第38話 赤ん坊、父と面会する 2

 ヴァルターとも相談して、先日の馬車の件はこれ以上詳しく説明しないことにしている。

 そこに誰かの意図が働いている可能性を知ったら、もう父がここから帰してくれなくなりそうだ。

 僕としては、ようやく始めたあの裏門での作業、途中で投げ出したくない。


「子爵閣下、私がついていながら、申し訳ありませんでした」

「うむ。今後、二度とくり返さないように留意してくれ」


 ヴァルターの謝意には、ほとんど目を向けず答える。

 視線はすぐ、その隣に移り、


「テティス、無事ルートルフの元についたようだな。聞いた通りだ。このようなことが二度とないように、よろしく頼む」

「かしこまりました」


 頷き、とりあえず満足の顔で、父は席に戻った。

 先週と同様、宰相と騎士団長が座っている。

 向かいの上司へ、父は恨めしさを隠さず、嘆息を見せた。


「ルートルフの近辺に十分な護衛の配置がされていなかったと聞いて、耳を疑いました」

「……うむ。言い訳にもならぬが、殿下も私も同じ思いだ。こんな重要な配慮が、まさか何処かで抜け落ちていようとは」

「信用できる護衛をつけることができて、わずかに安堵しているのですが……」


 二人もう一度、深々と溜息をつき合っている。

 そのテーブル脇に寄って、ヴァルターがこの週の報告を行った。

 皆がよく承知している製鉄の剣の話から始まり、植物見本の採否、今も話に出た森の視察は不慮の事故で中止になったが、その際僕が知り合った孤児に、新しい作業をさせていること。

 新しい荷車の製作が進んでいるという件では、騎士団長と父が感心の顔になっている。


「ほう、従来の二倍滑らかに動く荷車か。それは素晴らしい、戦場でも役に立ってくれそうだ」

「王太子殿下の判断では、他国への輸出も見込めるということなのですね」


 父の問いかけに、宰相は頷きを返す。


「うむ。おそらく他国にも、同様のものは無かろうということだ」

「それほどのものを、子どもだけで作り上げていたというのか」

「はい。ルートルフ様も知恵を貸したということですが、元々は十二歳の子ども二人だけで思いつき、完成間際まで仕上げていたということです」

「ぼくも、おどろいた」

「木工業などで我が国民の技術の高さは知られているところだが、まだまだ可能性を持っている者はいそうだな」

「そだ、さいしょかっか」

「何かね」

「いしのたまの、ゆしゅつ、きをつけて」

「どういうことだ」


 木工品に並んで高い加工技術を要する石の玉が、この国で生産されている。

 子どもの玩具用などとして、広く出回っているようだ。

 今回の新しい車軸には、この玉が使われている。

 もし荷車を輸出して他国で車軸部分を研究されたとしても、精巧にできているこの玉が十分な量手に入らなければ、すぐには模倣できない。

 そう説明すると、宰相は深く頷いた。


「そういうことか。関係各所に、注意させよう。簡単に模倣を許しては、元も子もないからな」

「ん」


 その他には。

 ウェーベルン公爵領の製鉄は、回数を重ねるごとに少しずつ質を上げている、ということ。

 アドラー侯爵領では、イノシシ肉不足と思われる奇病が、オカラの供給で改善に向かっているということ。

 などが話題に上った。

 騎士団長は別に毎週この会合に加わることになっているわけではないが、今回はこの報告をしたかったようだ。


「結果、ルートルフ君の名はその地で神のごとく崇められている」

「……かんべんして」

「アドラー卿、そのこと自体悪いものではないが、ルートルフの名はあまり広言しないように願いたい。他国に目をつけられることは何としても避けねばならぬ」

「ルートルフ本人も、騒がれることは苦手としておりますので」

「は、承知しました」


 と、頭は下げながら、あまり本人は反省したようでもない。

 続けて豪放な笑顔で、もう一つの件を持ち出してくる。


「それと、例の『風』と『火』を戦に役立てる件、領地の兵に試させてみたところ、数十人ずつで息を合わせて、確かに百マータ程度先まで飛ばすことは可能と分かりました。修練次第で、さらに有用とできそうです」

「それは重畳。実戦に繋げていってもらいたいもの」

「これもルートルフ君には感謝です。ははは」

「うむ。なかなか今回も、よい話が聞けたものだ」


 一通りのやりとりを済ませて、父と僕は身内の会話に入る。

 僕が担当侍女との関係に慣れてきたことを告げると、とりあえず安心してもらえた。

 父からの報告は、母と兄のこと。ミリッツァも加えて、近いうち領地へ戻ることになったという。

 父の陞爵に関係する行事が一通り終了したためだ。

 家族との物理的距離が空く、という点では精神的に応えるものがあるが、これは仕方ない。


「ちーうえ」

「何だ」

「ててす、よこしてくれて、ありがと」

「うむ」


 以前の顔見知りが一人いるだけで、その辺りの心持ちもずいぶん違う。

 さっきテティスの顔を見たとき、思わず涙を零しそうになってしまったことは、誰にも秘密だ。


 他には、新領地から届いたナガムギについて、兄が『蒸して潰して乾燥させる』加工を試したところ、ものになりそうだという目処がたった、とのこと。

 ミズアメについては、まだ手をつけられないらしい。


 その面会から戻った後は、ナディーネも伴って裏門へ向かう。

 作業小屋の建築は、ほとんど終了間際ということだ。

 その他、アイスラー商会に注文した材木類や金属製の道具が届いていた。

 第一班の荷車作成は、仮完成品第一号を傍に置いて、第二号を新しい板類を使って最初から組み立て始めているという。

 第二班は、昨日課題に出した道具作りが間もなく終了するところ。その後は新しく届いた材木を使って、次の段階にどれが合っているかいろいろ試させる予定だ。

 第三班は、前日の課題をかなり綺麗に仕上げていた。いくつか修正点を指摘して作業の感想を聞くと、「今回使った板は堅くて、彫りに時間がかかる」ということだ。

 商会が何種類か都合してきた板を見せると、すぐにウィラが声を上げた。


「あ、これ。この種類の板、いつも使ってて、彫りやすいんです」

「ほんとだ、これだ」

「われたり、まがったり、しにくい?」

「うん、大丈夫」

「それなら、それでつぎのかだい、やってみて」

「はい」


 イーアンも目を輝かせて、食いついてくる。

 そんな二人に、今日から明日の新しい課題を与える。基本同じ彫りのくり返しになって飽きが来るのが心配だが、速度と正確さを上げるという目的に、この二人は面白そうに挑戦している。


 第二班に戻って次の作業を指示していると、建物の出口からゲーオルクが姿を見せた。

 次の作業には火を使うので、門番も呼び寄せて注意を与えた上で、始めさせる。


「何だ、焚き火を始めるのか」

「ひをつかう、さぎょう」

「ふうん、まあいい。植物見本が一つ届くと連絡があったんで、確かめに来たんだが」

「ああ、一箱届いております」


 言って、門番は建築中の作業小屋の陰に案内した。

 確かに一箱、高さ一マータにならないほどの青い植物が茂っている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る