第40話 赤ん坊、護衛をつける

 その後塩の作業場に戻り、立ち話ながら村の代表者たちと打ち合わせをした。

 塩とセサミについては、外部に秘密厳守を徹底すること。これらについては他領に知られないように販売先の確立を目指す。

 村から屋敷の警固に来ている者たちには、南からの街道の出入りにも目を光らせてもらう。外部からの侵入者に作業場を見られることのないよう、十分注意を払ってもらいたい。

 ゴロイモの調理法についても、口外禁止。来年夏頃までに大学への論文提出などで信憑性の後ろ盾を得て、来秋の収穫の価値を高められるようにしたい。

 その前の実績作りと現金収入獲得のために、年末を目標に黒小麦パンとコロッケの販売を目指す。その際の調理担当を村の者から募りたいので、今から育成と選出をしておいてもらいたい。

 当初の予定に比べて野ウサギ肉やクロアオソウ、ゴロイモの分の食料事情が向上しているので、村の貯蔵分から販売に回す黒小麦とゴロイモを出すことができそうだ。

 といった、内容だ。

 領主から直接今後の方針を伝えられて、村民一同ますますやる気を見せている。


 屋敷へ戻って、昼食後。

 昨日と同じ顔ぶれで、執務室の打ち合わせを再度行った。

 僕は当然、父の膝の上。


「領民たちと話したところ、昨日の確認通りの方針で行けそうだ。問題はやはり、秘密徹底ができるかだな。ヘンリックとヘルフリートの検討では、どうだ?」

「このような計算が出ました」ヘンリックは記入した木の板を前に出した。「従来から流通している塩とセサミの相場から類推して、順調に販売に乗せることができれば、来秋に設定されている借り入れ分の返済必要額に当たるだけ、春までに利益を出すことも可能かもしれませぬ」

「そうか。それが実現できれば大きいな、早期に東の森の所有を確定できれば。課題は、事前にこちらの動きを知られて妨害を受けぬようにすること。あと残るは、野ウサギ被害をいかに防ぐか、か」

「は。その件につきましてはやはり、雪解けの時期を見計らって一気に討伐をかける以外ないかと。他領や王都からの援軍が必要になりましょう」

「うむ。その件も当たってみる。これは向こうに動きを知られずに進めるのが難しいが、ぎりぎりまで引っ張れば、妨害することもできぬだろう」

「さよう考えます」


 頷き合って。

 その話題に区切りがついたところで、兄が質問した。


「父上、昨日出たオオカミの件ですが。想像通りどこかへ誘導されていったとして、殺されたかそれ以上移動できなくされているか、ですよね。その辺を調べることはできないでしょうか」

「調べは入れてみます」これには、ヘルフリートが応えた。「しかし向こうも外部からの出入りを注視しているでしょうし、すでにかなり雪が積もり出しているので、たいへん困難です。森の向こうの領地側付近を調べる必要がありますが、地域的にこちら以上に積雪が多く、近づくのは難しいのです。こちらから森を越えていくのも夏場ならともかく、この季節では岩山の隙間を抜けなければならないことなどから正気の沙汰ではない、という現実ですし」

「そうなのか」

「冷静に考えて、春までに借り入れ返済の目処を立て、野ウサギの駆除、その後でオオカミの調査、という順序が妥当と思われます」

「分かった」


 緊急にロルツィング侯爵に依頼した護衛が到着して、父とヘルフリートは慌ただしく出発した。馬車にはロータルの棺と、塩とセサミのサンプルを積んでいる。

 残された領主邸では、護衛二人を加えて新しい生活が始まる。

 テティスとウィクトルは平民の出で、王都の騎士団予備隊という機関を出て『騎士』と呼ばれる身分になっている。

 これは法律等の決まり事ではないが、貴族の子弟などと混じって職に就くことが多いことから、慣例上平民の中で最上位扱いされるということだ。

 夜中の二階の廊下には、絶えずテティスのひそめた足音が聞こえるようになった。

 午前中の勉強はやはり居間で行うようにして、戸口には必ずウィクトルが立つようになった。

 午後からの外出には、必ず二人のどちらかがつく。基本、兄の村の作業視察にはウィクトルが、僕がザムに乗っての散歩にはベティーナとテティスが付き添う習慣になった。

 屋敷の横の厩舎に、護衛二人の騎馬がつながれるようになった。

 父が王都に戻って一週間、十一の月の四の空の日になると、そろそろそんな習慣にも皆、慣れてきていた。

 ザムと僕を挟んで歩くベティーナとテティスも、親しく世間話をするようになっていた。


「テティスさんはいつ見ても、背が高くて姿勢がよくてカッコいいですう。王都にはテティスさんのような女性騎士が大勢いるんですかあ?」

「他の地よりは多いだろうがな。男性に比べると決して多くはない。騎士団予備隊を出ても正式の騎士団に入ることはなく、仕事は貴族の婦女の護衛職に限られるからな」

「騎士団には入れないんですかあ?」

「入った前例はないはずだ。騎士団は王宮や国を守る戦闘に赴くのが任務だか、実際の戦闘ではやはり、女性は男性に体力的に敵わない」

「でもでも、テティスさんは予備隊で、男性に混じって剣技の大会に出て準優勝だったって、ウィクトルさんに聞きましたよ」

「純粋に剣技だけで争うルールの大会だったからな。実際の戦闘では、個人同士の争いになっても剣だけではなく、押し合いへし合い殴り合い蹴り合いが入ってくる。体格や体力に劣るものは生き抜けられない、そんなものだ」

「そうなんですかあ」

「それにわたしの加護は『水』だからな。その点でも不利だ。予備隊の競技会でも、剣だけでなく加護も使っていいルールだと、まず勝ち抜けない。『風』や『火』には後れをとる」

「わたしも加護は『水』ですけど、そうなんですかあ? 『水』は不利?」

「くわしくは言えないが、一対一で正対しての対戦だと、『風』や『火』に劣ると言えるな。ただ、今のような護衛の上では心配いらないぞ。そんな正対しての不利など生ずる前に、剣で相手を退けるだけの腕に覚えはある」

「頼もしいですう」


 歩きながら、テティスから殺気とか苛立ちとかそんなものが漏れ出てきているのだろうか。ときどきザムの歩みが落ち着きなくなりそうなのを、僕は何度も首を撫でて宥めていた。


 その日の夜、布団に入ってからの何気ないお喋りのついでに、昼間のことを兄に尋ねてみた。

 正対しての対戦で、『水』は不利になるものなのか。


「ああ、確かにそういう傾向はあるようだ」兄は頷いて応えた。「前にも言ったが、『水』も『火』も同じように対戦の中で相手を一瞬怯ませるような、そんな使い方ができる。だけど『火』ならまちがいなく、あちち、って感じで怯ますことができるけど、『水』だとつまり、コップの水をバシャッとかける程度だからな。相手が予想して覚悟していれば、目を閉じることもなく攻撃の手を緩めず続けてくる、ということになりかねないんだ」

「ふうん」

「どの加護も使い方次第なんだろうけどな。一般的にはそんな受け止めになっているみたいだ」

「でも」


 こんなことはできないのか、と問うと、兄は目を丸くした。


「いや、できる――かもしれん。『水』の加護の者に聞いてみなきゃ分からんが」


 結局ここでは結論は出ない、ということでその話は打ち切りになった。


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