第14話 赤ん坊、炭焼きを見る
ヘルフリートの出発を見送った後も、兄はアマカブ糖を作った道具を何度も見直していた。
完成品に残ったえぐみが、どうしても気になるという。
試しに僕もごく少量口に入れてもらったが、「うう」と顔をしかめてしまっていた。赤ん坊の鋭敏な味覚に、甘みの心地よさより雑味の不快さの方が際立って感じられてしまうのだ。
「赤ん坊が嫌がるというなら、確かにまだ改善が必要そうですね」
「えぐみを減らすためには、見直す点は灰を入れて沈殿させるところだと思うのです。灰の種類を変えて見ましょうか」
ベッセル先生と相談して、兄はもう一度砂糖作りの工程をくり返してみた。
暖炉の灰、暖房用火鉢の木炭の灰、木炭そのものの粉、で比べてみたところ、木炭の粉を使った場合が最も雑味を除くことができた。
また、とろとろの液体をさらに煮詰めて冷やすと、茶色の固まりの形を作ることができた。この方向で品質を上げれば、商品化することができそうだ。
「木炭は確か、うちの村で作っているのだったな」
「さようでございます。森の近くに住んでいる者が、年に数回焼いているはずです」
「そちらにはあまり気が回っていなかったが、一度見てみたいな」
「村の者に打診してみましょう」
「ああそれなら、いつもより少し遅くなったが散歩がてら、村で訊いてみよう」
ヘンリックに断りを入れ、下宿に帰る先生とともに、いつもの顔ぶれで散歩に出る。
製塩所に顔を出して訊ねてみると、炭焼きを仕事にしているカレルという男と話すことができた。近いうちにこの春最初の炭焼きをする予定だったので、明日にしても構わない、ということだった。
翌日の午後、また散歩がてら村外れに赴いた。
ただ、散歩のいつもの面子にヘンリックが加わり、僕は兄の背におんぶされている。前の日に炭焼きの知識について確認し、ザムに乗った子どもは作業から遠ざけておきたいが、僕は兄とともに現場を近くで見てみたいと思ったためだ。
村の北の外れ、開けた草地にカレルとディモが待っている。ディモは近いうち村長に任命されることが決まっていて、今日は話し下手のカレルの補助が目的だ。
午前中に用意したという太めの木の枝が、村人の家一軒分くらいの広さに積まれている。高さは、大人の膝くらいか。さらにその上に乗せられているのは、麦わららしい。
「こうやっておいて、火を点けるです」
説明して、カレルは手をかざした。『火』の加護持ちらしい。少しして、木材の山の隅が燻り出す。
木の山の周りを巡って、さらに数箇所火を点けていく。赤い火と白い煙が、全体に広がっていく。
それからカレルは木製の大きなスプーンのような道具を持ち出して、燃える木の上に土をかけ始めた。ディモも作業を手伝って、かなり時間をかけて燃える山の上が一面黒い土で覆われる。炎は見えなくなって、側面からもうもうと煙が立ち昇るばかりになった。
「こうして、一日おいておくです」
「これで、村でふた月からみ月ぐらい使う炭ができるですさね」
カレルの説明に、ディモも補足する。
「ふうん」と頷いて、兄はヘンリックの顔を見てから声を返した。
「ご苦労様。やはり、たいへんな仕事だな」
「材料の枝集めから考えると、相当な手間になりますな」
ぱちぱちと爆ぜる音が、奥から聞こえてきている。
背後ではベティーナがザムを押さえて、赤ん坊二人に「アチアチよ」と教えている。
「アチアチだから、近づいちゃダメです」
「あちあち、あちあち」
とカーリンが楽しげに口真似をするのが聞こえてくる。
ミリッツァも真似をしたがっているようだけど、「あいあい」としか聞こえない。意味のある言葉を口にするのは、まだ先のようだ。
兄も火の粉が届かない距離をとって、興味深げに覗き込んでいる。
「わらと土をかけるのは、木が空気と触れないようにするためだな?」
「そうですさね。よくご存知で」
わずかに、カレルは目を丸くする。
ふつう、貴族の息子にそんな知識があるとは思わないだろう。
当然、僕の『記憶』の知識がなければ、兄もそんなことを知るはずがない。
「かなり手間がかかるのは最後に土を乗せる作業だと思うが、最初から空気を遮る囲いのようなものを作っておけば、その手間が省けるのではないかな」
「囲い、ですか?」
「石や粘土などを使って、今燃やしているこの分量が丸ごと入る竈のようなものを作ってしまえば、いつでも何度でも使えるのではないか。竈の口から木材とわらを入れて、火を点けるだけで済む」
「そりゃ、確かに。でも、その竈を作るのがたいへんですさね」
「人手を集めて作ることはできないかな。どうだろう、ディモ」
「今ならまだ農作業が忙しくないんで、できるかもしれないです」
「計画を立ててみてくれるか。もちろん領主の方から手間賃を出す。それ以上に、村のみんなのための炭を作る施設だと、協力を募ってほしい」
「かしこまりました」
「その上でカレルに頼みたいのは、炭の質をよくすることだ。空気を遮ることがもっとできれば、質も上がるかもしれない。そこを工夫してもらいたい」
「し、質?」
「よけいな煙が出るのを少なくできれば冬の暖房が楽になるし、火持ちがよくなればそれだけ使いやすくなるだろう?」
「わ、分かりました」
「質のいい炭が大量にできるようになれば、よそへ売ることもできるかもしれないしな」
「はあ……」
「ああ、あとできた炭を集めるときに、使えないカケラや粉みたいなのが出てくるだろう? それをできるだけ集めて、領主邸に届けてくれないか。礼はする」
「へ、へい」
砂糖作りに必要な資材をを集めることを考えたついでに、この村の貴重な産業である林業に少し目を向けてみた。この点でできそうなことを前日二人で考えて、ヘンリックにも打診しておいたものだ。
炭窯は、一度で理想的なものができるとは限らない。そういう知識がある者で相談しながら、長期的に考えていってもらいたい、と兄は注意を出していた。
屋敷に戻ると、父からの鳩便が届いていた。
ヘルフリートが届けたアマカブ糖の出来に、感心した由。
アマカブと砂糖の生産は、今年は東ヴィンクラー村から始めたい。
自生して冬を越したアマカブで、使えるものから砂糖の生産を始める。
同時にその周囲で芽を出している株を畑に移して栽培、砂糖の原料と種を採ることを目指す。
来年度からは、両方の村でアマカブを加えた輪作を始められるようにしたい。
再びヘルフリートを派遣してその手はずを整える。事前に領主邸に立ち寄るので、砂糖の作り方を指導できるように伝えてほしい。
という内容だ。
原料のアマカブが向こうにしかないし、西ヴィンクラー村は製塩でかなり人手がとられているので、これが妥当な判断だろうと思われる。
兄はヘンリックとそのように話していた。
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