第6話 赤ん坊、製鉄を考える

 ゲーオルクはさっきの植物見本を爵領に依頼する件、手配を配下に言いつけてきたということだ。

 六種類の見本について六爵領に連絡しなければならないとは面倒な、とぼやいている。


「しかも現物が届いたところで、こっちで使い物になるか調べなきゃならないってことだよな。悠長というかまどろっこしいというか。これが全部外れだったら、まったくの時間の無駄というわけだ」

「それを言っていたら、何も進まないぞ。たとえ確認が全滅に終わろうが、これはやっていってもらわなければならない」


 学友の不平に、王太子は穏やかに返している。

 午前と同じ席に戻った僕に、ゲーオルクはじろりと横目を送ってくる。


「それも今日のあれらがうまくいったとしても、せいぜい国の食料事情改善に少し寄与するかどうかってとこじゃないのか。それこそ一~二ヶ月で貿易に好影響を与えると期待できるとは、思えないんだが」

「そだね」

「もっと他にないのか? 貿易に即効性があるようなものは」

「わからない。しらべてみないと」

「まどろっこしいな、まったく」

「まあそう言うな、ゲーオルク」


 宥めるように口角を持ち上げながら、王太子の目は笑っていない。

 のんびり笑い交わしていられる状況ではないことを、十分承知しているのだろう。

 もしかすると内心では、ゲーオルク以上に焦燥を抑えているのかもしれない。


「他にルートルフ、試みてみたいことはないのか」

「おうとのちかく、もりやはたけ、みてみたい」

「うむ。現物を見ないと分からないこともあるだろうからな。ゲーオルク、早急に実現できるように、関係部署に諮ってくれ」

「分かりました」

「それから、ルートルフの発想も、何のとっかかりもないと出てきにくいだろうからな。ゲーオルクやヴァルターも、何か思いつきがあれば三人で検討を加えていく形もいいと思うぞ」

「かしこまりました」

「ゲーオルクは、自分でも考えている素案はあると言っていたな。そういうものも、ルートルフの知識と合致する部分があれば進展が望める可能性もあるぞ。たとえば、どんなものなんだ?」

「そんな、うまくいくかねえ……」


 不本意そうに、当人は顔をしかめている。

 それでも少し考えて、物は試し、とでも思ったのか。

 僕には視線を向けず、王太子に説明を始める。


「考えていたのは、製鉄のことなんだがね。貿易への直接の影響はともかく、その後ろ盾となる軍備の面で、放っておけない問題だ」

「隣国に比べて、国内で生産した鉄の質が低いことは、ずっと問題視されている点だからね。確かに、できるだけ早急に改善はしたい。しかし、もう二十数年来専門家の間で検討されて、進展が見られていない話だったはずだな」

「ああ。と言うより、進展が見られないままもうしばらく前から諦めて放置されているという方が正しいんじゃないか。とりあえず今のままで、ふつうの生活道具を作る分にはそれほど不満はないということで」

「まあ、そうも言えるか。そこに何か、新しい思いつきでもあるのか」

「もう以前から考えられていたことかもしれないがな。俺はやはり、製鉄炉の温度を上げることだと思っている。炉の設計から見直すことはできないか、そちらの専門の者に諮っているところだ」

「ふうむ。そうか、製鉄はウェーベルン公爵領の主産業だものな」


――製鉄、か。


 これも実は、早いうちに現場を見せてもらいに行きたいと思っていた案件だ。

 それこそ現場で炉の設計図などを見せてもらえたら、こちらの『記憶』と照らして改善点も見えてくるかもしれない。


「こっちの点について、ルートルフに何か知識はあるのかい」

「てつ、どうやってつくってる?」


 ゲーオルクに向けて、問いかけた。

 それこそ現場に行かなければくわしいことは分からないだろうと思っていたのだが、自領の産業で最近検討を加えているのなら、この領主次男にもある程度知識は期待できるのかもしれない。


「どうやってって、ふつうにだよ」

「ふつうにって?」

「何だよ、これも常識にないのか? 分かった、最初から説明してやる。鉄は、山で産出した鉄の石を、炉で高温で溶かして取り出すんだ。そこでできた鉄の固まりをまた溶かして、それぞれの製品に加工する」

「ん」

「専従している奴とその辺話してな、どうも鉄の強さを決めるのはその製品加工のときの火の強さ、つまりどれだけ高温を出せるかということらしいんだな」

「ふうん」

「そのためには炉の構造から見直しが必要じゃないかと、いろいろ工夫させているところなわけだ」

「ろのせっけいず、いまある?」

「いや、領地に戻らないとない」

「そう」


 設計図と『記憶』から引き出せる図を見比べて何か見えてくるかと思ったが、やはり現地に行ってみなければ無理なようだ。

 他に検討を加えられる点はあるか、と考える。


「もくたんのしゅるいは?」

「いや、製鉄の燃料は木炭じゃなく、石炭を使っている」

「せきたん?」


 初めて聞く単語だ。

 慌てて、『記憶』を探ってみると、幸いすぐ該当するものがあった。


「くろくて、もえる、いし?」

「当たり前だ。他に石炭なんてもの、あるわけないだろう」

「ゲーオルク、その辺は正確に、現実のものとルートルフの知識にあるものが一致するか、確認しなければ、どんなまちがいにつながるか分からない」

「そうか」


 王太子の指摘に、ここは素直に頷いている。

 その間に僕は、製鉄と石炭に関する情報を急いで集めていた。てっきり燃料は木炭以外ないと思い込んでいて、この点の検討はしていなかったのだ。


「なんかいか、とかす、ぜんぶ、せきたん?」

「ああ、そうだ」

「げんいん、それかも」

「何だと?」

「せきたん、てつをよわくする」

「何?」

「そういうせいぶん、ふくんでる」

「本当か?」

「ものが、いっちしていれば」

「マジかよ……」


 呆然と、ゲーオルクは目を丸くしている。

 王太子も呆気にとられた顔で、問いかけてきた。


「そうするとルートルフ、製鉄の燃料に石炭は使えないということになるのか?」

「鉄の石も石炭も、今のところ国内では我がウェーベルン公爵領の山地でしかとれない特産物だ。石炭が見つかって以来、木炭より高温が出せるということで、産出量も少ないからもっぱら製鉄専用に使ってきたんだが」

「せきたん、つかえる」

「本当か?」

「さきに、せきたん、むしやきにする」

「何だ、そりゃ?」

「それで、わるいせいぶん、でていく」

「しかし、石炭を焼いたら、もう燃えなくなるんじゃないのか?」

「もえる。うまくすると、もっとこうおん、でる」

「本当か?」


 ゲーオルクと王太子は首を捻り、顔を見合わせているが。

 離れたヴァルターから、声がかかってきた。


「つまり、木炭と同じことなんじゃないですか?」

「ん」

「ただの木の薪より、蒸し焼きして作った木炭の方が燃焼力は高い、というような」

「ん」

「てえことは、木炭を作る――炭焼きがまとか言うのか? そんなのを作る?」

「ん。すみやきのようりょう。きみつせい、たかくする」


 ゲーオルクの質問に窯の作りを説明していると、ヴァルターが筆記板を持ってテーブルに寄ってきて、言う通り図に表してくれた。

 字が綺麗、絵も得意、ということらしく、今後も頼りになりそうな文官だ。

 一通り説明すると、ゲーオルクはその板を奪うようにして立ち上がる。


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