3.
郵便局には数人のお客さんがいた。私は端っこの方に身を縮めて座った。
真夏でもないのに、キンキンに冷えた空気がエアコンから吐き出されていた。それでも、歩いて来た暑さと頭に血が上って火照っていた身体には丁度良かった。
彼がタッチパネルを操作して、番号札を持ってきた。当然のような顔で、私の隣に腰を下ろす。彼が座った側に少し違和感を覚えた。初めて、彼との距離が不快だと感じた。
気を紛らわせるために、他の客へ目線を移した。子連れにおばちゃん、おじいちゃん。平和を絵に描いたみたいだ。
場違いなほどに大きな子供じみた貯金箱を抱えた彼と私の2人は、この人たちにはどう映っているんだろう。仲睦まじそうに見えるんだろうか。それとも険悪ムードが漂っているだろうか。カップルだとは思われず、友人みたいに見えるんだろうか。
考えても答えがないことで、くだらなくなった。
「涼しいね」
彼は相変わらず普段通りの口調で話しかけてくる。道中から私はウンともスンとも返事をしないのに、お構いなしだ。
「86番のお客様」
番号が呼ばれ、子連れのママさんが窓口へ寄っていく。私たちは何番なのか気になったが、彼に近づくことを身体が拒んでいた。
ママさんは子供の将来がどうの、貯蓄がどうのと、すごい勢いで話していた。子供も結婚も、私にはまだまだ関係ない。今を楽しく過ごせる彼氏がいればいい。
ふと、私はこの人のことが本当に好きだったんだろうかと考えた。他大学との合コンで会った彼はとてもつまらなそうな顔をしていた。私も合コンの空気に馴染めなくて、なんとなく親近感を覚えて話しかけたんだっけ。少なくともあの時は、彼は私の話をきちんと聞いてくれた気がする。
「87番のお客様」
彼が立ち上がり、貯金箱を抱え直して窓口に向かっていった。
鳥肌が立つほどに冷えた空気が、身体の熱と共に、私の頭を冷静にしていく。こんなに惨めで、情けない状況って人生に他にあるんだろうか。
このお金を半分にしてくださいなんて、みみっちくてケチ臭くてすごく嫌だった。自分が言ったわけじゃないけど、一緒にいる自分はそれを肯定している。キャラクターの顔が私の顔を見つめ、咎めていた。
どこに行こうか、何をしようか、どうやって使おうか。そう一緒に話したかけがえのない日常が、今になってまざまざと目の前に浮かんできた。
なんでもない幸せが、なんとなくずっと続いていくと思ってたのに。
そう考えたら視界が滲んだ。やだ。こんなところで泣きたくない。
あの頃の淡い幸せの記憶と、この惨めったらしい現実が、全然一致しなくて、どうにも涙が零れてしまった。
「…え、どうしたの」
彼が狼狽えて小声で私に聞いてくる。そんなの私が知りたい。どうしたのかなんて、この涙をどうやって止めるのかなんて。
「なんか、ごめん」
「……は…? なにそれ」
「いや、俺のせい…だよな、と思って」
申し訳なさそうな顔を作ってこっちを見ている。本当に申し訳ないと思うなら、こんなことにならなかったのに。そんな顔するの、今じゃないじゃん。
心では言葉が溢れて音を立てているのに、現実では涙を止められなくて言葉が入ってくる隙はなかった。
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