第31話 赤ん坊、作業を始める

「すべてお前だけが抱えて、それで上手くいかなかったら、どうするんだ?」

「さあ」

「さあ、とは何だ、この野郎!」

「それかくごで、ぼくにまかせた。ちがう?」

「……確かに、そうだな」


 ゲーオルクの勢いをよそに、王太子は重たげに首を頷かせる。

 仕方ないというか、ある意味覚悟を決めた、という表情に見える。


「それは、どれぐらいの期間で結果が出せる?」

「めどがたつまで、はやくて、にしゅうかん。おそくて、いっかげつ」

「そうか。では、二週間後に中間報告を出してくれ」

「ん」

「他、さしあたって必要なものはあるか?」

「えーと……」


 予算的には「王族の小遣い程度は独断で支出してよい」とのお墨付きを得ている。

 孤児たちの日当や材料費などは、それで賄えるはずだ、恐ろしいことに。

 あと、大きく経費がかかるものと言えば――。


「あそこ、うらもんちかくに、さぎょうごや、ほしい」

「小屋?」

「かんそでいい。なかで、じゅうにんくらいさぎょうできる、ひろさ」

「分かった、手配しよう」

「おねがい」


 納得半分という顔ながら、王太子とゲーオルクは帰っていった。

 見送って、直後。ヴァルターと二人だけ残った部屋で、僕はそのまま応接テーブルに顔をつっ伏せていた。


「あ、え、ルートルフ様、大丈夫ですか?」

「つかれた、ねむい」


 ここで初めての外出で、いろいろあった一日なのだ。体力尽きて、何の不思議もない。

 今し方までの会話にしても、「迷子から帰還直後の一歳児に、こんな重い話させるか?」という内容だったわけだが。

 まあこれについては、どうしても今日中にけりをつけておかなければならないところだったわけで、仕方ない。

 それにしても、王太子に対して、大見得を切ってしまった。

 それだけでも精神的にずしりと残って、ますます疲労に積み上がってくる。

 というわけで、あらゆる意味で気力体力限界だ。


「それは、お疲れですよね。早くお引き取りいただいて、休んでください」

「さっきいった、こどもたちにさぎょうさせる、てはい、おねがい」

「はい、了解しました」

「あと、こじいんいんちょう、こうぼうのおやかた、けいえいするしょうかいのかいちょう」

「はい」

「しんようできるかしらべて、いちれんのはなし、せつめいするてはず……」

「進めます」

「それ……から……あと……」

「いやもう、あとは明日にして、もうお休みください」


 問答無用で抱え上げられ、車に乗せられる。

 後宮扉前では、ナディーネが盛んにお詫びを口にしているのが、はるか遠くに聞こえていた。まあ、今日の馬車でのことだろう。

 ヴァルターから指示があったようで、部屋に入るなりそのまま、ベッドの中に入れられた。

 当然ながらその後、何も記憶に残っていない。


 翌朝、睡眠は十分にとれたようだけど、まだ頭が重い。

 それでも今日の予定に気が逸りながら、朝の日課を済ませる。

 ナディーネはどこか思い詰めたような、心ここにない様子で、いつになく動作が鈍い気がする。

 前日の馬車での件を何か引きずっているのだろうけど、今ここで僕ができることも思いつかないし、あえてする気も起きない。

 とにかく頭は、今日からの新しい作業に向いている。


 執務室で、ヴァルターと朝一番の打ち合わせ。

 その後速やかに、裏門へ移動する。

 門番所のすぐ横に、八人の子どもが揃っていた。

 赤ん坊車を押すヴァルターの姿を見ると、ホルストを先頭に横一列に並んで、一斉に「お早うございます」と挨拶をしてくる。

 この辺はおそらく、孤児院内や工房の見習い修行で躾けられているのだろう。


「おはよ」


 僕が車の中から声をかけると、騒ぎ声は上げないものの、初対面の六人は目を丸くしていた。

 とりあえず異常な赤ん坊についての予備知識は、聞いているらしい。

 今後のこともあるので、この子どもたちに対しては直接僕から説明や指示を与えるつもりだ。

 一通り見回して、「あっちへいどう」と告げる。

