第15話 赤ん坊、加護を見る

 執務四日目、七の月の一の光の日。

 この日も、依頼した植物見本が次々と運び込まれてきた。

 届いた四種類のうち、三つは外れ。残った一つ、グロトリアン子爵領のキナバナはかなり『記憶』と一致を見たので、取り置くことにする。

 茎と葉の部分を軽く茹でてみてほしい、と料理場の見習いに伝えてもらって、部屋に戻る。

 戻って間もなく、王太子が訪れた。


「取り寄せた見本に、見込みありそうなものが見つかったそうだね」

「ん」

「初日に依頼を出した六件のうち、見込みありが二件ということになりました」

「六分の二だものなあ。喜んでいいものやら」

「悪くない結果だと思うよ。ただ、すぐ生産向上に結びつくということでもない点、諸手を挙げて喜んでもいられないかな」

「ん」


 初日のように応接テーブルを囲んで話していると、料理場から調理結果が届けられた。

 キナバナを茹でてドレッシングをかけただけのもの。まず野ネズミに食べさせ、専門の毒味役を通してあるので、王太子に食べていただいても大丈夫、とのことだ。

 王太子とゲーオルクが一口して、奇妙な顔になっている。


「何だかかなり、苦いんじゃないか」

「うん、独特の風味だね。しかし、十分食べられる。春の山菜のような、大人の味という感じだな」

「そうですね。確かに」


 ヴァルターも味見して、王太子の評に同意している。

 僕は、食べない。というか、食べられない。『大人の味』はまず口が受け付けるはずもないのだ。

 それでも、三人の感想は『記憶』の内容と一致するので、その先も信憑性が持てそうだ。


「こっちのちしきとあってるなら、それのたねから、あぶら、とれる」

「そうなんですか?」

「いって、つぶして、しぼる」

「そういうことなら、かなり実用性がありそうですね」


 ヴァルターが興奮気味に同意を求めると。

 王太子とゲーオルクも、頷き合っている。


「確かに、我が国では植物油の生産はまだ圧倒的に少ないからね。セサミの油が少し出回るようになったが、微々たるものだ」

「輸入に頼っていて、貿易赤字の要因の一つ、と言える状況だな」

「子爵領からの報告では、野生のキナバナの生息量はかなり多いようです。種ができて上手くいくようなら、そこからすぐに生産体制を作れるかもしれません」


 とは言え、今回入手した見本は花は終わった状態だが、種はまだ熟し切っていない。もうひと月程度は待つ必要がありそうだ。

 納得して、これもゲーオルクから周辺領へ生息実態調査の指示を出すことにする。

 そんな打ち合わせをしていると、戸口の外から伝令の報せがあった。ゲーオルクに、自領から鳩便が届いているという。

「失礼」と王太子に断って、忙しなく退室していく。

 このところ彼が熱意を込めている、製鉄関係の続報だという期待からだろう。

 見送って、王太子はこちらに向き直ってきた。


「ルートルフにも報せることがあって来たんだ。明日昼から、宰相とベルシュマン卿との面談が設定されている。これから原則毎週、空の日の昼食後から午後の五刻程度まで、二人の予定を空けてある」

「ん」


 先日言っていた、「週に一度程度はベルシュマン卿との面会の場を設ける」というものだろう。

 いろいろ含むところはあるが、とにかくも父と会えることは喜ばしい。

 早速ヴァルターに、宰相への報告内容をまとめてもらうことにする。

 そうしているうち、ゲーオルクが戻ってきた。


「とりあえず、製鉄の実験は上手くいったらしい」

「そうか。それは朗報だな」

「まだ満足する出来とは言えないが、少なくとも今までよりは硬度の増した製品が作れそうだ、ということだ」


 言いながら、赤髪の男は目を輝かせて椅子に腰を下ろす。


「さらにいろいろ工夫を重ねて、品質を高める余地もありそうだ」

「実用化できるようなら、すぐに武器の生産に入ってもらいたいな」

「ああ、そのように指示をしている」

「ばるた、ほうこくのしょうさいきいて、きろくしておいて」

「かしこまりました」

「これは、ルートルフのお手柄がまた一つ、だね。私から陛下にも報告しておこう。明日の宰相との面談でも、いい報告事項になるね」

「ん」


 さらに王太子は、ゲーオルクの持つ領地からの報告文に目を通していたが。

 不意に、窓からの日が翳った。

 夕方近くなり、陽が弱くなると部屋の中はかなり薄闇に支配される。


「ヴァルター、ランプを用意してくれるか?」

「かしこまりました」


 文官が照明器具を取り出したところで。

 王太子は再従兄弟はとこと目配せを交わしていた。


「久しぶりにやろうか、あれ」

「了解」


 ゲーオルクが片手を差し上げ、少し上の空間に、ぽう、と火が点る。

 それへ向けて王太子が指をかざすと、空中の火は滑らかに移動を始めた。

 数マータ分真横に動いて、ヴァルターの持つ道具に届き。

 ぽっと、灯りが点った。


「成功」

「だな」

「相変わらずお見事、です」


 ご機嫌な二人を横に、僕は目を丸くしていた、

 少し考えて、仕掛けに理解が及んでくる。

 ゲーオルクの加護が『火』だというのは、すぐに納得がいく。

 それに王太子が力を貸したということは。


「でんか、かご、『かぜ』?」

「ああ、そういうことだ」

「『ひ』と『かぜ』で、こんな、うまくいく?」

「こんなの、目じゃないさ」


 ゲーオルクの自慢げな説明によると、加護の『火』はそこそこ消えにくく、『風』に乗せるとかなり遠くまで飛ばせる、ということだ。

 上手くすれば、百マータ以上先まで飛ばせる、という。


「しゅごい」

「そうか? 尊敬していいぞ」

「でも、だれにでもできる?」

「そんな簡単にできて、堪るか。よほど息を合わせて練習を積まなきゃ、無理だ」

「へええ」

「こんなことも知らないのか。例の、常識が欠けてるってやつだな」

「ん」


 ゲーオルクの悪態に、ここは素直に頷き返す。

 知らなかった、という事実にまちがいはないのだ。

 ちなみにヴァルターにも加護を訊ねると、『水』だという。少し珍しいことに、ここに四人が集って、全員加護が異なるということになる。

 四の四乗分の四の階乗だから確率三十二分の三、つまり九・三七五パーセントか、と考えて。

 不思議の思いに捕らわれた。


――何で、こんな計算できるんだ?


 理由不明。どうも僕の頭、『記憶』とはまた少し別に、算術的な知識がすでに刷り込まれているようなのだ。図鑑の記述や図版を見る感覚ではなく、本能的に頭が働いている、という感じで。

 しかしまあ、深く考えても仕方ない、と思う。


 翌日、空の日になっても、続けて依頼していた植物見本が届いてきた。

 やはり半分以上は外れだけど、いくつか葉や種が香辛料になりそうなものを取り置く。

 ただ種ができるまでにはさらに時間がかかるだろうが、かなり南方の植物はここに植え替えても成長は難しいと思われるので、後日現地での再確認が必要そうだ。

 そういう注釈をつけて記録を残すのに、ヴァルターが四苦八苦している。


 この日は、昼から父と面会の予定だ。


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