第30話 赤ん坊、孤児を雇う

「いったい、どうして――」

「いつのまにか、みちにおちてた。このこたちに、ひろわれた」

「それは――」

「おれいして」

「はい、分かりました。君たち、どうもありがとう、感謝する。後で、礼金を用意させてもらう」

「あ、いや――」

「どうも……」

「まず、うらもん、まわって」

「いや、ルートルフ様、まず――」

「まず、はなしある」

「あ、はい、分かりました」


 ヴァルターの話を遮って、とにかく荷車を裏門から入らせる。

 今現在として、ヴァルター他お付きの者たちの心境は、僕を迷子にして申し訳なさで居たたまれない、というところのはずだ。

 それをいいことに、とりあえずこちらの言い分を通させてもらおう、と思うのだ。

 門番にぺこり頭を下げて、二人の引く車は畑前の空き地まで進んだ。


「あしたから、ここで、このこたちに、しごとさせる」

「はい?」

「この、にぐるまの、かいりょう、そのた」

「……はい」

「にっとう、いちにちひとり、300やーぬ。それと、ちゅうしょく。さいだい、はちにん。よういして」

「はあ……」

「みんな、こじいんのこども。あした、こじいんいんちょうに、はなしとおして」

「は……あ……」

「ふたり、どうもありがと。あした、あさななこく、さっきいったように、ここにしゅうごう。あそこのもんばんに、あいさつして」

「は……」

「はい」

「ばるたは、もんばんに、はなしとおしておいて」

「はい」


 強引に話を続けて、とりあえず二人は帰らせた。

 明日からの作業に向けて、荷車はここに置かせておく。

 残されたヴァルターは、もうほとんど虫の息だ。


「ルートルフ様、話の理解が……」

「これで、えんだいなけいかく、すすめられる」

「さよう……ですか」

「ん」

「え、いやしかし――取り急ぎ、執務室へ。王太子殿下が心配してお待ちです」

「そ」

「いや、『そ』って、あなた……」


 ヴァルターには申し訳ないけれど、今の僕には、王太子の『お待ち』よりも、孤児院の子どもたちの確保の方がはるかに重要なのだ。

 とは言え、そのまま有無を言わせず僕は抱き上げられ、執務室に運ばれていった。

 執務室では、王太子とゲーオルクがいらいらの様子で待っていた。


「見つかったのか。いったい、どういうことだ」

「はい、殿下。街の子ども二人が、ルートルフ様を連れてきてくれました」

「そうか、よかった。しかし――」

「いったい、何があったって言うんだ?」

「いつのまにか、みちにおちてた。そのこどもたちに、ひろわれた」

「いつの間にかって――どういうことだ?」

「ねぼけておちたかも。ねてたから、わからない」

「いや、それって――」

「護衛がついていたのだろう? どうしたのだ」

「はい。それが、少し目を離した隙に、ルートルフ様の姿が消えていたと。ふだんはパウリーネ王女殿下の護衛ということなのですが、どうにも――」

「パウリーネの護衛? ルートルフの護衛ではないのか?」

「はい」

「ルートルフの護衛は、どうした?」

「いない」

「いないって?」

「そんなの、さいしょからいない」

「はあ?」


 僕の返答に、王太子は丸く目を瞠っていた。

「どういうことだ?」と室内の一同を見回しているが、誰も答えを持たない。

 僕にとっても、こっちが訊き返したくなるような質問だ。


「護衛がいない? 後宮の部屋にも?」

「いない」

「戸口の外にいるのは?」

「二人とも、ゲーオルク様の護衛です」


 ヴァルターの返答に、王太子の目は、ますます大きく瞠られた。

 次いで、その口から深々と息が漏れる。


「まさか、そんな。どうして――」


 誰からも、答えはない。

 あるはずもない。

 ここにいる中で、王太子の他に『後宮の常識』に通じている者がいるはずもないのだ。

 国王から正妃を通じて、手はずを整えさせた。

 その何処かに漏れがあったと、想像するしかない。

 毎朝後宮を出た後、戸口の外にいるような護衛がいるはずなのかどうなのかについても、僕には情報がない。いないことが異常なのか、その責任が何処にあるのか、ぶっちゃけ、知ったことではない。

 この国、とりあえずはこの王宮内の指揮系統に、何らかの欠陥があるのではないか、と想像するばかりだ。


 頭を抱えて。

 少しの間、王太子は唸り声を漏らしていた。


「いや、ルートルフ、これがどういうことから生じた事態なのか、調べなければ何とも言えない。とにかく、改善の指示を早急に出しておく」

「ん」

「後宮の住人に専属の護衛がつくのは、当然のはずなのだ。何よりもまず、ルートルフにつく護衛を手配する。まあだからと言って、後宮内にいて身に危険が及ぶなどということはあり得ないはずだが」

「ん」

「とにかく、手配する」

「おねがい」


――聞くほどに、言葉が空虚に感じられてくるのは、気のせいだろうか。


 まあしかし、ここで誰かの責任を責め立てても、何ら建設的な結果を生まない、という気はする。

 それよりも今は、目の前にしている問題を先に進めたい。

 明日から裏庭付近で孤児院の子どもたちに作業をさせる、という話をすると、王太子は眉をひそめ、ゲーオルクは首を傾げる。


 何で孤児院の子どもを?

 そんなのを王宮内に入れていいのか?

 王宮庁が何と言うか――。

 規則が――。

 前例が――。


 などと口に出てくる言葉は、すべてはね除けた。


「きそくやぜんれいにあわすのまってて、まにあうの?」


 居合わす三人、誰からもそれに対する回答は出てこない。

 王太子殿下に対して不敬な発言、と咎められるかとも思ったのだが、そういう指摘も返らなかった。

 まあ王太子にとっては、さっきから出ていた一連の件で、僕に対する引け目のようなものが残っていた、という理由があったかもしれない。


「それにしても、そんな孤児を集めて何をさせようっていうんだ?」


 ゲーオルクから出た疑問は至極当然のものだったが、これも門前払いした。


「できるまで、ひみちゅ」

「秘密って、おい!」

「じょうほうかんり、たいせつ。ちがう?」


 真っ直ぐ王太子の顔を見て、確認する。

 少しの間思いを巡らせて、「そうだな」とその口から低い声が返った。

 当然、天然酵母の特許取得失敗の例が、頭に浮かんだはずだ。

 せっかく貿易状況改善につながる製品が生まれても、それが事前に他国に知られ模倣されては元も子もない。

 これから進める製品開発は、かなりの部分完成イメージが僕の頭にしかなく、全体像は実際携わる人間にも掴みきれないものになる、予定だ。

 いやそもそも、ある程度開発が進まないと、口では説明しきれないものになるはずだし。

 そういうことを説明すると、渋々のように王太子は頷いた。

 隣で、やはりゲーオルクは不満を隠せないようだ。


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