「くぬと、これ」

「はい」


 机脇に呼んで、昨日から書いていた書板を見せる。

 読み書きできると聞いていたので、一連の調理の記録に協力させることにするのだ。


「これ、こないだいった、てじゅん」

「ああ、はい、あれはもうすぐ変化が見れそうです」

「できたら、おしえて。それからこれ、なおしやつけたし、あったらおねがい」

「はい、かしこまりました」

「それから、こっちのも、ためしてみて」

「はい」


 三枚の書板を受けとって、クヌートは一礼する。

 料理人が退出した後、王太子が顔を上げてきた。


「まだ他にも、調理させているのかい」

「うまくいったら、もうけもの」

「そうか。うまくいったらまた、呼んでくれ」

「りょうかい」


 ゲーオルクと頷き合い、今日の用事は終了のようだ。

 そこへ、また一つ思い出して、僕は声をかけた。


「あ、こうしゃくじなんかっか」

「何だよ、妙な言い方しやがって」

「うでのいい、てっこうしょくにん、しらない?」

「鉄工職人、王都でか? ん――、領と取り引きのある工房で、何人かいそうだが」

「わかくて、あたまのやわらかい、うでのいいひと、つれてきてほしい」

「注文が面倒だな。出入りさせている工房や商会のつてで、見つけられないのか?」

「どうも、てきたい、あるらしい」

「何だ、そりゃ」

「木工と鉄工の工房の間ではですね、もちろん釘とかノコギリとかの道具類の取り引きはありますが、用途がぶつかるようなものについての協力関係はなかなかとれないようなんですよ」


 ヴァルターが、補足してくれる。

 聞いて、ゲーオルクと王太子は「ああ」と頷き合っている。


「つまりそんな、ぶつかるようなことをさせたいのか。何を考えているんだ?」

「れいの、にぐるま、しゃじく」

「ああ、あれか」

「もくせいだと、こわれやすい。にぐるまはともかく、ばしゃだともっと、たいきゅうせいない」

「そうなのか? 馬車の車輪部分って、今でも木製だろう」

「あたらしいあれ、つくりがこまかい」

「そうなのか」

「つまりルートルフは、あの発明品の発展のために、木工と鉄工を組み合わせることを考えているわけか?」

「ん」


 王太子の問いに、頷く。

 ゲーオルクはそれに、腕組みで唸っている。


「確かに、木工と鉄工を組み合わせて一つのものを作るなんてこと、進んで協力するってのはなかなかいないだろうな」

「あのふたりみたいに、わかいはっそう、ほしい。どっちかのこうぼうじゃ、むずかしくても、ここならさせられる」

「うーん……」

「公爵家の威光を使ってでも、探させてみろ。最悪は無理矢理命じるでも、仕方ないだろう。あまり年がいっていると考えが凝り固まっているだろうし、あの二人が萎縮して協力体制にならない、ということだな?」

「ん」


 これも、王太子に頷き返す。

 もう一度唸ってから、ゲーオルクは頷いた。


「分かった。当たってみよう」

「よろしく」

「ただし、あのガキども並みならともかく、お前より若い発想は、無理だぞ」

「……もとめない」

「ははは」


 王太子とゲーオルクが、帰っていく。

 さてこちらは昼食だ、とヴァルターを振り返ると。

 横手の方から「ふえーーー」と、妙な音声が漏れてきた。

 見ると、カティンカが机に顔を突っ伏している。


「緊張しましたあーーー」

「よしよし、もう怖くないよ、カティンカ」


 苦笑で、ナディーネがその背中を撫でてやっている。

 その顔を、同僚は恨めしげに睨み上げた。


「ここ、王太子殿下がいらっしゃるなんて、聞いてなかったよ……」

「うん、言ってなかったからね」

「ひどい……」

「言ったらあんた、後宮から出てこなかったでしょ」

「ぜーーったい、出てこない!」

「死に物狂いでルートルフ様の役に立つんでしょ?」

「ううう……」

「まあ、なれてもらうしかない」

「そうですね」


 僕とヴァルターも、苦笑を見交わすしかない。

 ようやく生気を取り戻して、侍女は立ち上がった。

 二人で、昼食の配膳に動く。今日は全員に、スープの残りが加わる。

 ここでは時間の無駄を省くため、全員一緒の食事ということにした。

 ずっと机脇に立っていたテティスも、応接テーブルでスプーンを手に取っている。

 席に戻って、まだカティンカは溜息をついている。


「あんなふつうにお話しできて、ルートルフ様もヴァルターさんも、改めて尊敬ですう」

「うん、それはわたしもそう思います」


 ヴァルターは元の学友だし、僕はむしろ、どこか敬意の常識がずれている、ということのような気もするけど。

 まあ、侍女たちの尊敬をわざわざ否定する理由はない。

 なお、キマメ裏ごしスープは女性陣にも大好評だった。


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