第65話 赤ん坊、騎士団長と歩く

「向こうの七人全員、息はあります。縛り上げ、血止めをしておきました」

「ご苦労、よくやった」


 ウィクトルの報告に、ようやく抱く手を緩めて父は労う。

 兄も、二人に笑いかけた。


「本当に二人とも、すごかった。弓の的中もよかったし、剣でも相手に打ち勝ったんだね。相手だって向こうの警備隊とかなんだろうに」

「はい。最後はまた例の『水』を利用することができました。ウォルフ様のお陰です」

「私も、ウォルフ様の教えとテティスとの研鑽を、初めて実戦で役立てることができました」

「よかった」


 間もなく、ディモが狩りをしていた騎士四人を連れて戻ってきた。案内役の村人に伝言を残してきたということで、少し遅れて残りの六人も駆けつけてくる。

 騎士たちで手分けして負傷した咎人の応急手当を行い、捕縛して引っ立てる。このまま領主邸に連れていき、王都に連絡して護送することになる。

 結局この日の猟果は、野ウサギが六百羽あまり、人間が八人という、予想を遙かに超えたものになった。


 領主邸に戻るや、騎士団長は王宮宛てに報告書を書いて鳩便で発送した。

 戻ってきた返事によると、ただちに警備隊が動き、王都に滞在するディミタル男爵の屋敷を封鎖、男爵に謹慎が命じられたという。

 ふつうなら爵領間の小競り合い程度に王宮が強く介入することは希なのだそうだが、さすがに領主と騎士団長に剣を向けた行為は捨て置けなかったのだろう。

 それに加えて。団長から返信を見せてもらった父が、説明してくれた。


「どうも、今回オオカミの強制移動行為が明らかになったことで、野ウサギの異常発生の誘発が重大視されているらしい。我が領だけに留まらず、王国全土に災いを広げかねない事態だと、判断されたようだな」

「ずいぶん迅速にそんな判断まで進んだものですね」

「どうやら、大学の研究者からそういう指摘があったらしいな」


 兄の問いに、父は手紙を読み返しながら答えた。

 騎士団長も苦い顔で、給仕された茶を口に運びながら頷く。


「ディミタル男爵もそこまで大げさなことをしている自覚はなかったろうから、この事態に大慌てしているでしょうな」

「確かに。うちに対する嫌がらせを考えていただけで、国家規模の騒乱を招くつもりはなかったでしょう」

「国家の一角を担う、領地持ち貴族としての自覚に欠けているのですよ」


 主の後ろに控えるヘンリックが、辛辣な口調で吐き捨てた。

「かの男爵に限った話ではないかもしれんがね」と、団長は溜息をつく。


 数日程度予定していた狩りが一日でほぼ目標を達成したことになるが、騎士たち一行は今回の咎人たちを護送する馬車が来るまで、ここに留まることになった。

 なお、大量に仕留めた野ウサギは当地の食用としても持て余してしまいそうだが、父は事前に手を打っているとのこと。騎馬で急行してきた騎士たちより遅れて明日頃には、フリード商会の荷馬車が到着して肉を王都に運搬することになっている。

