第14話 赤ん坊、植物見本を見る
三日目になる執務も、前日と同様に始まる。
僕とヴァルターは、図鑑からめぼしい植物の書き出し。ゲーオルクは製鉄と取り寄せる植物について、各領と連絡を取り合っている。
「とりあえず石炭の蒸し焼きはできて、燃料に使えそうだということだ」
赤毛の公爵次男は、昼近くにやってきて開口一番告げた。
その目が、いつになく興奮気味に輝いて見える。
「せいてつには、これから?」
「ああ。今日からいろいろ試してみるそうだ」
「ふうん」
「それから、取り寄せ植物の第一弾が間もなく届く。フリッチュ伯爵領のトンピークというやつだ」
「フリッチュ伯爵領は王都から近いですからね。すぐ動いてくれたようで」
「はたけとにわしは?」
「王宮庭の裏門近くに、畑に使える土地を確保しました。庭を横切る小川も近く、便利だと思います。庭師もすぐ呼べるはずです」
「よぶの、げんぶつをみてから、おねがい」
「分かりました」
ヴァルターの返答に、頷き返す。
取り寄せ植物はみな野生のもので、それぞれ数株程度を生えていた地面の土ごと大きな箱に入れて運ぶ指示を出している。
こちらに到着したところでまずは、現物の確認。図鑑の手描きの絵と僕の『記憶』の画像を比べて近いと思われるものを抜き出しているが、何しろ手描きなので正確かの保証はない。特徴が異なっていれば、そこで落選だ。
かなり外観の一致度が高いものでも、開花や結実を待たなければ何とも言えないものもある。それらについてはこちらに植え直して様子を見る予定だ。元の環境と違う場所への移植で正常な成長は期待できなくても、何らかの結果は得られるだろう。
何とももどかしい手順だが、自然相手でそれほどご都合的な展開は望めない。
「あと料理人の確保ですが、腕前は問わないということでしたので、王宮の料理番から見習いの少年を一人、すぐに呼べるように話をつけています」
「ん」
場合によっては何らかの調理をしてみないと判定できないこともありそうなので、その人手も用意してもらっている。
打ち合わせをしているうちに、連絡が届いた。
待っていた植物の到着だ。裏門から畑予定地の傍に入れているという。
「では、さっそく参りましょう」
「おお」
「ん」
ヴァルターに赤ん坊車に乗せてもらい、部屋を出る。
ゲーオルクと、戸口外に待機していた護衛二名も同行してくる。
階段を降りる際にはヴァルターが僕を抱き、護衛の一人が車を抱えてくれた。
通用口から外に出て裏門の方へ回ると、確かに青々とした草のようなものが突き出ている大きめの木の箱が置かれていた。
車を傍に寄せてもらい、観察。
「あ……」
「どうなんです?」
「はずれ」
「外れかよ!」
葉の形が『記憶』のものと類似しているので香草として使えるかと期待したのだが、手描きの図と本物はかなり違っていた。
調べてみたら何らかの使い方ができる可能性もあるのかもしれないけど、着眼した肝心の葉がこれほど違うのでは、期待薄と思ってよさそうだ。
「骨折り損か、俺もフリッチュ伯爵領も」
「ごくろうさま、だけど、しかたない」
「ふん」
庭師に廃棄を頼んでもらう。
改めて周辺を見ると、確かにすぐ近くに小川が流れている。
二十マータ四方程度の畑が簡単に土起こしして準備され、その奥は広い王宮の裏庭だが、ほとんど森のようだ。
手前、裏門から畑までの間は五十マータ四方程度の更地になっている。
裏門には門番が常駐しているという話で、治安もよさそうだ。
眺め回していると、ヴァルターが問いかけてきた。
「どうかしましたか?」
「このへん、さぎょうばに、つかえない?」
「作業場ですか、どういった?」
「まだわからない、けど、もっこうとか」
「はあ……はい、王宮庁に諮ってみましょう」
「おねがい」
「何だ、何か思いつきがあるのか?」
「まだ、みてい」
「ふん、秘密主義かよ。それにしても王宮の庭に作業場なんぞ、見栄えがよくないとか役人たちは嫌がると思うぞ」
「そんな、きにしてるひまない、でしょ」
「そうだがよ」
ゲーオルクは憤慨しているが、本当にまだいくつかの可能性を検討しているだけで、具体案として提示しようもないのだ。
あとは庭師に任せて、部屋に戻る。
昼食後少しして、第二弾の植物見本が届いたという報せが来た。
「ラッヘンマン侯爵領のシロカオバナだそうです」
「ん」
昼前と同じ、畑脇へ移動する。
大きな木箱から、丈が低く、くしゃくしゃした感じで大きめの葉が覗いている。
「食ってもうまくなさそうな葉だな」
「はっぱたべない。いっぽん、ねっこからそっと、ぬいていみて」
「はい」
ゲーオルクの感想は放っておいて、ヴァルターに頼む。
土から抜かれた根の部分を、近くに寄って観察。
長い根の途中が膨らんで、僕の掌に余りそうなほどの太さになっている。
「たぶん、いけそう。はたけにうえて、しばらくそだてる」
「育てたら、食えるようになるのか?」
「たぶん。この、ねのぶぶん」
「ゴロイモみたいなものですか」
「ちかいけど、もっとあまいはず」
「甘いイモかよ」
「ん。かなり、はらのたしになる」
「あとどれくらい、育てるのですか」
「にさんかげつ、くらい」
庭師に指示して、畑への植え替えをさせる。
水をあまりやらない、根の増えすぎに気をつける、など『記憶』から引き出した栽培上の注意を伝えておく。
これが『記憶』にある『サツマイモ』に近いものだとしたら、乾燥した痩せた土地でよく育つはずだ。
この植え替えでどれだけイモの生育が望めるかは難しいところだが、とりあえず少しでも育つなら試食には使えるだろう。
最低限食用に耐えることが分かっても、実用化まではかなり栽培の工夫や品種改良などが必要かもしれない。
そんなことを二人に伝えると、ヴァルターは頷いた。
「痩せた土地で育つということなら、小麦などが不作のときの代替食料とできるかもしれませんね」
「上手くいったら、だな」
ゲーオルクには、ラッヘンマン侯爵領と周辺の領に野生のシロカオバナの生育状況を調査してもらうように、頼む。
執務室に戻ると、ゲーオルクは気怠そうにその辺の采配のために出ていった。
しばらくして戻ってきたときには、うって変わってかなり不機嫌丸出しの顔になっていた。
「くそ、こいつの言うこと聞いていると、碌なことにならねえ」
「どうしたんですか、ゲーオルク様」
「例の石炭の蒸し焼きで製鉄を試してみたら、炉の方がいかれてしまったってよ」
「それって、元の石炭より高温が出るようになったってことなんじゃないんですか?」
「そういう見込みで、炉を修繕強化して再挑戦するって言ってるけどよ。これで上手くいかなかったら、炉をぶっ壊しただけの大損になるぞ、この赤ジャリのせいで」
「あおがきの、りょうでかんがえること」
「何だと?」
「まあまあゲーオルク様、落ち着いて。まだ失敗と決まったわけではないのですから」
二人のやりとりを聞き流しながら、僕は四つん這いの読書を続ける。
国内の植物については粗方洗い出しが終わったので、次には木工の歴史や樹木の種類について調べているのだ。
今日は、この本を自室に持ち帰ることになりそうだ。
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