第29話 赤ん坊、王宮に戻る

 先にヴァルターからも聞いたように、ふつう工房などに正式に雇われるのは、十五歳以上ということになっている。

 その前から見習いで通うには、親や知り合いの保証が必要だ。

 つまりそのままでは、孤児たちは見習いに入ることができない。

 ただ、彼らの孤児院の近くにあるアイスラー商会というところが経営する工房では、会長の方針で、条件付きで孤児の見習いを受け入れている。

 条件と言っても、孤児院長の保証と、毎日受け入れることはできない、という程度だ。

 一応、一般家庭からの見習いと区別をしないとこの制度に支障をきたすので、とのことらしい。

 一方で孤児院側としても、十歳以上の子どもにはある程度働いて収入を得てもらわないと、運営ができない。国からの補助はあるものの、そういった収入を見込んでかつかつなのだそうだ。

 そのため、八人いる十歳から十四歳以下の孤児について、日にちを分けて週一~二日ずつ工房の見習いに通わせ、残る日には街で雑用仕事をさせることにした。

 十歳以上の子どもに対して、もちろん正式採用の雇用はないが、ゴミ拾いや荷物運びなどの仕事を斡旋してくれるところがあるのだそうだ。

 そのためホルストとイルジーは、週二回程度工房で修行をし、残る日はゴミ拾いなどの仕事をし、早朝や寝る前などの時間を使ってこの荷車を製作してきた。

 材料は、工房からもらった余り物の木材と、廃棄されようとしていた古い馬車の部品だった。

 イルジーの思いつきの実現のため、石の玉は専門職人が作ったものを、二人が貯めていたわずかな金をすべて出し合って手に入れた。

 完成したら見習いに通っている工房の親方に見せて、販売に繋げてもらえたら、と考えている。

 ある程度作り上げてみないと本当に使えるか自信が持てないし、アイデアを途中で取り上げられる心配もなくはないので、今のところ誰にも秘密にしているらしい。

 イルジーがこれを思いついたのはもう半年も前だが、毎日せいぜい二~三刻という時間をやりくりして製作を続け、ようやく今日、試運転にこぎ着けた。

 日中の街中での試し運行のため、今日だけ院長に頼み込んで雑用仕事を休ませてもらったのだそうだ。

 それが、孤児院の空き地での動きはまずまずに見えたのが、こちらの坂道で制御が困難になって、絶望しかけていたということだ。


「なるほろ」

「そこへ、お前、じゃない、あんた、いや貴族様?」

「るーとるふ」

「そ、ルートルフ様? の教えでここまで改善できて、さらによくできそうな希望が出てきたわけだ。大感謝だよ」


 ホルストは、弾けるような笑顔になっている。

 隣で、イルジーも何度も頷いている。


「これはもう、俺たちとルートルフ様の合作だよ。完成して金になるとかしたら、絶対お礼するから」

「おれいより、これのかんせい、ぼくのところでさぎょう、しない?」

「え?」

「ざつよういじょうに、おかねかせげるなら、これにせんねんできるんだね?」

「それは、うん」

「いちにちじゅうさぎょうしたら、どれくらいで、かんせいできる?」

「えーと……一週間から、長くて二週間?」

「そんなものだな」

「かんせいまで、にっとう、だす。ざいりょうなんかも、ていきょうする」

「え?」

「本当?」

「ごみひろいとか、ざつよう、いちにちおおくて、ひとりいくら?」

「多くて――二百ヤーヌいったこと、めったにないな?」

「だな」

「じゃあ、にっとう、ひとり300やーぬ、どう?」

「え――」

「本当に?」

「かんせいまで、さいていにしゅうかん、つちのひいがいまいにち。ほかにつくれるものあったら、えんちょう。にっとう、ねあげするかも。ただし、てをぬいたら、うちきり」

「これの完成、俺たちの夢なんだから、手を抜くなんてあり得ないけどさ」

「でも、他に作れるものって?」

「おもいつき、あったら、きく。とりあえずこのつぎ、このしゃりん、ばしゃにつかえない?」

