第43話 赤ん坊、侍女を増やす

「ぼくのへやつきに、きてくれる? しごとは、なでぃねときょうりょくして、ぼくのせわ、えとじをかくこと、ほか」

「絵、ですか?」

「ん」

「行きます、働かせていただきます!」

「よし」


 見事に、『絵』だけに食いついてくれた。

 まあおそらく『ナディーネと協力』の部分も心配ないだろう。

 そう思って、もう用のないこの場は去ろうと思う。


「じゃ、にょかんちょ、ありがと」

「あ、はい。失礼いたしました」

「いこ、かてんか」

「はい」


 女官室を出る。

 会話だけで疲れた思いで、僕はそのままナディーネの腕の中。

 鞄を抱えたカティンカが続き、最後尾にテティスという順で、長い廊下を自室まで戻った。

 部屋に入ると、僕は応接用の椅子に座らされた。

 ナディーネは、カティンカを使用人室に案内しているようだ。鞄を置いて、すぐに二人は戻ってくる。

 ぐで、と僕は椅子の背にもたれた。


「なれないはなしかた、つかれた」

「お疲れ様です」


 入口近くに立つテティスが、苦笑で労う。

 それでも必要な話はしないと、と並んだ侍女二人を見た。


「かてんかはとりあえず、なでぃねから、このへやのことをきいて。ふたりきょうりょくして、へやのことはやってもらうから。やりかたは、ふたりでそうだんして。それから、あしたからひるまは、しつむしつにきてもらう」

「はい」


 訊くと、カティンカは十三歳で、十一歳のナディーネより年上だが、以前から年の差など関係なく仲よくやれているという。むしろ、年下のナディーネの側が主導権を持った方が、円滑に行動できるのだとか。

 行動計画を練るのはナディーネの方が向いているが、計画に合わせての行動はカティンカの方が結果を残す。


「高いところの仕事をしてもらえるし、力があるので、水桶でしたらカティンカはわたしの二倍運べるんですよ」

「へええ、しゅごい」

「あの、ルートルフ様、その、執務室の仕事というのは、どんな……」

「そうじとか、へやのかんりのほか、えと、じをかく」

「あの、わたし、絵は好きなんですけど、字は読み書きできなくて……」

「おぼえてもらう。なでぃねといっしょに、べんきょうして」

「あ、はい」


 まだ緊張して、カティンカは全身に力を込めている様子だ。

 それを解すように笑いかけて、代理とばかりにナディーネは質問を続けてきた。


「あの、確かにカティンカは、絵が上手なんですけど。それをお仕事にって、どうするんですか」

「ほんをうつす、いったでしょ」

「はい」

「さしえ、ある」

「ああ、はい」

「かてんか、ためしになにか、かいてみて」

「はい。何がいいでしょう」

「なんでも。なでぃね、ひっきばんといんくとぺん、ある」

「はい、持ってきます」


 侍女用のテーブルで丁寧に描いたのは、花の絵だ。

 地面に咲いた草花の様が、写実的な線画で精密に表現されている。

 覗いて、テティスが「ほう」と唸った。


「なかなか、見事なものだ。何という花かは知らないが、本物が想像できそうだ」

「その、故郷に咲いてた、花なんです」

「うん、じょうでき。つぎ、これ」


 今の間にナディーネに寝室からとってきてもらった図鑑を、開く。

 適当に開いたページにあった、手描きの野ウサギの絵を示す。


「できるだけ、これとおなじに」

「は、はい」


 真剣な目で挿絵を睨み、板の上に手が動く。

 そこそこの時間をかけてでき上がった絵は、見た目、原画と寸分違いのないものになっていた。


「しゅごい、じょうでき」

「へええ、たいしたものだ」

「すごいよカティンカ、元のとそっくり」

「あ、その……どうも」

「うん、これなら、まかせられる」

「これは、一つの才能だな」

「あ、はい、見たもの真似するの、昔からやっていたので」


 顔を赤くして、それでもようやくカティンカは笑いを浮かべた。

「すごい、すごい」とナディーネはさかんにその腕を叩いている。


「じゃあ、そのさいのう、いかしてもらう」

「はい、頑張ります」

「じも、べんきょうしてね」

「はい」


 すっかりやる気を出して、その声に張りが出てきている。

 その後、侍女二人は一緒に部屋中を歩き回って、これからの仕事の段取りを話し合っていた。

 昼食を挟んで相談が続き、決まったところで報告をくれる。

 出された原案に僕とテティスの意見を入れ、仮決定とする。つまりはとりあえずこれでやっていって、不都合があれば修正していこう、ということだ。


 仕事の分担は、基本交代制とする。極力、誰か一人しかできない仕事は作らない。

 食事の運搬、汲んだ湯や水を運ぶ作業などは、協力して行う。

 僕の風呂の世話や、着替えの手伝いなどは、交代制。

 仕事のある朝は、交代でどちらかが車を押して、先に執務室に行く。

 残った者は部屋の掃除片づけをし終えてから、遅れて執務室へ向かう。

 僕が裏門の作業場などへ出かけるときは、原則一人が同行し、一人は留守番となる。留守番の間に、執務室の掃除などを行う。

 と、だいたいこんな要領だ。

 僕からは「時間がある限り字の練習をすること」と注文を出してある。


 一通り用を済ませた後、僕から「このじかんはみんな、すきなことをして」と言い渡され、早速二人は字の練習を始めていた。

 手本の基礎文字表を見て、ナディーネは筆記板に、カティンカは石盤に、真似て書くことをくり返す。

 テティスは朝の続きで、剣の手入れをしている。

 僕は筆記板を用意してもらって、書きものを始めた。

 そのうち、ふとテティスが上げた顔をこちらに向けてきた。


「それにしてもルートルフ様、朝の、あれでよかったのですか。もっとあの女官長を吊し上げるのかと思いましたが」

「ああ、ててすがけんをぬくかと、こわかった」

「……そこまでは、さすがにしませんが」

「あのにょかんちょうの、ていさいつぶしても、いいことない」

「そうですか?」

「あれだけいえば、もうなにもしない。おうたいしでんかに、はなしつうじると、わかったんだから」

「今までは、ルートルフ様がお話しできると知らないから、適当にしていたんでしょうからね」

「ん。それで、ていさいつぶすまでしたら、いんけんないやがらせになるかも」

「まあ、そうですね」

「それに、げんいんのひとつ、やんごとないかた」

「うっかり口にしていましたね。年かさのかたほうですか。わたしはもしや、指示しているのは王女殿下かと思っていたのですが。ナディーネに聞きました。先日の馬車の件、実行したのは王女殿下つきの護衛だったのでしょう?」

「しじはちがう、おもう」


 いつの間にか、侍女たちが顔を上げてこちらの会話を聞いている。

 その、ナディーネに問いかけた。


「おうじょでんか、そんな、けいかくたてていやがらせ、しないんじゃない?」

「ええ、はい。その場で癇癪、ということはありますけど」

「そもそも、ここでのぼくのあつかい、へいかからおうひでんか、そこからにょかんちょうへ、しじされる」


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