 この季節なら王都に到着の頃にちょうど肉は熟成されて、高値で販売が見込めるのだそうだ。


 夕食には、いつもながらの黒小麦パンと野菜スープが供された。ただふだんと違うのは、野ウサギの焼き肉がさしもの騎士たちでも持て余しそうな量でテーブルに乗ったことだ。

 自分たちが狩った獲物に、騎士たちはお祭り騒ぎの様相で食らいついていた。

 咎人たちにも、パンとスープの食事が与えられる。

 この夜は武道部屋に集めた咎人を、騎士たちが交替で見張ることになっている。

 客用寝室で休むのは騎士団長だけだが、皆遠征中は雑魚寝が基本で、その方が落ち着くくらいだという話だ。


 翌日、王都からの護送馬車を待つ間、騎士団長はクロアオソウの栽培小屋を見たいと言い出した。

 案内として父と兄が同行し、ザムに乗った僕も一緒に、村に向かった。

 僕が一緒なのは、父が片時も離したくないと言っている、それだけの理由だ。

 ザムに寄り添い歩きながら、兄が話しかけていた。


「栽培小屋など、騎士団長が関心を持たれるとは思いませんでした」

「ウォルフ君は知らなかったかな。こちらの野菜栽培の方法は、今王都で、というか全国的に関心の的なんだよ」

「そうなのですか?」

「こちらベルシュマン男爵領とベルネット公爵領で試して実績を挙げたことで、王都や他の領からも俄然注目されている、ということでしたな?」

「ええ、あとロルツィング侯爵領でも試してもらって、効果が実証されました」


 団長に問われて、父が頷く。

 兄は、すっかり目を丸くしてしまっていた。


「そんなに急転直下で結果が出ているとは思いませんでした。ベルネット公爵とそんな話をして、ほんの数ヶ月ですよね?」

「ベルネット公爵領でもロルツィング侯爵領でも、それぞれ別の作物で一ヶ月程度で結果が出てきたからな。冬場の食料事情で悩んでいるのは、どこでも同じだ。あっという間に全国から問い合わせが来るようになった」

「そうなのですか」


 父の説明に、兄は上気したように顔を輝かせる。

 そこへ、騎士団長が笑いかけた。


「ウォルフ君、君の父上の凄いところは、この大発見とも言える知識を、出し惜しみすることなく皆に伝えていることなのだ。これで、王国全土が豊かになることが期待できる」

「それは、嬉しいです」

「国王陛下もたいへんお喜びでな、ベルシュマン男爵を何かの形で表彰する話も出ている。それ以前に、今回の野ウサギ駆除についても陛下直々の肩入れでね、私にもしっかり駆除に努めることと、評判の栽培方法の発祥の地を視察してくるようお言葉があったほどだ」

「そうなのですか」


 騎士団長が来た理由は、ただ狩猟趣味が昂じたせいだけでもなかったらしい。

 それにしても、この急展開は僕にとっても驚きだ。

 数ヶ月前のちょっとした僕の思いつきが、こんな大きなことになっているなんて。

 僕には『記憶』が告げてきた『温室』というイメージがあったため発想できたことだが、やはり今まで誰も『光』の栽培への利用は思いつかなかったらしい。

 ちなみに当地には地熱という資源の優位性があったわけだが、温暖なベルネット公爵領などでは、壁と屋根で寒気を遮断して『光』を与えるだけで十分な効果が得られたそうだ。

 団長の賛辞に興奮気味に、兄はザムに乗った僕の背を撫でてきた。言葉交わさないまま、同じ喜びをこっそり噛みしめ合う。


 栽培小屋を視察して、団長は興味津々でいろいろ見て回っていた。

 兄も僕も知らなかったことだが、アドラー騎士団長は侯爵として王都の北西に領地を持っている。ご多分に漏れず冬の食料事情は深刻で、改善策を模索していたのだそうだ。


「他の野菜類の備蓄が尽きてしまうと、あとはキマメを茹でて食うくらいしかないのです」

「ああ。あれは茹でても固いし、味は染みないし、喜んで食べたいものではありませんな」


 何でも、煎って乾燥したくだんの豆は保存が利くので、軍隊の携行食としては重宝されるのだそうだ。

 ずっとこの北端の地で栽培可能な作物を調べていた父にとって、キマメは可能性はあるが収益はさほど見込めない、他にいいものがなければしかたない導入を試してみようか、という位置づけだったとか。


「それよりも、ベルシュマン殿が可能性を広げてくれたゴロイモの方を、うちの領地でも取り入れてみようかと思います。あとこの栽培法で青物野菜が採れるようなら、ずいぶん事情は変わってきますな。今すぐ始めればこの春、従来の収穫期前に野菜を流通させられるかもしれない。キマメの出番を減らせる期待が持てるというもの」

「ぜひとも、すぐ始めることをお勧めします。それから、ゴロイモの種芋をお分けすることもできるかもしれません。侯爵領での必要量には足りないとは思いますが」

「おお、それは助かります」


 くわしくは王都に戻って相談しようと、侯爵と男爵は意気投合して領主邸に戻った。


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