第39話 赤ん坊、マメを食べる
「しかし、この間までのは雑草っぽかったですけど、これは畑に植えてる作物ですよね。うちの実家でも作ってたはずですが、キマメじゃないですか」
「ああ、俺も訊きたかったんだ。確かにベルネット公爵領のキマメってなってたよな。今さらキマメを取り寄せて、どうするんだ」
「いちばんみなみのちの、きまめ、みたかった。これ、そだちぐあいどれくらいか、わかる?」
ちょうど知っていそうな人がいたので、門番に訊ねた。
生真面目な顔で、葉の間を探ってみてくれる。
「豆が採れるには、まだかなり早いはずですよ。
「うん、ありがと。ついでに、なかのまめがおおきそうな、さや、じゅっこくらい、ちぎりとってくれる?」
「はい」
気さくに、言う通りにしてくれる。
門番を帰して、その莢はヴァルターに持たせた。
「それ、りょうりばんみならいに、かるくしおゆでさせて。よんぶんのいっこく、くらい」
「はい、分かりました」
「ゆでたら、あついうちにもってきてって。ああそれから、ふたさやぶんは、ゆでてから、まめだけだして、つぶして」
「はい」
「おい、そんな青いの、食えるのか?」
「できての、おたのしみ。すぐできるから、へやにもどる。でんか、これるようならよんで」
「お、おう」
残りの株は、畑に植え直すように庭師に指示してもらう。
ナディーネを促して、テティスと共に執務室に戻る。
厨房に指示をしてきたヴァルターもすぐに戻ってきた。
続いて、王太子とゲーオルクも入ってきた。
「試食できると聞いたが。しかし、キマメだって?」
「青いキマメって、それこそ青臭いんじゃねえのか」
「たべて、みて。きょうは、ぼくもたべる」
「食べられるのかい」
「つぶしてもらったのは」
話しているうち、注文のものが届いた。
白い調理服を着た少年が、盆に深皿と小皿を載せている。
すぐ持ってくるように頼んだので、調理した見習いの少年が自分で運んできたらしい。
「ああ、ご苦労様」
「はいってもらって」
戸を開いたヴァルターに、指示する。
料理人少年は、偉い人が多いと気づいて緊張らしい様子で入ってきた。
「ああ、料理番見習いのクヌートです」
「し、失礼します、です」
がちがちの動作で、テーブルに深皿を置く。
潰した豆が入った小皿は、僕の前に置いてもらう。
「きみは、みてて。これ、まめだけだして、たべる。てづかみで」
「ふうん」
頷いて、王太子は緑の莢を一つ手に取る。
ゲーオルクも、それに倣う。
「はで、しごくといい」
「こう、かい」
苦笑のような顔で、王太子はそれを唇に挟んだ。
僕も続けて、こちらはスプーンで口に運ぶ。
「ほう、なかなか食えるな」
「ん」
「うーむ」
王太子とゲーオルクにもう一つとらせて、部屋にいる残り四人にも一つずつ配った。
二つ目を口にして、ゲーオルクも頷いている。
「うん。ものすごく美味いわけじゃないが、ちょっとしたおやつにはなるか」
「さけのつまみ、とか」
「なるほど、いいかもしれん」
「確かに、そんな気楽な感じにいいですね」
ゲーオルクの感想に、ヴァルターも同意している。
ナディーネとテティスも、軽く頷いていた。
僕は、緊張の顔で口を動かしている料理番に声をかけた。
「あじ、いい?」
「はい。意外と上品な味です。香りもいいです」
「これ、うらごしにして、すーぷ、つくれない?」
「はあ。できるかも、です」
「うしのちち、いれて。あさってのひる、つくってくれる? ざいりょうは、うらのもんばんにきいて」
「かしこまりました」
「ほう、それは楽しみだな」
笑って、王太子が頷いていた。
料理番見習いはかなり青ざめていたが、まあ大丈夫だろう。
少年を帰した後、作業小屋が完成したという報告が来たので、居合わせた全員で外に出た。
できあがった小屋は、床が板敷きで壁と屋根は丸太製、注文通り十人程度は作業できる広さになっている。
高いところに明かりとりの窓があり、ふつうなら照明なしで作業が可能そうだ。
中央には作業用の木製長机が六脚並び、それに簡素な椅子が二脚ずつ添えられている。その前後左右にもそこそこ空きがあり、荷車などを保管しても余裕を持てそうだ。
「ん。ちゅうもんどおり」
「ですね。ご苦労様でした」
僕が囁くと、ヴァルターが作業員に終了確認を告げた。
今日の終了時からはここに、作業途中の製品や道具類を鍵をかけて保管する。
あともう少ししてからは、人目に触れさせたくない作業をこの中で進める予定だ。
また、天気の悪い日はやや狭いが全員入って、進めることもできるだろう。
鍵の保管は、これも門番にさせることにする。
完成品を少し見て、王太子とゲーオルクは納得して戻っていった。
僕はまた、それぞれの作業を見て回る。
荷車の作成は、目論見よりも順調に進んでいるという。
僕を振り返って、ホルストが笑顔で報告した。
「ルートルフ様のお陰でこれに集中できるの嬉しくて、俺たち二人とも絶好調なんです。うまくすれば、二週間より早く完成するかもしれません」
「それはよかった。でもあしたは、やすみ。ちゃんとやすむこと」
「はーい」
第二班の作業は、四種類の材木について第一段階の加工が終わったところだ。
加工した四種類のそれぞれを小屋に運び、区別して保管する。
最年少のエフレムが、妙に嬉しそうに率先して運搬を買って出ている。
聞くと、木工作業よりこうして身体を動かすことの方が好きだという。
木工は他の仲間より修行開始が遅いため技術が追いつけず、あまり楽しみを感じないのだそうだ。
「このさぎょうは、はじめたの、みんなおなじ。はやくおぼえたら、いばれる」
「本当? 頑張る」
目を輝かせて、ますます足どりが軽くなっている。
保管場所での区別に標識を書かせようと考えて、皆字を知らないと言われたのを思い出した。
少しだけ読めるのが、イルジー一人だという話だ。
仕方ない僕が書くか、と考え、思い直した。
「なでぃね、じをかけるようになったか、しけん」
「ええ?」
「いわれたとおり、かいて」
「はいい……」
情けない顔をしてるが、字の巧拙を問わなければ、もうほとんど書けるはずだ。
四苦八苦しながら、言われた木の種類を板に書き込んでいた。
第三班の二人は、本当に飽きずに同じ作業をくり返している。
意地悪に思われそうなほど細かい修正を指摘されても、生真面目に頷いて何度も再挑戦している。
つまるところ八人全員、今のところやる気十分の作業を続けているのだった。
そんな確認をして、この日の作業は終了にした。
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