 門番に声が届かない程度の奥へ移動して、土の上ではあるけれど、横一列に腰を下ろさせる。

 なおホルストの説明では、孤児院院長も一緒に来たがっていたが、今日はどうしても外せない用事があるので、ということだ。

 一応の話を聞いて、子どもたちのこの仕事参加については賛成しているということなので、後からヴァルターに行ってもらって説明の上、正式な許可をもらうことにする。

 それを前提として、子どもたちに説明を始める。


「きいているとおもうけど、みんなには、これからまいにち、ここではたらいてもらうために、きてもらっています。さいていにしゅうかん、つちのひをのぞく、まいにち。じかんは、あさのななこくから、ごごのじゅっこくまで。ひるのいっこくからさんこくまで、きゅうけい。ちゅうしょくがでます。そのじょうけんで、にっとう、いちにちひとり、300やーぬ。いいですか?」


 八人の顔が、一斉に頷く。

 ここまではホルストとイルジーから説明されているはずで、どの顔にも疑問の色はない。


「しごとないようは、ほるすとといるじーは、いまつくっている、にぐるまのさくせい。のこりのひとは、だれもしらないあたらしいせいひんのかいはつです。じっさいには、みじかいきかんでしてもらうかだいを、つぎつぎだしていくので、それをやっていってもらいます。みんながこれまでみならいでやってきたぎじゅつで、できることのはずです」


 ここに来て少し首を傾げる様子も見えたが、まだ黙って聞いている。


「さっき、さいていにしゅうかん、といいましたが、そのあたらしいせいひんかいはつが、うまくいくかどうかを、にしゅうかんからひとつきでみきわめます。うまくいかないとなったら、しごとはそこでしゅうりょうです」


 やや不安そうながら、頷きが見えている。


「ただ、いまきめてもらいたいことがあります。そのかいはつがうまくいったら、みんなにはそのままずっと、そのしごとをつづけてもらいます。いままでのみならいで、したいことをきめていたひともいるかもしれないけど、それはあきらめてもらいます」


 え、と誰かの声が漏れた。

 全員目を丸くして、互いに顔を見合わせている。


「うまくいったら、そのしごとは、いっしょうつづけて、せいかつにこまらないものになるはずです。ただ、それぞれのきぼうはあるでしょうから、このしごとをはじめるかどうか、いまここできめてください」


 見回すと、少し年少の子どもを中心に、戸惑って心を決めきれないでいるような様子だ。

 こんな子どもにここで一生に関わる決心を強いるのは酷ではあるが、これは絶対必要なことなのだ。

 しばらく様子を見ていると。

「質問、していいですか」と、ホルストが手を挙げた。

 昨日のやりとりのときより話し方が丁寧になっているのは、孤児院で何か注意されたのかもしれない、と思う。

「どうぞ」と頷きを返す。


「はい。まず、俺とイルジーは、今の話と違うんですね?」

「ん。ふたりは、きのうはなしたとおり。いまのにぐるまと、ほかのものをつくっていってもらう。こうぼうやしょうかいとも、れんらくをとる」

「はい、ありがとうございます。あと、他の六人について、もう一度確認します。今仕事をやると決めたら、最低二週間これで続ける。開発が失敗なら、そこで終了。成功ならそのまま、一生続ける。それができないなら、いまここでやめにする。そういうことですね?」

「そ」

「はい。じゃあみんな、今すぐここで決めろ。ルートルフ様を、待たせるな。悪いが、俺とイルジーはさっさと自分の仕事を始めたいんだ」


 そわそわと、六人は顔を見合わせながら小声の相談を始める。

 ホルストとイルジーは見たところ年もいちばん上のようで、こうしたところで統率をとる習慣ができているようだ。

 やがて全員頷き合い、前に向き直った。

「やります」という一人の声に、すぐ全員が重なる。


「では、ぜんいん、いまのじょうけんではたらく、ということでいいですね?」


「はい!」と、全員の声が揃った。


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