第28話 赤ん坊、荷車を考える
道端の作業ははた迷惑かもしれないけれど。
とりあえず場所は隅に寄っていて、傍らを馬車でも通り抜けられそうだ、と確認する。
そんな作業を見学しながら。
僕はさっきいた防火水槽の方を振り返ってみた。
今いる道の脇まで、百マータ弱といったところか。
向こうからこちらへ、緩い下り坂になっているようだ。それでさっきこの少年たちは、荷車の停止に苦労していたのだろう。
真っ直ぐかなり先に、王宮。水槽の位置に、右折の道路あり。
探しに戻ってくる馬車がこの真っ直ぐ先の道を辿るなら、見つけてもらえそうだ。
あの右折の方から王宮へ向けて戻るなら、これだけ離れてしまっては難しいか。
――ま、いいか。
今となっては、僕にとってたいして期待できない森の視察より、目の前の『すごい発明』たる荷車の方が興味深い。
まあヴァルターたちは、死にそうな思いで僕を探しているかもしれないけど。
それでも、こちらの改良を見届けなければ気が済まない、という思いの方が強くなっていた。
「よし」
ホルストが呟き、かたりと前輪の車軸が外れた。
固定していた箱状のものを、灰色髪が地面にそっと下ろす。
その弾みで、中からころころ転がり出すものがあった。
かなり小さな、玉の形だ。石でできているらしいものが、何個も。
「ん?」
「あ、見るな!」
灰色髪が、慌てて手で覆って隠す。
どうもこれが発明の勘所で、秘密にしたいようだ。
荷台の下から這い出したホルストも、険しい顔でこちらを睨みつけてくる。
秘密にしたいのなら、見ない振りをしてやってもいい、気もするけど。
これは、そういうわけにはいかない、と思う。
「これ、はつめい?」
「そうだ、見るな」
「もしかして、そのたまで、じくをかこむ?」
「そう――え、なんで分かる?」
「きみ、かんがえた?」
「そうだよ!」
ムキになったように声を張り上げるその顔から、僕は隣のホルストに目を移した。
正面に向き合ったままの、相棒に指を差し向けて。
「かれ、てんさい?」
「あ、ああ」
一瞬ぽかんとしてから、ホルストは破顔した。
「そうだよ、イルジーは天才なんだ!」
「え、いや――」
言われた灰色髪のイルジーは、顔を真っ赤にしてしまった。
発明品を隠すのとは逆の手を、左右に振って。
「いや、これだってホルストがいるからできるんだ。こんな細かいのに頑丈な細工、できる奴めったにいない!」
「へええ」
つまりは、イルジーが発想と設計、ホルストが細かい細工の担当で、全体として二人で協力して作り上げた、ということらしい。
思わず緩んだ手の中の発明品を、僕は無遠慮に覗き込んだ。
確かに、細かく繊細な細工に見える。
僕としては『記憶』に近いものが見つかってその価値が察せられるのだが、あちらのこの部分はすべて金属製のはずだ。石の玉以外木でできているらしいその造りは、どれほどの技術が必要か、想像に余る気がする。
「ふたり、いくつ?」
「え、十二歳、二人とも」
「しゅごい」
「いや……」
二人とも、照れているような戸惑っているような、という表情だ。
まあ確かに、赤ん坊にこんな感心をされても、反応に困るだろう。
しかしどう考えても、十二歳でこの発想と技術、二人とも稀に見る天才なのではないかと思える。
「かいりょう、どうなった? みせて」
「お、おう」
外した部品などを荷台に片づけて、僕も少し離れた地面に座り込んで。
二人が前の持ち手を握り、そろそろと荷車を引き始める。
「お、いいんじゃないか?」
「うん、軽くて曲げやすくなった」
「しゅごい」
ぱちぱち手を叩いてやると、二人とも笑顔になっていた。
近づいて、残りの車軸の部分を覗き込んでみる。
「これ、さゆう、しゃじくわけられない?」
「え?」
ぽかんと目を丸くして、イルジーが隣に屈み込んできた。
意味が分からないという顔で、首を傾げている。
「そのほうが、まがるときとか、せいぎょしやすい」
「………」
ますますその目を丸くして。
いきなり、相棒の顔を振り返る。
「そうだよ! 右左別に回れば、曲がりやすい。ホルスト、できるか?」
「あ、ああ――軸を別にって、この辺で切る?」
「うん。それで、ここで支えるようにする」
「こっちも固定しなけりゃならないな。しかし、やればできそうだ」
「やろうぜ!」
「そのぶぶん、ちいさくなる?」
二人の相談に、口を入れる。
すると、ホルストは勢い込んで頷き返してきた。
「おお、これぐらいの大きさになりそうだ」
「それなら、にだい、ひくくできる」
「なんだあ?」
「え、え――?」
また二人、顔を見合わせる。
荷車の台を覗き込み、改めて互いの顔に頷き合っていた。
「そうか、軸が分かれるから、この部分を荷台の隅にできるんだ」
「それで、重心を下げるともっと安定する」
「それに、荷物の積み下ろしも楽になる」
「ん」
「すげえよ、お前!」
いきなりこちらに向き直って、ホルストが顔を寄せてきた。
一方で、我に返った様子でイルジーはその肩を掴む。
「お、おい待てよ、ホルスト」
「ん、何だ?」
「その子、それ、その服装、貴族様じゃ?」
「え、嘘? 本当?」
「ん。まあ」
「それは、その――」
「きにしなくていい。それより――」
荷台に掴まった姿勢から振り返ると、二人ともすっかり毒気を抜かれた顔になっている。
まるでお化けを見るような様子だけど、こちらも気にしないことにする。
「これどこか、こうぼうでつくってる?」
「え、いや――作ってるのは、孤児院」
「俺たち、孤児だから」
「そなの?」
「作るのは、工房でも習ってるけど」
工房で習っているけど、作るのは孤児院?
どういうことだ?
僕は、首を傾げる。
どういうことか、よく聞いてみると。
まず、二人はこの道の五百マータほど先にある孤児院に住んでいるとのこと。
そこから、木工の工房に見習いとして通っているらしい。
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