第32話 赤ん坊、侍女と話す 1
「そのうえで、ひとつ、やくそくしてもらいます。ここでしているしごとのなかみは、ぜったいだれにも、ひみちゅにしてください。こじいんのせんせいや、おやかたとか、おせわになっているひとにも、です」
「「「「「「はい!」」」」」」
「それから、ぼくがはなしをするあかんぼうだということも、ひみちゅです」
「「「「「「はい!」」」」」」
素直な、子どもたちだ。
――僕より、年上だけど。
それで前置きが済んだので、改めて子どもたちに自己紹介してもらう。
結果を整理して、全員を三つの班に分けることにした。
それによると。
第一班は、荷車の製作担当。
班員はホルスト、イルジー。どちらも、十二歳男子。
第二班は、家具作り修行中の者で、新製品開発の全般担当。
班員は、
グイード、十二歳男子。
マーシャ、十一歳女子。
アルマ、十一歳女子。
エフレム、十歳男子。
第三班は、飾り彫り修行中の者で、新製品開発の特殊な部分担当。
班員は、
ウィラ、十二歳女子。
イーアン、十一歳男子。
ということになる。
その後、第一班の二人には、製作作業に入ってもらう。
第二班の四人には、用意した木材とあらかじめヴァルターに描いてもらった設計図で、その後の作業に必要になる道具の製作をしてもらう。
第三班の二人には、課題を与えて板を彫る作業をさせる。要求された通り、速く正確な彫りができるようにならなければいけないので、当分は順次難度を増す課題達成のくり返しだ。
「ここをのこして、こう、たいらになるように」
などと細かく指示をすると、木彫り用の刃物を握ったウィラとイーアンは生真面目な顔で頷き聞いている。
指示を終えてその場を離れかける、と。
少し離れて、「ひっ」と呻くような声が聞こえてきた。
見ると。
両手で口を押さえた、青い顔のナディーネが、立っていた。
「え?」
「ああ、ナディーネ嬢、来てくれましたか」
車を押していたヴァルターが、気さくに声をかけた。
そうしてから、僕に向けて説明する。
「この後私は孤児院や工房を回ってきますので、ルートルフ様の付き添いのために、彼女を呼んでもらいました」
「……そ」
「じゃあナディーネ嬢、あとをお願いします」
「は、はい」
震える手で、車の持ち手を受けとっている。
初めて僕が言葉を話す様子を目撃して、驚愕に無理はない。
しかしまだ、子どもたちの手をつけたばかりの作業が軌道に乗るまで目を離せないので、こちらに構っていられないのだ。
「あっち、にぐるまさぎょうのところ、おしてって」
「は、はい」
まだ困惑の消えない様子ながら、ナディーネは指示に従ってくれた。
乗った車を押されて、それぞれの作業の場所を順に回って歩く。
昼近くになってヴァルターが外出先から戻ってきた頃には、全員の作業が上手く回るようになっていた。
門番から昼一刻を告げられたら休憩にして、裏口に昼食をとりに行くよう指示をして、僕たちは執務室に戻る。
初めて執務室に入ったナディーネは、しばらくきょときょと見回していたが、机前に座った僕に向き直ってきた。
「その……ルートルフ様?」
「ん?」
「ルートルフ様、その、お話ができる……の、ですか」
「ん」
改めて顔を青ざめさせ、両手で口を覆ってしまう。
それから、ぎくぎくと音がするような具合に、腰を折っていた。
「申し訳ございません!」
「何?」
「その……今まで、いろいろ、失礼……」
「ん……」
「はあ?」
応対に困っていると、傍らの席に着いていたヴァルターが、驚嘆の声を上げた。
「ナディーネ嬢は、ルートルフ様のこと、知らなかったのですか?」
「……はい」
「まいにちつかれてて、へやではしゃべらなかった」
「……なるほど」
「しらなかったのだから、そこはいい」
「申し訳ございません」
「何とも、ですねえ」
僕の方にも何処か疑わしげな目を向けて、ヴァルターは首を傾げている。
ナディーネも納得しきれないといった様子で、しきりと両手を組み合わせている。
「それと、その……昨日のことも……申し訳ございません」
「昨日の馬車では、ナディーネ嬢が目を離した隙の突発事故と、聞きましたが」
「それがその……その……」
何度か口ごもり、言い淀み。
そうしてから、わずかに固さの増した声がその口から出てきた。
「今日は、ルートルフ様にお詫びをしてから、女官長に辞職を申し出るつもりでいました」
「いや、それはまた――」
「護衛のセリアさんは、昨夜遅く辞任して、後宮を出たそうです」
「そうなのですか?」
「りゆうは?」
僕の問いに、また侍女の言葉は詰まっていた。
数呼吸、整えてから、続きを口にする。
「公になっていませんが、本当は辞任ではなく、辞めさせられたのだと思います。昨日の失敗の責任で」
「失敗って――」
「わたしも、昨日の責任をとるべきだと思います」
「それは、しかし――」
首を傾げて、ヴァルターは僕を見る。
考えて、僕は問いを返した。
「しっぱいって、ぼくがぶじかえってきたこと、じゃない?」
「え?」
「……はい」
文官の驚き声と対照的に、ナディーネは固い声で応えた。
「なにか、めいれいされていた?」
「はい……わたしは、セリアさんが何をしても、見ない振りをしろと」
「何だって?」
「で、せりあは、ぼくをまいごにしろと?」
「たぶん、そう言われていたと、思います」
「それできのう、ねむったぼくを、そとにだした」
「はい。道を曲がるのに馬車の速度が落ちたとき、ちょうど届くところに防火水槽があったので、いきなりセリアさん……」
「何てことを!」
「わたし、まさかルートルフ様が危険になることするって、思ってなくて……せいぜい困らせるぐらいかと……でもあんな、高い危険なところに乗せるなんて……」
「ああ、それですぐ私に呼びかけたんですね、ルートルフ様が落ちたって。あの角を過ぎて、それほど離れていなかった」
「でも、馬車を停めて、説明して、すぐに引き返しても、もういらっしゃらなくて……王宮の方角だろうと進んでも、何処にも見つからなくて……」
「あのこたちの、にぐるまにおちて、ぎゃくほうこう、いってた」
「そうだったのですか」
大きく息をついて、ヴァルターは首を振った。
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