「あ、使えるかもしれない」

「それ、かんがえて」

「あ――うん」


 イルジーは、それで考え込んでいる。

 ホルストはそれ以前に、難しい悩み顔だ。

 もちろんいい話に聞こえても、すぐ信用できるはずはない。こんな赤ん坊が言っていることなのだから、なおさらだ。


「そのきあるなら、うちのおとなと、いんちょう、おやかた、かいちょうと、そうだんさせる」

「えーと、親方、会長って?」

「にぐるまできたら、こうぼうでせいさんして、しょうかいでうることになる、でしょ? こうぼうでしゅぎょう、つづけたいんじゃない? そのへん、そうだん」

「ああ、なるほど」

「いんちょうには、きょかひつよう。きょかしてくれる、かな」

「今言った日当、本当に出るなら、ダメだと言わないと思う」

「院長先生が賛成なら、俺たちもオッケーだな」

「だな」

「かんせいしたら、このさんにんで、とっきょしんせいする。ほかで、かってにまねできなくなる。つくったぶん、おかねはいる」

「すごい」

「かんせいして、みとめられれば、だけど」

「そうなの?」

「このしゃりんとにぐるまなら、まずぜったい、みとめられる」

「へええ」

「それじゃあ、まず」

「まず、何?」

「ぼくを、いえにつれてって」

「家に?」

「まいご」

「迷子だったのかい!」


 二人、呆れ顔を見合わせている。

 それでも納得して、僕を荷台に載せて歩き出してくれた。

 ゆっくり歩いてもらって、続けて質問を投げかけた。


「こじいん、おなじねんだい、ほかろくにん?」

「ああうん、俺たち以外に六人」

「もっこう、できる?」

「木工は、ホルストほどできるのはいないけど、一応一通りできるな」

「うん。二人は、飾り彫りがかなり才能あるって言われてる。残り四人は、家具作り修行中」

「そのこたち、おなじにっとう、しごとこれる?」

「仕事?」

「ん。これとは、べつのしごと」

「いや、その日当なら、喜んで来ると思うけど」

「でも、言ったようにその四人、腕はまだまだだよ」

「おけとか、たなとか、つくれる?」

「それぐらいは全員、大丈夫だな」

「それくらいのつくったり、もっこういがいのしごともしてもらう」

「それなら、喜んでやると思う」

「かざりぼりのふたりは、どんな?」

「まだ腕力ないから大きなのは無理だけど、細かいのはもう売り物になるの作れるって」

「さいこう。じゃあみんな、あしたつれてきて。むりじい、しないけど」

「分かった。話してみる」

「きてやるきのあるものは、もっているもっこうどうぐ、じさん。たりないものは、こっちでよういする」

「言っておく」

「あと、これるなら、いんちょうもいっしょに。これないなら、こっちからいかせる」

「分かった」


 荷車を引かれて、道を真っ直ぐに進む。

 正面に王宮。両側に貴族の屋敷が増えてくる。


「ルートルフ様、何処の家?」

「まだ、まっすぐ」


 真っ直ぐ進み、王宮前広場も通り過ぎる。

 大きな門が、近づいてくる。


「え、まだ真っ直ぐ?」

「まっすぐ」

「って、え、ルートルフ様あれ、王宮?」

「ルートルフ様って、王子様?」

「ちかいけど、ちがう」

「近いけどって――」

「ルートルフ様!」


 イルジーの言いかけが、いきなり遠くからの声に遮られた。

 正面門番の横にうろうろしていた男が、こちらへ駆け出してくる。

 濃いめの灰色の髪は、明らかにヴァルターだ。


「ルートルフ様、ご無事で――」

「ん、ども」


 やっぱりあの馬車は、僕を探して王宮まで戻っていたらしい。

 こちらが見ないうちに、あの防火水槽のところも通り過ぎていたということか。

 とすると、行った先はあの右手の道だったようだ。


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